7 罠に飛び込んで
「セラフィーナ王太子妃様がいらっしゃいました」
メイドの声で、全員の目線が庭園の入り口に集中する。
「えっ」
それは誰の声だったか。貴族の令嬢には似合わない驚きの声があがった。
新緑のトンネルから現れたのは、美しい絵画に描かれたような女性だった。
黒髪をゆったりと結い上げて、パールの髪飾りで上品に飾り付けられている。着ているドレスはお茶会の開催地に会わせたような藤色のドレスだった。
素材は高級で、デザインも一流の者が手がけたのだとわかる。
よく見れば古いデザインではあるが、逆にそれが彼女の黒髪と似合いクラシックな印象を与えた。
流行に左右されず、自分に似合うスタイルを貫いているように見え、何人かは思わず感嘆のため息をつく。
参加者の前にやってきて、彼女は微笑んだ。
「セラフィーナ・ド・ルロワです。本日はお招き頂きありがとう」
その動作や表情に、他の参加者を慮る要素は無い。頭を下げる必要も、流行にも左右される必要もない。
セラフィーナは王太子妃なのだから。
一瞬で場の空気が変わる。何人かは居住まいをただして、目上の者が来た時の態度にいつのまにか変えていた。
今の空気は、イネスが期待したものでは無いものだ。
流れを変えようと彼女は挨拶をした。
「突然の招待申し訳ございません。私を含めてみなさまが早くセラフィーナ様とお話をしたいとのことで……」
「許しましょう」
セラフィーナはそれだけ言って黙って微笑む。
招待の期間が短いことなど、話のスタートとして便宜的に入れたことだが、セラフィーナがそれを謝罪と受け取ったことで明確にイネスの落ち度となってしまった。
招待期間が短いことは正しく落ち度ではあるが、力関係が圧倒的に開いている際は目上のものの些細な対応不備として、招待された者はそこに目をつぶり喜んで出席するものだ。
だが、セラフィーナはその茶番の舞台には上がらなかった。
あくまで、自分は王太子妃。そこをわきまえろと無言の微笑みで皆にわからせた。
セラフィーナは静かに空いた席に座る。
便宜上、王太子妃のため上座の席だったが、序列を明確にしない丸テーブルだったためイネスと双璧のようになっていた。
美しいイネスと、みすぼらしいセラフィーナで対比出来ると思っての配置だったが、その期待は裏切られた。
社交界の頂点に君臨するイネスに気圧されていない。それどころか、底知れないオーラで場を制している。
イネスは困惑しながらも、すぐに話題を変える。
「セラフィーナ様、お美しいドレスをお召しになっていますね。形もクラシックでセラフィーナ様の雰囲気にお似合いです」
古くさいと遠回しに言っていた。
居住まいを正さなかったそれに数人の令嬢が含み笑いをする。
「ヘルサにやってきてからまだ日が経っていないですが、そちらはどちらのお店で?」
他の令嬢がイネスに続いて話をする。
セラフィーナはドレスをなぞりながら答えた。
「これは以前の王太子妃がお召しになっていたドレスです。部屋には歴代の王太子妃が来たドレスが保管されているのですよ」
「……そんな話は聞いたことがありませんが?」
イネスの疑問に、セラフィーナはクスリと笑って答える。
「そうでしょうね。これは『王太子妃』の部屋の話ですから」
それを嫌味と捉えたのか、空気が少しピリつく。
ゲストがイネスを伺うが、彼女はそれを無視して反撃した。
「王太子妃だけが知る話を、今この場で話してよろしかったのですか?そしてそのドレスが貴重なものであれば身につけても本当によろしかったのでしょうか」
他国から着た者が勝手に着て良いのか?話して良いのか?と言外で問いかけた。
けれど、セラフィーナはそれに微笑みながら答える。
「あなた、何もわかっていないようね?」
心配そうなイネスの柔らかい声を、セラフィーナが氷のような冷たさで引き裂いた。
「王太子妃が担う責任の一つに『文化の保存』というものがあります。商業が盛んで縫製業にも力が入っている我がヘルサ国に置いて、一級品のドレスの管理は重要な仕事。ですが、ドレスは本来は身につけて外に出なければその真価は発揮されない。王太子妃として、このドレスを身につけ新たな流行として外の場に出ることも重要なもの。だから着てきたまでです」
つらつらと語るセラフィーナを、皆が信じられないものを見るようだった。結婚式でのセラフィーナはただじっと前を見ていて口を開かず、まるで人形のようだった。
だが、今はどうだ。まるで台本を呼んでいるように長々と語っている。
そう、実際にはこれはセラフィーナの言葉ではない。
彼女の横に立つ二人の女性の言葉を借りていた。王太子妃の責務と語るのはソニア、そして、ドレスの価値について語るのは。
「最近の令嬢達のドレスはどこか野暮ったいのですねぇ!あの子は顔立ちが華やかなのだからそれに負けないアクセサリーをつければいいのに、なんで繊細なものを?あの子も髪色に合っていないドレスを着ている!まったく嘆かわしいですわ!この中で一番美しいのはセラフィーナ様ですわね!」
テンション高く語るのはセラフィーナにしか見えない存在。ドレスデザイナーのジゼルだった。
ヘルサ建国から少したった後、王都で一人のデザイナーが話題となった。平民ながらセンスの良さと時代の先を読む嗅覚でドレスを作りの才を見いだされ、次々と店を大きくしていき、やがては王太子妃のお抱えモード商となった。
彼女がデザインしたドレスを王太子妃が身にまとい、パーティーに出てその後の流行を作っていく。
長命だった彼女は三代の王太子妃に仕え、多くの流行を作り出しヘルサの紡績業に大きく貢献して死後に爵位が与えられた。
「死んだ後もらったものなんて何の役にも立たないですけどね~。まぁこうして気兼ねなく王城に入れるようになったのでいいんですけど」
「あなたそんなの気にするタイプじゃないでしょう」
ソニアがあきれながらジゼルに言う。死者となった後に親交が合ったようで二人は軽口を言い合う仲のようだ。
セラフィーナは、お茶を飲みながらここに来るまでの準備のことを思い出す。
このお茶会の招待が届いてから、ソニアは招待期間の短さに憤慨しそしてジゼルを呼び寄せた。
ジゼルは王太子妃の部屋に保管されていたドレスから一つのドレスを引っ張り出して言った。
「次の流行はこれですわ」
それを見たセラフィーナが小首をかかげる。
「……流行に詳しくない私が言うことではないと思うけれど、そのドレスは以前の王太子妃様が着ていたものだから、時代には合わないのでは?」
ジゼルはふふんと笑う。
「流行は巡るものです」
そしてジゼルはセラフィーナを仕立て上げた。
次の流行となるドレスを、国を回って磨き続けた最高のセンスでアレンジした。
そしてできあがったセラフィーナは、流行を追いかけていたお茶会に参加していた令嬢達に新鮮に映った。
華やかなデザインの流行がこのところ続いていて、新たな流行が待ち望まれていた。
セラフィーナのドレスは、待ち望んでいた次の流行を感じさせるものだった。
場の空気が拮抗している。少なくとも、セラフィーナをおおやけに馬鹿にしようとする者は少なくなった。




