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白紙の残響  作者: 水前寺鯉太郎


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第2章 第4話:浄化の閃光、十歳の恋人たち

一九七二年 八月二十七日。

青島の森は、異様な熱気に包まれていた。

新興宗教『カラスの眼・日本支部』の信者たちが、手に手に松明を掲げ、古い堂を完全に取り囲んでいた。彼らの眼には、信仰という名の狂気と、死を遠ざけたいという生物学的で浅ましい飢えが宿っている。

「出しなさい! その『若返りの神』を! 我らの教祖様に永遠を捧げるのだ!」

拓真は堂の入り口に立ち、拾ったばかりの太い流木を構えていたが、数十人の男たちを前に、その足は震えていた。

「どけ、若造。お前には関係のない話だ」

先頭の男が拓真を突き飛ばした、その時だった。

堂の奥から、冷徹なまでに白い光が漏れ出した。

「……触れないで。その汚れた手で、私たちの時間に触れないで」

現れたのは、エイリーンだった。

先ほどまで三十代の知的な女性だった彼女は、今や二十歳前後の、花が綻ぶような美しい娘の姿になっていた。だが、その背後に立つケネスは、さらに若返り、十歳ほどの少年の姿で彼女の衣の裾を掴んでいる。

「神よ……! おお、本当に若返っている!」

信者たちが一斉に跪き、彼女に縋り付こうと手を伸ばす。その瞬間、エイリーンは静かに両手を広げた。

「癒やしてあげる。あなたの、その醜い欲望ごと」

爆発的な光が放たれた。

それはケネスがかつて見せた「傷を治す」程度の光ではなかった。周囲にいた信者たちの心に渦巻く執着、老いへの恐怖、支配欲……それら精神的な「毒」をすべて吸い出し、強制的に浄化する、圧倒的な生命の放射だった。

光に触れた男たちは、毒気を抜かれたようにその場にへたり込んだ。彼らの顔からは険しさが消え、赤ん坊のように穏やかな表情へと変わっていく。

だが、その代償はあまりにも残酷だった。

「……あ、……」

光の渦の中心で、エイリーンの体が目に見えて縮んでいく。

二十歳の娘だった彼女の髪が短くなり、四肢が細くなり、瞳から「大人の憂い」が消え、純真な輝きに置き換わっていく。

十九、十七、十五、十三……。

同時に、彼女を支えようと手をかざしたケネスもまた、共鳴するように若返りを加速させた。

十一、十、九……。

光が収まったとき、そこには数分前まで大人だった男女の姿はなかった。

月明かりに照らされた森の地面に座り込んでいたのは、十歳前後の、どこにでもいるような**「少年と少女」**だった。

「……エイリーン?」

ケネスが、まだ声変わり前の、高くて可愛らしい声で呼ぶ。

「……ケネス。……ねえ、見て」

エイリーンが、自分の手を見つめて震える声を出した。

それは、ケネスの手と同じくらいの大きさだった。

今の二人は、推定年齢十歳。

ケネスが老人として生まれ、エイリーンが老婆として現れ、半世紀以上の時間をかけて「逆走」し続けてきた二人が、この人生で初めて、**「同じ年齢(同い年)」**として向かい合ったのだ。

「同じ……だ。ぼくたち、今、同じ時間を歩いてる」

ケネスはエイリーンの小さな手を握りしめた。

今まで、どちらかが大人でどちらかが子供、あるいはどちらかが消えかかっているような、歪な関係しか持てなかった二人。

十歳の少年と少女として、二人は初めて、対等な視線で、同じ高さの目線で互いを見つめ合った。

拓真は、その光景を涙を堪えながらカメラに収めた。

白紙の日記には、子供のような拙い、しかし力強い文字が浮かび上がる。

『一九七二年、夏。ぼくたちは、ようやく出会えた。お互いの瞳の中に、自分と同じ長さの影を見つけたんだ。これが、神様が一度だけくれた、ぼくたちの『青春』なのかもしれない』

だが、喜びは一瞬だった。

十歳の肉体は、八十年の記憶を支えるにはあまりにも小さすぎた。

「……ケネス、なんだか、忘れちゃいそう」

エイリーンが、不安げに首をかしげる。

「ロンドンのこと……ダブリンのこと……ライアン……あのスープの匂い……。なんだか、すごく遠い昔の、夢みたいで……」

二人の知性が、肉体の若さに引きずられ、急速に「子供」へと変質し始めていた。

大人の言葉を失い、記憶を失い、ただの十歳の子供になっていく。

それは、ある意味で呪いからの解放かもしれない。だがそれは、二人が愛し合っていたという事実さえも、忘れてしまうことを意味していた。

森の入り口では、正気を取り戻した信者たちが困惑したように立ち尽くしている。

拓真は、十歳の二人を両腕に抱き上げた。

「……逃げよう。どこか、誰も知らない場所へ」

二人は、拓真の首に細い腕を回した。

その重みは、あまりにも軽く、そしてあまりにも温かかった。

【現在の外見推定年齢:ケネス 9歳 / エイリーン 10歳】

(※追記:日記を書くのが、どんどん難しくなってきた。漢字を忘れていく。でも、彼女の手を握った時の気持ちだけは、絶対に忘れたくない。僕たちは今、世界で一番幸せな、ただの子供だ)

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