第6話:潮騒のレクイエム、黄金の偽装
19XX年 12月 24日(土) 霙のち荒天
手記を綴るこの机は、潮風に晒されてガタついている。
ダブリンを離れ、ぼくたちが辿り着いたのは、北部の果てにあるポートラッシュという小さな漁村だった。ぼくたちはここで、ある「嘘」を演じることに決めた。
ぼくの名はケネス、彼女の名はエイリーン。追っ手の目を逃れるため、ぼくたちは「ロンドンから駆け落ちしてきた裕福な兄妹」という触れ込みで、村外れのコテージを借りた。
皮肉なものだ。
今のぼくたちの姿は、誰から見ても眩しいほどに完璧な「若者」だ。
ぼくの肩幅は広がり、顎のラインは彫刻のように鋭くなった。鏡に映るのは、かつて泥の中で這いずっていた老人とは似ても似つかぬ、二十代前半の青年。一方のエイリーンは、瑞々しい肌と好奇心に満ちた瞳を持つ、十代半ばの少女の姿をしている。
「ねえ、ケネス。見て、海がとても綺麗よ」
浜辺を駆けるエイリーンの足取りは、羽のように軽い。
ぼくたちは偽装のために、時折、村の市場へ出かける。村人たちはぼくたちを見て、「なんて絵になる若者たちだ」と微笑み、羨望の眼差しを向ける。
彼らは知らないのだ。この若々しい肉体の檻の中に、数え切れないほどの後悔を蓄積した「老いた魂」が閉じ込められていることを。そして、この美しさが、自らの存在を消し去るためのカウントダウンであることを。
ここでは、もう「癒やしの力」は使わないと誓った。
誰かを救えば、ぼくたちの時計はさらに加速し、この偽りの平穏さえも崩壊してしまうからだ。
しかし、運命はぼくたちを放っておいてはくれない。
数日前、嵐で高波が立った夜、村の漁師の幼い息子が波にさらわれ、瀕死の状態で引き上げられた。
村中が悲鳴に包まれる中、ぼくとエイリーンは立ち尽くしていた。
手をかざせば、あの子は助かる。
けれど、そうすればぼくは「少年」になり、エイリーンは「幼子」になってしまうだろう。
それは、この街からの逃走を意味し、積み上げてきた偽装を捨てることを意味する。
「ケネス、行かないで」
エイリーンがぼくの袖を掴んだ。彼女の瞳には、かつての慈愛ではなく、自分たちの命を繋ぎ止めたいという、痛切な「自己愛」と「恐怖」が宿っていた。
ぼくは、その手を振り払うことができなかった。
結局、ぼくたちはその夜、窓を閉め切り、少年の命が消えていく気配をただ黙って聞き続けていた。
平凡でありたいと願った。
だが、平凡とは「誰かを見捨てる」という残酷さを伴うものだったのか。
ぼくの手記には、初めて自分の「正義」が死んだ夜の記憶が、震える文字で刻まれている。
今夜、クリスマスの鐘が遠くで鳴っている。
村人たちが奇跡を祈る中、ぼくたちの体は、祈りもしないのに勝手に若返り続けている。
エイリーンの背はまた少し縮み、ぼくの知能はまだ「大人」だが、時折、理由のない万能感や、短気な情動が胸を突き上げるようになった。肉体が精神を追い越し始めている。
【現在の外見推定年齢:22歳】
(※追記:エイリーンは今や、少女を通り越して「子供」の入り口に立っている。ぼくたちが『兄妹』として振る舞える時間は、もうすぐ終わるだろう。次は、親子を演じなければならないのか?)




