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旅の始まり

{伯爵の手記}…吾輩の父上は昔貧しかった我が村に美味いものを教えに行くと旅に出て、志半ばで遠い国で死んだ…父上の手紙に残ったレシピが吾輩の形見なのだが、もっと美味い物を教えこの村の者の腹を満たしたい…


今より200年位昔の話…貧しい田舎の村にとても欲張りな伯爵が村を治め、村の者が腹を空かせて泣いて居るのに彼だけはお腹一杯になって満足しているような酷い人物だった。しかし彼にも息子が出来て彼は父の酷い村有り様を見て育ち、やがて「私は父のような酷い伯爵にならない様にしなければ…」と思うようになり、やがて彼も次期の伯爵になった時には彼の父親も死んでしまった、そして彼も息子が出来て彼が青年になるころにこう言って旅たった「私はこのひもじい村に御馳走をたんと持って帰ってくるよ、それまでは私の代わりに皆を頼む…」そしてそれから2年後に彼の父親は異国の病院で息を引き取った、沢山のレシピが書かれた手紙を残して


「こんにちわ、伯爵様どうしたのですか?こんなに大きな荷物を抱えて」


「吾輩は決めたぞ、父上の出来なかった事を吾輩が成し遂げる!それまでは村に帰らんぞ!」


「え!?遠い国には野蛮な人も居るかもしれないし先代様も旅の途中で死んでしまったんですよ?止めた方が…」


「何を言うんだね!吾輩は皆に腹一杯食わせたいのだよ!それにもう痩せ細った芋のシチューばかり食うのも嫌ではないのかね?」


そう言ってまだ若い小さく太った体をフンと震わせて大きなトランクを引きずる伯爵は汽車の駅まで行き、あくまでも澄ました振る舞いで「隣の国までの切符を頼む」と言って席へどっかりと座った。


客席の中は様々な客が乗っていた、尼僧や娼婦…旅人に家族など色々な事情を持っている人だった。伯爵は次の国に思いを馳せながら窓の風景を眺めていた、どんな美味い飯に出会えるか今から楽しみにしていたのである。


やがて太陽が西に沈む頃には国境の駅で汽車が止まり燃料補給の為に1時間ばかり駅に泊まるようだった、ちょうど夕食を取る時間にもなり、街を通ると優しい灯りで満たされている街に似つかわしくない怒鳴り声で「この餓鬼!うちの店からパンを盗りやがって!」と響いた。


怒鳴り声が聞こえた方を見れば屈強なパン屋の親方が痩せ細った少年を殴っていたのである、少年は泣きながら「ごめん!もうしないから許してよ!」と叫んでいたのだ。この光景に見兼ねた伯爵は「パンの代金なら吾輩が払おう、この少年を許してくれぬかね?」と親方に言う。

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