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14 新月の夜

3/10の4時よりも前に13話目(ひとつ前の話)を読まれた方は、多少話を改稿させてもらっているので読み直してもらえると嬉しいです。

お手数おかけして申し訳ありませんm(_ _)m

「お暇を頂きたいのですが」


そういうと、レスターは異世界の言語を聞いたような顔をしてオフィーリアを見つめた。

意味が分からないと、その顔が如実に語っている。



---あれから、リーフィナは自分の家の使用人の苦言にも少しずつ耳を傾けるようになったという。

リーフィナの家の使用人や当主には有り難がられ、レスターには「期待以上の仕事ぶりだ」と褒められた。


そんなこんなでお役御免となったため、リーフィナへはようやく昨日別れを告げてきた。

なにが彼女の気を引いたのかこの二カ月とちょっとの間で随分懐かれたようで、しきりにまた会うことを約束させられた。



そしてレスターの執務室に呼ばれ、そろそろ元の屋敷に戻る馬車を手配してやろうと言われたとき、オフィーリアはそう切り出したのだ。



「ハインセウムを、離れるということか?」


言葉を確かめるように、ゆっくりと問われた。


「はい。もう、ハインセウム家にわたしは必要ありません。」


「……いきなり何を言い出すんだ」


「わたしは寝付かせ師として雇われました。その仕事は、もうここにはありません

それに----ずっとアルフォース様のそばにいることはできませんから。」



「なぜ、いられない?」



それをわたしに言わせるのか、と思った。

目を伏せ、心なしか早口になりながら返答する。



「…わたしは、自分の立場が周りからどう思われるか承知しています。…事実無根といっても愛人と目されるようなものが傍にいては…アルフォース様のお立場にもいい影響が与えられることはないでしょう。

今が、もう、潮時です。----いえ、もっと前から、離れるべきでした」



レスターは眉間に指をあてて深く息を吐いた。


あの馬鹿息子が…と小さく呻いた。


「確かに、このままではお互いこんがらがるばかりだ。一度取り上げてみるのが最後の手段か…」


ぶつぶつと独り言をいう途中で顔を上げ、言い聞かせるような口調でオフィーリアに提案した。


「このまま私の所で働くということでは駄目なのか?お前の雇用権は私にある。すぐにでも移し替えることは可能だが」


確かに、オフィーリアをアルフォースの寝付かせ師として雇ったのはレスターだ。

つまり、実際に仕えている主人はアルフォースだが、レスターがオフィーリアの雇用権を譲っていない以上、雇用主はレスターなのである。実にややこしいことに。

ゆっくりと、レスターはさらに言う。


「そうする方が、こちらも助かる」


そうやって、ここに居てもいいと、居てほしいと言ってくれることは震えるほどに嬉しい。

しかし、それでは駄目なのだ。

見えるところに彼らの姿があれば、きっと耳を澄まし、目を凝らして探ってしまうだろう。

知りたくないことを知って、苦しまずにいられる自信は無かった。

できれば、なんのてらいもなくずっとアルフォースの幸せを願い続けれるほど、関わりのないところへ。


「そのように気遣って頂いて、とても嬉しく思います。もちろん、ハインセウムの家にも、大旦那様にも、アルフォース様にも、共に働くみなさまにも不満はありません。わたしにはもったいないほど良くしていただきました。…ですからこれは、わたしの、個人的な事情なのです」



そこで封筒を差し出した



「わたしのお給金を貯めておいたものです。幼いわたしをいかほどのお金で買っていただいたのかわかりませんが、このような我が儘を聞いてもらうのもわたしの都合。大旦那様にはその折のお金を少しでも返したく思います。迷惑をかけたお詫びにお納めください」


レスターはその言葉に虚を突かれたような顔をし、封筒を無言で見つめた後、観念したように再びため息を漏らした。



「わかった。紹介状を用意させよう。---でもな、オフィーリア。わたしはお前を金で買った所有物のように思ったことはない。私はお前を娘のように思っているし、我が家の恩人でもある。そのお金を受け取ることはできない」


レスターの、普段あまり見ることのない厳しい表情と、有無を言わせぬ口調に、食い下がることはできなかった。


嬉しいような、切ないような、名前を付けるのも難しい様々な気持ちが溢れてきて、自分が今どんな顔をしているのかもわからない。

ただ一言言うのが、精一杯だった。



「ありがとうございます」



オフィーリアは涙を隠すために、素早く頭を下げた。

不必要なほど深く下げた顔に一粒だけ、涙がぽろりと滑った。



「気が済んだら、いつでも帰ってきなさい」


もういつも通りの優しい声色で、そのせいで喉に何か大きなものが詰まり、もう言葉が出なかった。

無理に何か言えば、きっと声が泣いてしまう。

そんな無様な声を、レスターに聞かせたくなかった。


帰ってこいと言ってくれる、この優しいひとともお別れなのだ。


オフィーリアは、レスターが用意してくれるだろう先へ勤める気はない。

なぜなら、少なからずハインセウム家と縁のある場所を紹介してくれるだろうから。

もしかしたら、リーフィナのところになるかもしれない。


それでは、意味がない。


だから辞めることを告げたその日の夜に、消えてしまおうと思った。


ただ、何も言わずにいなくなるのは駄目だ。

オフィーリアが何も告げずにハインセウム家を去れば、探そうとするだろう人が何人も脳裏に浮かぶ。

それほどまでに、オフィーリアの周りは優しすぎた。

その優しさに縋ってしまいそうな弱い自分が怖かった。


だから、皆に探されないように。見つからないように。


---考えた末に、手っ取り早いのは駆け落ちしたと思わせることではないかと、思い至ったのだ。


駆け落ちした者は、そのまま捨て置かれるのが常識。どうなっても自己責任。放っておけ、というのが暗黙の了解となっている。

なぜなら、比較的結婚は自由な風潮にあるこの国で、駆け落ちという手段に訴えるということは、それほどまでに世間に認められない関係にあったということだからだ。

その上、自分の恋以外はどうでもいいと言っているにも等しいのである。


そんな薄情な者に、だれが好きこのんで会おうとするだろう。


だから、きっと誰もオフィーリアを探しはしない。

好きな人々に見限られるのは悲しいが、直接そう詰られるのでないなら耐えられる気がした。



だから



『好きなひとができたのでその人と暮らします

今までの御恩を仇で返す無礼をお許しください

みなさまの幸せをお祈りいたしております。』


と、手紙を残し、鞄一つを手に持った。

ごめんなさい、と誰にともなく呟く。




そして闇にまぎれて姿をくらました。


星の無い、驚く程濃い闇に、爪で引っ掻いたような、今にも消えそうに細い月だけが暗く明かりを灯している夜のことだった。

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