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12 寝付かせ師、決別す

***


オフィーリアは、馬車の中で膝の上の旅行鞄を握りしめた。


膝に置くには少々大きく重すぎる鞄だが、身から離す気にはなれない。

この鞄は、オフィーリアのいままでの人生の全てなのだ。


もう、アルフォースやサティが居るあの屋敷に帰る気はない。

このまま離れてしまうことを決めていた。


荷造りはそれを想定して終えている。

その鞄は9年分を詰め込むにはあまりにも小さかったが、物にあまり執着しない性格が幸いし、どうしても必要だと思える物を厳選すると、なんとか詰めることができた。


でも、どうしても置いてこれなかったものがある。


アルフォースに貰った、あの白い花だ。


花を挿していたお気に入りだった花瓶は窓際に飾ったままにして置いてきた。


花なんてすぐに枯れてしまう。そんなことはわかっている。


だけど、この花だけは、どうしても。



ふと外を見ると、見慣れない畦道を通っていた。

まず王都ではみかけない、殺風景さだ。


どれくらい、王都から離れたのだろう。


旅慣れないオフィーリアには全くわからなかった。


わかるのは、自力では帰れないほど遠くに来てしまったことだけだ。


--それでいい。


目を閉じれば、すぐにその日の夕方のことがよみがえった。




ふて腐れたようにも見える表情のアルフォースがオフィーリアに言った言葉は、「はやく帰ってこい」と、それだけだった。



ああ、これが彼に貰う最後の言葉


そう思って、その声の響きを忘れまいと耳に刻み込むために、目をゆっくりとつぶった。


アルフォースの言葉には返答せず、ただ「行って参ります」とだけ言った。


使用人用の馬車まで着いてきて見送ってくれたサティは、「本当にありがとう」と、赤くなった目でしきりにお礼を言ってくれた。

「帰ってきたら、オーリアの好きな紅茶、いっぱい淹れてあげるからね。アップルパイも焼いて待ってる」

正直、僅かながら打算もあるオフィーリアには少々後ろ暗いものもあったが。

一番の友人の姿を前に、最後の別れを言いたくてたまらなかった。

抱きしめて、泣いて、話したい。

でも、オフィーリアはやはり「気にしないで」とだけ告げて馬車に乗り込もうとサティに背を向けた。


そこでふと、振り向いて屋敷を仰ぎ見た。


そして慣れ親しんだ屋敷に、心の中で別れを告げたのだった。


***


なにがオフィーリアをこの決断と行動に促したのかといえば、エルノーラだった。

いや、正確にいえば、エルノーラを見つめるアルフォースの姿だ。


なぜなら、オフィーリアはそこに未来を見たのだから。


相手がエルノーラでなくとも

きっといつか彼はふさわしい相手と恋をして、その女性を生涯護り抜くことを神の前で誓うだろう。


もちろん、愛人だと認識されたこともある自分の存在がアルフォースの結婚や恋愛の妨げになるかもしれないことは事実だし、それはなんとしても避けたいことだ。

アルフォースの幸せを願う気持ちに偽りはない。



でも、何よりも怖いのは。

アルフォースが他の何かとオフィーリアを天秤にかけ、オフィーリアでない方を取るとき、



彼は、いったい



どんな声で



どんな顔で



どんな言葉で



オフィーリアをいらないと言うのだろう。



そうなってしまったら


本当にアルフォースの幸せを願い続けることができる?


アルフォースが愛するものに恨みも嫉妬も抱かないと言える?



ここが、ボーダーライン。



濁った感情に浸食されることを戒めるように渡された白い花。


その花の白さを汚さないための。


急いで離れよう


彼から


自分の気持ちから




---王都の屋敷を出て一週間後。ついに、馬車は歩みを止めた。

これからの身の振り方について熟考を重ね終えたオフィーリアをのせて。

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