5 寝付かせ師と赤い花
星譚祭は、季節の変わり目に催されるお祭りである。
つまり、このイベントが終わると、瞬く間に寒くなってしまうのだ。
そのため、越冬の準備、なかでも衣替えは星譚祭が終わるまでには終えておかなければならない、重要な仕事である。
ここ数年では、アルフォースとレスターの冬に向けての衣替えは祭りに出ないオフィーリアに頼まれることが通常化していた。
レスターは普段この屋敷ではなく、地方の領地に住んでいるのだが、こちらに来ることも珍しくないため、かなりの衣服が置いてある。
それらの服に防虫を施し、来年まで劣化させないよう注意深くしまい、冬用のものを引っ張り出す。
それを綺麗に一度洗濯し、虫食いなどの不備がないか一着ずつ丹念に見直す。
一人でするにはいささか時間がかかる作業なのだが、星譚祭までに終わればいいや、と毎年のんびりやっていたオフィーリアとは心意気からして違うサティは、宣言通りにちゃっちゃと終わらせてしまった。
予定よりも早く星譚祭の5日目に終わったため少々暇を持て余したのは余談である。
ちなみに、アルフォースはといえば遅い時間に帰ってきては、話すこともあまりせず、すぐにオフィーリアを下がらせる。
いつもなら遅くなったときはオフィーリアを呼びつけることはしないのだが、星譚祭が始まってからは毎日彼の部屋に出向かされていた。
本来、騒々しいのを好まないアルフォースも、賑やかな街の様子に疲れているのかもしれない。
オフィーリアの見慣れた顔を見たら安心するのだろうなあ、と思った。
--そのわりには、毎日外出されているようではあるが。
そんなこんなで、特に新たな仕事を頼まれることもなく、
祭り最終日、オフィーリアはサティと夜の街に繰り出した。
***
「くそう・・・・タリミアめ・・楽しそうに男と歩いちゃって」
恨めしそうにつぶやくサティに、オフィーリアは苦笑した。
ちなみにタリミアは同じ屋敷で働く、厨房付きの女中である。
そのとき、さっと、二人の前に赤色の花が2本差し出された。
その花の出所をたどると、赤みがかったブロンドに濃い茶色の瞳の若い男性の笑顔があった。
「お嬢さんがた、お暇でしたらこちらでご一緒しませんか?」
サティは澄まして花を一本受け取ると、オフィーリアにもそうするように目で促した。
そしてオフィーリアが花を手にしたのを確認すると、さっきの不機嫌はどこへやったのか、完璧な淑女の笑みをたたえて口を開いた。
「まあ、ご丁寧にどうも。でも約束がございますので。ごきげんよう」
「それは残念。またの機会に。」
その男の人が去るのを手を振って見送った後、サティはオフィーリアに顔を寄せて声をかけた。
「ちょっと、かっこいい人だったわね」
「そうね。…でもすごい…サティ全然違う人みたい…」
「あら、女は顔を使い分けてなんぼのものよ。それより、気分いいわね!いろんな男性にちやほやされて!」
さっき、知り合いが男連れで歩いていたのを目撃したときと同じ速さで気分をころりと変えたサティは、籠を抱きしめた。
もう結構な花で埋まったそれは、とても鮮やかに綺麗だった。
ついでにいうと、オフィーリアが持っている籠も、同じだけ花が入っている。
屋敷を出てから、二人は様々な男の人に声をかけられ、花を差し出された。
殆どサティが受け答えをするのだが、その手腕には、こっそり舌を巻いた。
伊達に年上じゃないわ、と思ったのは秘密である。
サティは不意に、オフィーリアの背後に気がとられたように目を向けた。
オフィーリアがつられて振り向くと、そこには様々な男女で賑わう夜店が美味しそうな匂いを醸しながら明々と連なっていた。
これも、お祭りの醍醐味である。
「あ、果実酒だわ、おいしそう。オーリア、わたし買いに行ってくるから、ここから動かないでね、絶対他の人について行っちゃだめよ」
母親が小さい子に言い含めるような言い方に思わず笑った。
「わかってます。子供じゃないんだから」
なぜか疑わしそうに眼を細められたが、よほど気になるのか、いそいそとその場を離れていった。
確かに、心配をされるような子供ではない。
そうはいうものの、サティがいなければ、オフィーリアは手持無沙汰である。
なんとなく足元を見つめながらサティの帰りを待った。
すると、屋台の明かりで淡く照らされたつま先が、僅かに陰った。
サティが帰ってきた。そう思った矢先。
「レディ、こんばんは。あなたに出会えた幸運を、神に感謝します」
想像以上に近い場所からかけられた低い声に驚いて顔を上げると、精悍な容姿の男性が、手に持った赤い花にすっと口づけてオフィーリアに差し出した。
「まぁ…ありがとうございます。」
予想外に気障な男の人の出現に困って微笑みながら花を受け取った。
その人はその様子をじっと見ると、再び口を開いた。
「おひとりですか?」
「いえ。連れの人を待っているところです。」
「なるほど、では、どうです?ちょっと一緒にここを離れてその人を心配させてみませんか?」
いたずらっぽく笑うその人の提案にオフィーリアは驚いて目を見開いた。
「とんでもない!後で怒られてしまいます。ご冗談はよしてください」
「おや、時には妬かせてみるのも、駆け引きの…」
「オフィーリア!」
何かよくかみ合わない方向に行き始めたその人の話を、ようやく戻ってきたらしいサティの声がぶったぎった。
サティは男の人とオフィーリアの間に割り込むようにして駆け寄ると、非常に迫力のある表情で上背のあるその人を睨みあげた
しかし、その人の顔を確認すると、少々間を空けたあと、彼女は勢いのそがれた声で言葉を発した。
「あら、エルクス様じゃありませんか」
「君は、アルの家の」
「ええ。ハインセウム家で侍女をしております、サティでございます」
丁寧にお辞儀をするサティに、オフィーリアもならった。
誰かわからないがサティの様子から鑑みると、アルフォースの知り合いで、礼を尽くすべき相手らしい。
「同じく、オフィーリアと申します」
空気のようにさらっと流れることを願ってさりげなく名乗ったのだが、何を思ったのかエルクスという名らしい彼は反応を示した。
「君はオフィーリアというのかい?」
「はい」
「君には今まで会ったことがなかったなあ。結構ハインセウムの家には行っているのだけど」
なぜかオフィーリアに興味を示す彼に、オフィーリアは戸惑った。
「…左様でございますか。わたしもお見かけしたことがありません。偶然にも、すれ違ってしまっていたのでしょうか」
「…偶然ね、」
エルクスは、面白そうに口の端を歪めた。
「ところで、君の連れとは」
「あ、彼女でございます」
急いで、籠をもっていない方の手でサティを示した。
「そうだったのか。お美しい女性二人でお祭りを満喫中とは。お邪魔でなければ、この私にエスコートさせてもらえないだろうか」
にこやかに言い放つエルクスに、サティも笑顔で切り返した。
「まあ、光栄ですわ。でも、並み居るお嬢様方ではなく私たちを連れてもよろしいのですか?」
「並み居るなんてとんでもない。私が一人寂しく過ごすのを可哀想に思ってくれるなら、是非、ご一緒に」
にやりと笑うエルクスを見て、サティは頷いた。
「エルクス様とご一緒できるなんて、自慢になりますわ。ねえ、オフィーリア」
「ええ」
そう頷くと、エルクスは満足げに笑い、「少し待っていて」と言って、席を外した。
その隙に、サティはオフィーリアの耳に口を寄せて小声で囁いた
「ごめんね、断れなかった。でも正真正銘の騎士様だし、アルフォース様のご友人だから変なひとではないわ---あーあ。でも、今日のお花はもう貰えないわね。さすがに男連れじゃあ、声かけてこないもの。」
無念そうなサティに苦笑しつつ、オフィーリアに最初に声をかけてきたときのエルクスの言葉を思い出した。
思い違いでなければ、少々鬼畜な発言をしていたような。
これからエルクスに付き合わなければならないことを思い、オフィーリアの笑みは引き攣った。
なんか…思ったように展開が進みませんね
申し訳ありません(><)
中編予定発言はどこへやら…
そしてアルフォースの出番少ない…