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人狼は赤ずきんに恋をした

作者: すぎのみそら
掲載日:2026/03/13

友達にリクエストしてもらった短編です。

童話風です。

一見ダークに見えるけど、その先にあるキラキラした願いを見つけていただけたら嬉しいです。


 昔々、深い森の奥に小さな村がありました。


 その村に、ひとりの少女が住んでいました。


 人見知りで、少し恥ずかしがり屋の少女です。


 少女は外へ出るとき、いつも赤い頭巾をかぶっていました。

 そのため村の人々は、少女のことを本当の名前ではなく、


 『赤ずきん』


 と呼んでいました。


 けれど少女の名前は、アビゲイルといいます。


 アビゲイルの両親は、彼女がまだ幼いころに亡くなりました。

 それから彼女は、両親が遺してくれた小さな家と畑で、ひとり静かに暮らしていました。


 村の人たちは、みな優しい人でした。

 両親をなくした少女を気遣い、食べ物を分けてくれたり、声をかけてくれたりしました。


 だからアビゲイルの暮らしは、決して不幸ではありませんでした。


 けれど。


 夜になると、胸の奥にぽっかりと空いた場所が、ひどく冷たくなるのでした。


 それは、誰にも触れられない寂しさでした。


 ある日のこと。


 村の人々の間に、恐ろしい噂が広まりました。


 森の奥で、狼の影を見たというのです。


 ただの狼ではありません。


 人のように立ち、血のように赤い目をした狼。


 その狼に出会えば、命はない――

 そんな噂でした。


「アビゲイル、森には近づくなよ」


 そう言ったのは、村の肉屋のおじさんでした。


 両親が亡くなってから、何かと彼女を気にかけてくれていた人です。


「ありがとう、おじさん」


 アビゲイルは静かに頷きました。


 けれど彼女には、毎日の仕事がありました。


 飼い犬の散歩です。


 犬の名前はアラン。

 賢くて、優しい犬でした。


「アラン、今日は森に行かないようにしようね」


 そう言って歩き出した、そのときでした。


 突然、アランが走り出したのです。


「アラン! 待って!」


 慌てて追いかけます。


 気がついたときには、アビゲイルは森の奥へ迷い込んでいました。


 木々の影の向こうから、楽しそうな気配が聞こえます。


 アランが誰かと遊んでいるようでした。


 そっと木の陰から覗くと――


 そこにいたのは、ひとりの青年でした。


 銀色の髪。

 頭には狼の耳。

 腰の後ろには、ふさふさの尻尾。


 そして瞳は、血のように赤く輝いていました。


 人狼でした。


 アビゲイルは息をのみました。


 けれど恐ろしいはずのその人狼の顔を、アランは夢中になって舐めていました。


 人狼は困ったように笑っています。


 そのとき。


 人狼がふと顔を上げました。


 木陰のアビゲイルと、目が合いました。


 赤い頭巾。

 赤い髪。

 緑の瞳。


 少女は逃げることもできず、ただじっとこちらを見ています。


 しばらく沈黙が続きました。


 やがてアビゲイルは、勇気を出して声をかけました。


「あの……すみません」


 人狼は少し驚いた顔をしました。


「私の犬が……急に飛び出してしまって」


 アビゲイルは小さく頭を下げました。


「ご迷惑をおかけしました」


 人狼はアランと少女を見比べ、やがてやわらかく微笑みました。


「いいんだよ」


 その声は、とても優しい声でした。


 森の怪物の声ではありませんでした。


 それから。


 アビゲイルは、散歩のたびに森へ行くようになりました。


 最初は怖かったのです。


 けれど人狼は、噂とは違い、とても穏やかな人でした。


 ある日、アビゲイルは聞きました。


「どうして森にいるの?」


 人狼は少し寂しそうに笑いました。


「人にも、狼にもなりきれなくてね」


 赤い目を伏せます。


「少し、疲れたんだ」


 アビゲイルにはその意味はよくわかりませんでした。


 けれど、その目が寂しいことだけはわかりました。


 今度は人狼が聞きました。


「君はどうして森に来るの?」


 アビゲイルははっとしました。


 最初は散歩のついででした。


 でも、いつの間にか。


 この人に会うのが、楽しみになっていました。


 村の人たちは優しい。


 それでも心のどこかが、いつも空っぽでした。


 けれどこの人と話していると、その空っぽが少しずつ満たされていくようでした。


 でも。


 アビゲイルは言えませんでした。


 あなたに会いたかったから。


 その言葉だけが、どうしても。


 * * *


 そしてある日。


 村で惨殺死体が見つかりました。


 村は恐怖に包まれました。


 そして村一番の金持ちの娘――ヴェリティが、犯人探しを始めました。


 彼女は狂ったように処刑を進めていきました。


 肉屋のおじさんも殺されました。


 村は恐怖で、少しずつ壊れていきました。


 やがて疑いは、アビゲイルにも向けられました。


 処刑台に縛られたとき、アビゲイルは思いました。


 ああ……


(もう、あの人には会えない)


 名前すら知らない。


 それでも。


(会いたかった)


 そのとき。


 村に声が響きました。


「やめろ!」


 優しい声。


 少し不器用な声。


 人狼でした。


 彼は処刑台に立ちながら、赤ずきんを見ました。


 赤ずきんは泣いていました。


「違うの……」


 声が震えます。


「あなたは何もしていない……」


 人狼は、やさしく微笑みました。


「いいんだ」


 そして、少しだけ照れくさそうに言いました。


「こんな見た目だからさ」


 赤ずきんは首を振りました。


 涙が止まりません。


 人狼は、そっと言いました。


「本当はね」


 赤い瞳が、どこか遠くを見ました。


「死に場所を探して、あの森に来たんだ」


 赤ずきんは息をのみました。


 人狼は続けました。


「でも」


 少しだけ笑いました。


「君に会えて、よかった」


 赤ずきんは泣きながら手を伸ばしました。


 けれど人狼は、その手を取ることができませんでした。


 自分の爪で、少女の肌を傷つけるのが怖かったからです。


 人狼は最後に言いました。


「また会おうね」


 そして――


 処刑されました。


 ⸻


 赤ずきんの世界は、その瞬間に壊れました。


 ヴェリティは人狼の首を掲げて笑いました。


 その血が飛び散り、赤ずきんの頭巾を濡らしました。


 赤ずきんの赤は、もっと赤くなりました。


 そのとき。


 いつか何かがあった時用にと、肉屋のおじさんが赤ずきんに渡していた護身用のナイフが、ヴェリティの腹に突き刺さりました。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 涙が血と混ざり、赤く染まりました。


 そのとき。


 誰かが赤ずきんの手を掴みました。


 振り返ると、そこにいたのは悪魔でした。


「願いをひとつ叶えてやる」


 赤ずきんは言いました。


 涙で声が震えました。


「私を――」


 小さく息を吸いました。


「人狼のいるところに連れて行って」


 * * *


 次の瞬間。


 赤ずきんは森に立っていました。


 最初に人狼と出会った場所でした。


 血で汚れていた頭巾も服も、きれいになっていました。


 木の影から声がしました。


「やあ」


 赤ずきんは振り向きました。


 そこにいました。


 銀色の髪。

 赤い瞳。

 狼の耳。


 人狼でした。


 赤ずきんは走りました。


 今度は、人狼も腕を引っ込めませんでした。


 赤ずきんを、そっと抱きとめました。


「泣かないで」


 優しい声でした。


 赤ずきんは泣きながら言いました。


「私……ずっと言えなかったの」


 人狼も少し笑いました。


「僕も」


 二人は同時に言いました。


「あなたに会いたかった」


「君に会いたかった」


 人狼は言いました。


「僕はアーサー」


 赤ずきんは言いました。


「アビゲイル」


 二人は初めて名前を呼び合いました。


 それから、そっと手を繋ぎました。


 この先が地獄でも。


 闇でも。


 どこでもいい。


 あなたとなら。


 二人は森の奥へ歩いていきました。


 やがて霧の向こうへ消えていきました。


 それから二人を見た者は、誰もいません。


 けれど深い森の奥では、ときどき――


 赤い頭巾と銀色の狼が

 仲良く歩く姿が見えるのだと、


 そんな噂が、今でも静かに残っています。


 終わり

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
アビゲイルとアーサー、2人の気持ちが切なかったです。 その先の道がどこに続いていても、2人が幸せであることを祈っております。
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