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白紙の残響  作者: 水前寺鯉太郎


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第5話:星のない逃亡路、重なり合う秒針


19XX年 12月 12日(土) 雪まじりの強風

日記を書く指が、自分のものとは思えないほど滑らかに動く。

かつてライアンの小屋で、震える節くれだった指に鉛筆を括り付けていたのが嘘のようだ。今のぼくの手には、苦労の証であったはずのタコも、歳月を刻んだシミも一つとして残っていない。

ぼくとエイリーンは、今、ダブリンを離れる夜行列車の中にいる。

窓の外を流れる暗闇は、ぼくたちの不確かな未来そのものだ。

「ケネス、眠れないの?」

向かいに座るエイリーンが、ぼくの手記を覗き込むようにして声をかけた。

彼女の姿に、ぼくは思わず息を呑む。数日前に出会った時、彼女は二十代半ばの瑞々しい女性だった。しかし、出発の直前、シェルターに残していく老人たちの痛みをすべて吸い取った彼女は、今や、十代後半の少女のような危うい美しさを纏っている。

彼女が力を振るうたびに、彼女の「大人の女としての賢明さ」が、その幼くなっていく肉体に閉じ込められていくようで、ぼくだけはそれを見ていてはいけないような気がした。

「……ぼくたちは、どこへ向かっているんだろう」

「どこでもいいわ。あの男たちが来ない場所なら。……彼らは私たちを人間だと思っていない。ただの『枯れない泉』だと思っているのよ」

エイリーンが言った「男たち」とは、ダブリンの地下に根を張る秘密結社、通称『カラスの眼』のことだ。彼らは病に怯える富裕層に、私たちの「光」を切り売りしようと企んでいる。

昨日、ぼくたちの下宿を黒塗りの馬車が囲んだとき、ぼくたちは迷わず裏口から飛び出した。

逃げる途中で、エイリーンは階段から落ちた家主の足を反射的に治してしまった。その瞬間、彼女の背が数センチ縮み、声のトーンが一段高くなったのをぼくは聞き逃さなかった。

平凡でありたかった。

ただ、静かにこの世から消えたかった。

それなのに、ぼくたちの道行きは、皮肉にもどんどん「輝かしく」なっていく。

肉体は全盛期へと向かい、肌は輝きを増し、足取りは軽くなる。

普通の恋人たちなら、この「若さ」を謳歌し、未来を語り合うだろう。だがぼくたちにとって、この若返りは、死神の足音が近づく音に他ならない。

「ねえ、ケネス。約束して」

エイリーンが、ぼくの若々しくなりすぎた手を、彼女の小さな手で握りしめた。

「もし、私たちがもっと若返って……いつか、言葉さえ忘れてしまったとしても。その時は、この手記を読んで聞かせて。私たちが、かつて誰かを救おうとした大人だったことを、思い出させて」

彼女の瞳に浮かぶ涙は、今の彼女の容姿に見合った、あまりにも純粋な輝きを放っていた。

ぼくは力強く頷いたが、ペンを握る手の内側で、心臓が悲鳴を上げている。

今のぼくは、おそらく二十代の半ば。

人生の最も美しい季節。

だが、ぼくの魂は、まだあの泥の中に捨てられた老人のままだ。

列車の汽笛が、夜を切り裂く。

ぼくたちは若返りながら、終着駅へとひた走る。

そこにあるのは、温かな家か、それとも完全な「無」か。

【現在の外観推定年齢:25歳】

(※追記:筆跡がますます力強くなっていく。かつて一度も経験したことのない『青春』が、今、呪いとなってぼくを浸食している)

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