41 離婚宣言
戴冠式に、最後の二人がやってきた。
ルネとイネスだ。
白い布地に金糸の刺繍が施された礼服は二人に合っていた。イネスもルネの服と対になるようなドレスを着ていて、二人の様子から結婚式と言っても通じる様相だった。
そこに、セラフィーナがやってくる。
黒と白の決して交わらない互いの色が、人々が彼らの関係性が絶望的なものだと悟った。
ルネが口を開いた。
「このような華やかな場に、なぜそんな服を着ている?」
セラフィーナが答える。
「どうやら情報の行き違いがあったようです。この場には喪服で来ると……」
「そんな訳ないだろう?新しい王が誕生する場だ。私が王になることを反対しているようだな」
そう言って鼻で笑うルネに、イネスが寄り添って同調する。
「情報の行き違いとセラフィーナ様はおっしゃっていましたが、この城にいる者達全てから情報が伝わらなかったということでしょうか?……それって、セラフィーナ様が認められていないことの証明では?」
「たしかにな。君がヘルサにやってきて暫く経つのに、まだそんな信頼関係を築いていないのでは……君の処遇を考えなければいけないな」
そう、ルネが言うと、大広間の壇上の前に立つ。
王の椅子が備え付けられ、今日の戴冠式が終わるとそこにルネが座る事になる。
彼はその前に立ち、皆を見ながら朗々と声を上げた。
「今日は皆に聞いてもらいたいことがある。王太子妃として我が国にやってきたセラフィーナ・リスターだが……ここで離婚をすることを宣言する」
広間が静まりかえった。
貴族達は衝撃で口が開けなかった。
それもそのはずで、ヘルサの歴史で王族の離婚は無かったからだ。
死別しか王と王妃が別れる事は無い。
ルネの一言で、その歴史が覆ろうとしていた。
その歴史的な出来事に、自分達が立ち会っている。一言でも漏らせば、その空気を汚してしまう気がして誰も口を開くことが出来なかった。
だが、ルネとしては不本意だったようだ。
セラフィーナとの離婚は歓迎されるものと思っていた。なのに、拍手や歓声が上がる事は無い。
彼にとっての想定外な事態に、場を盛り上げようとしたのか言葉が過剰になっていく。
「セラフィーナは王太子妃として不適合と私が判断した。独断で貴族令息達に罰を与えた。彼らはヘルサの将来に欠かせない人材だったのに……その損失は甚大だ」
クレマンとステファンのことだ。
彼らの処遇は適当なものだと意義を唱えようとしたのだろう。
イゾルデとマルグリットが意義を唱えようとしたが、あらかじめ配置されていた王族騎士達が彼女達の前に立ち塞がり、動きが封じられた。
セドリックも同様で、断罪の場に立つセラフィーナに駆けつけようとしたが、同僚の騎士達が彼を抑える。
騎士達も苦渋の顔をしていた。
それでも体を動かしてセラフィーナの元に駆けつけようとしたとき、彼女の視線に気がついた。
こちらを見て、小さくうなずく。
まるで、「自分を信じて欲しい」と言っているようだった。
それに気がついたのはセドリックだけでは無く、イゾルデとマルグリットもだった。
3人は静かになり、落ち着いてセラフィーナを見つめる。
ルネは小さな騒動を片目で見ながら、話を続けた。
「極めつけはイネス・レルミットへ危害を加えたことだ。彼女に対する嫌がらせは卑劣なものばかりだ。お茶会で彼女の名誉を貶めたり……長年私に尽くしてくれたイネスへの無礼は目に余るものだ」
そこまで言うと、イネスが悲しそうにルネに寄り添った。
二人の世界が展開されて、もうこの物語の結末が誰もが想像出来た。
ルネは高らかに宣言する。
「私、ルネ・ド・ルロワは離婚をして、イネス・レルミットと再婚をする!そして二人で共にヘルサを盛り立てていこう!」
その宣言はどこか上滑りしていて、拍手や歓声は依然として起き上がらなかった。
だが、その静寂は沈黙を守っていたセラフィーナの言葉で打ち破られることになる。
「その離婚を受け入れます」
セラフィーナは表情一つ変えずに、ルネの提案を受け入れた。
見守っていた貴族達は声に成らない悲鳴が上がり、騎士達に止められていたイゾルデとマルグリットは悲痛な叫びを上げる。
セドリックはその場で脱力し、セラフィーナを見上げることしか出来なかった。
この状況に失望を感じていたのは彼らだけでは無かった。
行動には出さないが、セラフィーナに対して期待をしていた貴族は他にもいた。
停滞してたヘルサが良くも悪くも変化していた。その変化に希望を見いだした者達は、ルネへの失望感が膨れ上がった。
王太子として大した動きもせず、他の貴族令嬢と浮気ごっこを続けて、それに国を巻き込むとは。
何人かは怒りの表情を隠そうとはしなかった。
場の雰囲気が期待していたものではなかったルネは視線を変えてセラフィーナを見た。
ルネは表情を変えないセラフィーナに、小さく呟く。
「あなたは、離婚を言い渡されても何も思わないんだな」
それにセラフィーナが問い返した。
「あなたの決意は堅い。抗うことは出来ないと思ったのです。自分は自分の出来ることをしようと。それが、きっとこの国のためになると思いました。……だから、離婚を受け入れます」
思ってもいなかった殊勝な言葉に、ルネの心が少し痛んだ。
母の日記を読んで以来、セラフィーナには敵意しかなかった。そして、何をしても感情が動かないセラフィーナに怒りで我を忘れ、度を超えた嫌がらせをしていた自覚はある。
何をしても傷つかないセラフィーナに、自分の存在の小ささを感じて意固地にもなっていたのだ。
だが、こうして静かに返されるとルネの良心がようやく正常に動き始めた。
それを敏感に察したのだろう。そばにいたイネスがルネの手を握って囁く。
「私達が一緒になれるまでもう少しよ。あとは輝かしい未来が待っているの。……だから、私だけを見ていて」
潤む瞳に見つめられれば、ルネの中でセラフィーナに対する憐憫の感情は薄らいでいく。
ここまで来たのだ。もう後戻りは出来ない。それに、自分のことをなんとも思わない女よりも、自分を愛していると叫んだイネスと寄り添う方がきっと自分の未来は明るいはずだ。
これからは輝かしい未来が待っている。そう、きっとそのはずだ。




