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2  寝付かせ師の恋心

「オーリア、聞いた?今度の星譚祭、若様も行かれるそうよ。

一夜の恋の相手でもお探しになるおつもりなのかしら」


同僚のサティが言った言葉に、オフィーリアは目を丸くした。

星譚祭とは、国中で祝われるお祭りで7日間続く。その間、いたるところが恋人たちであふれかえる。

いわゆる、男女で楽しむイベント事の代名詞だ。


「そうなの?めずらしいわね。にぎやかなのは苦手みたいなのに」


「でしょう!?そろそろ身を固めることも視野にいれなきゃいけないお年だし。結婚する前に少しくらい遊んでおきたいのかも。若様ったらあの美貌だものね。どんな魚でも釣り放題なのに、全く女性に興味をお示しにならない。気に掛ける女といえば家族(あんた)。宝の持ち腐れだっていっつも思ってたの」


サティは勢い込んであけすけに言い放った。


「魚って、サティ・・・それに別に気にかけてないと思うけど」


苦笑しながら、オフィーリアはそんなことアルフォース様は何も言ってなかったわ、とぼんやり考えた。

まあ、二人ともおしゃべりな性質ではないため、よけいなことをべらべら喋ることはないのだが。

サティが半眼でオフィーリアを見やった。


「何言ってんの。若様、あんたがいると嬉しそうに声かけてくるじゃない。恋人かよってつっこみたくなるわ」


「そんなわけないでしょう。ずっと前からお仕えしてるから親しくしてくださるだけよ。冗談いってないでその棚拭いてね」


サティはため息をつくと、棚を拭き始めたが、すぐにやめて顔をあげた。



「嗚呼、今や若い女の子の噂を独り占めするアルフォース様・・我が主人ながらほれぼれするわ。」


「そうねぇー」


両手を胸の前で握ってどこか上の方をみながら目をきらきらさせているサティに、オフィーリアは同意しながら、机を拭いた。



「髪は星でできた絹のように美しく、瞳は夜の森のように深い深い緑。まるで新月に降り立つ神のようなお姿・・。私だけを見つめてくださるような幸運を手に入れられたなら、この命も惜しくないわ・・」


オフィーリアは思わず噴き出した。


「なあに、それ。あなたいつからそんなロマンチストになったの?」


「この前、町でどこかのお嬢さんがそうやってアルフォース様の噂をしてたの。

貴族様って詩的な日常会話してらっしゃるわよね。でも、そんな夢見がちなこと

言いながら強引なのよねぇ…隙あらば婚約をねじ込んでこようとしてるみたいだし」


笑っているオフィーリアを後目にサティは澄まして花を机のうえの花瓶に生ける。


「でも、そうね・・・。結婚かぁ・・」


笑いを収めたオフィーリアは独り言のようにそっとつぶやいた。


その一言を耳にしたサティはにやにやっと人の悪そうな表情でオフィーリアの顔を下から覗き込んだ。


「あらあらあら?オーリアったらやっぱり若様に憧れてた?

それかもしかして・・相手がいるのっ?オフィーリア、ついに人妻!?

難攻不落のアンタをついに落としたおとこがいるのかしら~?」


「サティ・・顔が怖いわよ。結婚なんて当分予定にないし、相手もいません。残念ながら」


でも。


アルフォースが結婚したら。


--そうね。寂しい、かもしれない。


もしアルフォースが妻を迎えたら、きっと寝付かせ師としての役目はおしまいだ。

寝付かせ師なんて特殊な職は、傍からみれば何と思われるかオフィーリアは知っていた。

ただ寝るまで傍で見守るだけなんて思わない彼等は、オフィーリアを妾か何かと勘違いする人も珍しくない。『この娼婦』と罵られた経験すらある。

そんなオフィーリアは、結婚が明確化した場合、アルフォースからも相手の女性からも邪魔に思われることは必至である。


まして、結婚したなら、彼と一緒に寝るのは妻の役目だ。オフィーリアの仕事があるはずがない。


ぼんやりと、自分はどうなるのだろうと考えた。



「オーリアったら昔からアルフォース様を視付けてるから他の男に目がいかないのかしらね。確かにあんな人が幼馴染だったら他の人なんて目にも留まらないでしょうけど」


オフィーリアは苦笑いしながら首をふった。



「サティはまだなの、結婚」


途端にサティは唇を尖らせた。


「だって全然申し込んでこないんだもの。振っちゃおうかしら?嫁き遅れちゃうわ」


恋人の不満を漏らす様が年上なのに可愛くて、オフィーリアは微笑んだ。


「そんなこと言って。ロベルト泣いちゃうよ?」


「だあってもう私22だよ?オーリアだって21なんだしそろそろかんがえなきゃ!」


「わたしは無理よ。結婚なんて」


「あんた引く手あまたじゃないの!うらやましい、よりどりみどりのくせに」


「全然よ。それに勝手に結婚なんてできないわ・・」


わたしは買われた身だから。

うっかり言いそうになった言葉に自分で驚いて、自分の唇にてをあてた。


「何?」


オフィーリアの途中で止まった言葉に、サティが訝しげに顔を向けてきた。

それに微笑んで、首を振ってみせた。


「なんでもない」


--------------------なんにも、想ってないよ。




******



「オフィーリア」


微笑んで、今夜もまたアルフォースが腕を広げる。


--私だけに笑いかけてくれるなら、この命も惜しくはないわ。


昼間のサティの言葉を思い出すと、オフィーリアは途端にひどく切なくなった。

顔を見られたくなくて、オフィーリアはうつむきがちに歩み寄り、抱擁をうける。


その度に、オフィーリアの心がきゅうっとつねられるように痛むことなど、

アルフォースは考えてもみないのだろう。


「オフィーリア?」


様子がいつもと違うことに気付いたのか、アルフォースが不思議そうに声をかける。


「はい」


「どうした?」


オフィーリアは目を閉じる。


「何も」


それ以上聞かれたくなくて、言葉をつづけた。


「アルフォース様」


「うん?」


「今年は、星譚際に行かれるのですか?」


「あ、ああ・・・今年は久しぶりに行ってみようと思ってる。気になることがあるんだ。

--それより、覚えてる?昔、2人で行った星譚祭。父上にひどく叱られた」


話題を微妙にそらされたと感じながらも、

オフィーリアは当時のことを思い出して微笑んだ。


「ええ、もう9年も前のことになるのかしら?あのときは大旦那様に心配をかけてしまいましたね。」


それは、オフィーリアとアルフォースが出会った年の星譚祭のことだ。

元気になったアルフォースがどうしても祭りが見たいと、こっそりオフィーリアを連れ出したのである。

そこで柄の悪い酔っ払いに絡まれ、あわやというところで知り合いの騎士に助けてもらった。

今となっては笑って話せるが、随分と危なかったことにも変わりなく、オフィーリアもひどく肝をひやした。

そのせいでアルフォースの父であるレスターに怒られ、幼心に、2人で遊び歩くのは良くないことなのだと理解した。


それから今まで、2人でお祭りに行ったことはない。

使用人と主人として立場が明確化された今は、もう簡単にいくことはできないのだろうが。


「あれから9年ですか・・。若君も大きくなるはずです」


しんみりと口にしたオフィーリアを見て、アルフォースが小さく声を出して笑った。


「まるで母親のような言い方だな」


「まさか。恐れ多い。---一瞬、姉のような心地になることもありますけど」



「姉!」


アルフォースが非難するようにオフィーリアを見た。


「あなたより2つしか年上じゃないんですよ。まだあなたの母親にはなれません」


冗談ぽくにやりと笑うオフィーリアを見て、ふと、訝しげにアルフォースが眉を寄せた。


「まだ、とは?------まさか、僕の母親になる具体的な予定でも?」


オフィーリアは目を剥いた。

大旦那様の妻に収まるつもりかと聞いているのである。

とんでもない、とオフィーリアは渾身の力で首を振った。


「なにを仰います!それこそ恐れ多い。一介の使用人が冗談でも口にはできません。

不敬に当たります」


珍しく、勢い込むオフィーリアから、アルフォースはふと目を逸らした。

なぜか、不安そうな横顔だ。


「・・・そういえば、オフィーリアは星譚祭に行く予定があるのか?」


「いえ。いまのところはありませんけど。」


「そうか。なら、いいんだ」


あからさまにほっとした様子をみせるアルフォースに、さすがにオフィーリアはむっとした。

--わたしに見られて困るようなことでもするのかしら?


アルフォースは寝台に腰かけた。


「明かりを消してくれ」



小さなランプを灯して明りを消すと、部屋に闇が降りた。

それに伴うように、一瞬静寂が満ち、オフィーリアはカーテンの隙間をきちんと閉め直そうと、足を動かす。



「オフィーリア」



まだ座ったままのアルフォースに呼ばれて、何の用だろうと近づいてみると


すっと、手首をとられた。


「…今日は眠れそうにないのですか?」


オフィーリアは首をかしげた。

アルフォースはオフィーリアがてを握って眠るように促すと、途端に眠ってしまうのだが

不眠症に煩わされなくなったアルフォースの手を握ることなど、久しくないことだった。


しかし、アルフォースは問いかけに答えず、じっとオフィーリアを見つめ続ける。

少しも逸らすこともしないそれに、オフィーリアは居心地の悪さを感じて、目を横に向けた。

体温が少し上がったような心地がした。

なおも動かないことに、そっと窺うと、小さなランプの光が、彼の瞳のなかで微かに朱く揺らめくのが見えた。


----綺麗。


思わず見入りそうになったが、不躾に見つめるのは失礼だと目線を落とした。

オフィーリアのその様子をみて、アルフォースはゆっくりと手を解いた。



「ごめん、大丈夫だ。----おやすみ」


「アルフォース様?」


訝しむオフィーリアに、行ってよいと手で示す。


「・・・・・お休みなさいませ」


何も求めない主に、それ以上何を言うこともできるはずがない。

静かに退出した部屋の外で、オフィーリアは扉に寄り掛かった。

--勘違いするな、わたし

ぎゅっと目をつむって自分を叱咤した。

彼は時々、うら若き女性の毒になるような、意味の分からない行動をしだす。

あんな風に見つめて手を握ったら、勘違いされても文句はいえない。

オフィーリアは、アルフォースに恋慕する女性の数が半端じゃない理由は絶対彼の行いのせいだろうと確信した。


オフィーリアには、手のひらを人とあわせると、相手を落ち着かせて、頑張れば眠らせることもできるちょっと不思議な力があるようです。

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