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16 得たもの、失ったもの


オフィーリアは小さな町の、施療院に併設されている修道院に身を寄せた。



住む町を決めるにあたり、政治や地理の勉強を趣味としているリーフィナ(そこも淑女らしくないと口を酸っぱくしていわれる原因となっているのだが)が国内の地域の特色について嬉々として講義をしてくれたことによって得た知識と、自ら調べた情報を照らし合わせた。

絞り込まれた場所に、さらに、知り合いと偶然に出くわすことを避けるため人の出入りの少ない所であることと、その上で身を寄せやすく、住みやすそうな町という条件を追加し、選び出した町の名を馬車の御者に告げた。

頭で考えることと現実では違いが出るものではあるが、その場所は想像以上に遠く、当初見積もっていた路銀よりも大幅に費用がかかり、レスターがお金はいらないと言ってくれたことにこっそりと感謝した。



山間部にひっそりと存在するその町は隔絶されていると言ってもいいほど他の街と交流がない。

御者もなぜこんなところに、と口にはしないものの、不審そうな表情を隠さなかった。

しかし、踏み入れていると意外にも人口はそんなに少なくはなく、お年寄りが主ではあるが、それなりの賑やかさがある場所で、閉鎖的な処に特有の、排他的な空気が多少なりともあることを除けば非常に居心地のよさそうな町だと言える。



とりあえず働き口と住む場所を探さなければならないが、道行く人々がいかにも慣れた風情で行き交うなかで、余所者の自分だけが異質な雰囲気であることに気後れし、まごついてしまう。

その物慣れぬ様子が却って悪目立ちすることに気付き、オフィーリアは目が会った人に、思い切って声をかけてみることにした。


はっきりと意思をもって見回した途端、青色の瞳と、ぱちりと視線が交差した。

--今行くしかない。


「あの、ここの辺りに宿をとれる場所はないでしょうか?」


緊張のあまり、若干固い表情で声をかけたオフィーリアに興味を引かれたようで、その人は僅かに顔を覗き込んでくる。

一瞬たじろいだが、その彼の懐こそうな目に安堵した。

その人は気安げな口調で応じる。



「あんた旅行者?っていってもこんな何も無いところに旅行にくるわけないか。何?もしかして間違えてこんなとこに迷い込んだのか?」


人当りの良さそうな人で良かったが、まったく問いに答えてくれていない。

しかし、負けるものか、と胸を張って応戦を試みた。


「いえ、この町に住まわせてもらいたいと思ってここにきました。」


「へえ!珍しい。若いのに世捨て人かなんかか?」


「…違います。本格的に永住を考えて--」


「あんた本当に変わり者だなー。俺なんてここからいつ出ていこうか三日に一度は真剣に考えるのに」


---負けた。

もう負けでいいや。

この人と押し問答するよりも他の人に聞いた方が絶対に話が早そうだ。

人選ミスであった感が否めない。これからは人を見る目を養おう。

オフィーリアはさりげなく目を逸らしながら脇をすり抜けようとした。


「…とりあえず宿を探さなければならないので。失礼します」


心なし早口でそう言ったオフィーリアに、碧眼の彼はのんびりと相槌を打つ。


「ふうん、ここには宿屋なんて2軒しかないけどな。なにしろ需要がないし。…あれ?まだやってたっけ?一昨年潰れたんだっけか?」


思わずその言葉に足を止め、話に食いついてしまった。


「つ、潰れたんですか…?」


蒼白な顔で問うオフィーリアに、あっけらかんとその彼は答えた。


「宿なら修道院と施療院があるからそこに泊めてもらうといい。割に大きくて綺麗だぞ。そこが唯一この町で自慢できる部分なんだ。なんなら、そこで働けば?」


そう言うと、オリバーという名らしい彼は、そのままその場所まで先導してくれた。

着くと関係者の人に話を通してくれ、全く何の面倒事もなく受け入れてもらうことができたのだから自分の幸運と彼の優しさに思わず涙しそうになった。

この際、人選ミスだと思った過去は忘れることにした。



穏やかなシスター達と、数は少ないが優しい薬師や医師達。

オフィーリアは空いた時間に医学を学びながら、治療の手伝いをしたり、患者の話し相手をしたりすることに安らぎを感じていた。

修道院まで案内してもらって以来よく話すようになったオリバーはちょくちょく修道院へ来てはオフィーリアをからかったりするのだが、初めに面倒を見てくれた縁からか、非常に気に掛けてくれているらしく、よく困ったことは無いかと聞いてくれる。


彼はオフィーリアの所だけでなく、仕事の合間に町中の様々な場所に出没しているようだ。

修道院の近所に住む幼い子供とオリバーが遊んでいる姿を目にすることもあった。

なんだかんだ言って、彼はきっとこの町が好きなのだろうと思う。

オフィーリアは、確かに自分は人を見る目がないと思わざるを得なかった。

何故、彼に声を掛けたことを、間違いなどと思ったのだろう。



忙しい毎日は余計なことを考える暇もなく過ぎていき、慌ただしく一月が経った。


未だに時折、昔から自分を気遣ってくれていた人々のことを思い出し後悔することもあったが、最終的にはいつもあれで良かったのだ、という結論に落ち着いた。

そう、あれで良かった。


しかし、心の何処かに間違いを犯したと思う自分がいるのだろうか?

夢だけは、忙しさに惑わされてはくれなかった。

いつもの夢ではない。あの草原は、抜け出して以来オフィーリアの許を訪れることはなかった。

代わりにかわるがわるに知る顔が現れては

「薄情な奴」

「なんて冷淡なひと」

「そんなに愚かだったとは」

口々に、激昂するでもなくただ冷たい態度でひたすらにオフィ-リアを非難する。

最後にはいつも、アルフォースが現れ

そして、あの深い色の瞳に軽蔑の色を乗せて、じっと見つめてくるのだ。

何が言いたいのか、その表情で簡単に想像がついてしまう。

お願い、聞きたくない。見たくない。

だけど目はその口元へと吸い寄せられてしまう。

そして、その口は言葉を紡ごうと動き出す。

思わずぎゅっと目を瞑り--



---いつも、そこで夢は終わるのだ。



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