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孤独の女王  作者: 冬原光


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4 王太子妃の謎

「な、何を!?」


騒ぐ二人を無視して、セラフィーナは医師に尋ねる。


「このスープの中に入っているじゃがいも、芽が取られていないようね。じゃがいもの芽は体には毒ではなかった?」


尋ねられた医師は前に進み、転がったスープの具を摘む。指の先にあるのは、皮も向かれていない芽が伸びたじゃがいものかけらだった。


「えぇ、確かに……」


「私はこの国の世継ぎを生むためにここに来ました。であれば、この体に毒を与えようとしたこの者は暗殺者と一緒。ではないですか?」


極論の意見だが、王太子妃の食事にこのようなものが入っていることはあり得ない。

セラフィーナの質問に答えかね、医師が黙り込む。


セラフィーナは続けた。


「そこの騎士、いますぐこのメイドとメイド長を監獄に連れて行き首をはねなさい」


騎士は困惑して動くことが出来なかった。そこにルネが飛び込んできた。


「何事だ!」


彼の登場で、緊迫した空気が少しゆるんだ。

異国から来た不気味な王太子妃が場を制している状況に光が射し込んだようで、メイド長がルネに助けを請う。


「メイドが不手際をしたのですが、王太子妃がそれを暗殺だろうと……」


それを聞いてルネが周りに尋ねる。


「何が起こったのだ?」


医師から一部始終を聞いて、ルネが改めてセラフィーナに言う。


「起こったことはわかった。だが、この二人の処罰に関してはこちらで預からせてもらう」


だが、それはセラフィーナにすぐさま却下された。


「いいえ。それはなりません。彼女達の罰は私が決めます。ご安心なさってください。この国の基準に沿って決めさせていただきましたから」


ルネはため息をつきながら反論する。


「メイド長は少なからず話を聞く必要があるだろう。現状の話を聞いた限りでは彼女の落ち度を考えても処刑はありえない。……そもそも、君にこの王城の人事に口を出せる権利はない」


ルネから見ても、今のセラフィーナの状況は悪いものとはわかっていた。

王太子妃に、古いジャガイモのスープを出すなんて考えられないことだ。

メイドは厳しい罰を与えられることになるだろうことはわかっていたが、メイド長は直接関与は今の時点ではわかっていない。


セラフィーナが直接メイド長と接する機会がないことはわかっていたので、彼女がどこまでこのことに関与しているのかを整理しなければ適切な罰は下せない。


その考えの中には、ほんの少しルネの私情も入っていた。


メイド長は幼い頃からルネのことを温かい目で見守ってくれていた。王が親ということで親子の関係は特殊だ。

甘えることは出来なかったルネに、献身的にメイド長として支えたのは彼女だった。

そして、イネスとの関係も応援してくれ、二人が庭で逢瀬を重ねているときには、人払いをして二人の時間を作ってくれた。


だが、セラフィーナはそれを撥ね除けた。


「いいえ。私にも権限はあります。私は王太子妃。城の内政を司る王妃陛下が亡くなっている今、対応するのは王太子妃です」


そう言いながら、近くの騎士を呼び寄せて何かをささやく。その騎士は足早に部屋から出ていった。

ヘルサでは、国王は国の政治を。そして城の中のことは王妃の管轄だった。

男は仕事、女は家のことという平民達の生活の規模が大きなものともいえる。


ルネもそれは知っていたので、説得をする言葉が出てこなかった。

彼女が他国から来た何も知らない娘ではなく、ヘルサの王太子妃なのだとようやく認識したのだ。

分が悪いと思いながらも、ルネはセラフィーナに食いつく。


「……だが、メイド長は」


「このスープは王城の調理場で作られています。王族が食べる者はメイド長のチェックが入り、それぞれ運ばれます。つまり、彼女はこのスープが私に出されることを知っていたのです。むしろ、一等級の食材ばかり購入している中で、芽がでているじゃがいもを手に入れるには意図的に放置したと考えられます。廃棄を含めた食材の管理もまたメイド長がするもの。つまり、彼女の監視を二度もくぐり抜けたということ。ヘルサ国が誇る王城使用人達が三等級であればしかたがないと考えますが、そうなのですか?」


問われたルネは自国が馬鹿にされたことで怒りを覚えたが、ここで否定してはメイド長の罪が浮き上がることになることに気がつき、口をつぐんだ。


セラフィーナは続ける。


「それに、私がメイド長を罰するのはこれだけが理由ではありません」


そう言いながら、騎士に押さえつけられたメイドに近寄り、彼女のエプロンをはぎ取った。


「何を!?」


狼狽するルネを無視して、セラフィーナはエプロンに手をはわせる。

すると、腰にまきつける部分に堅い感触があった。


「あ……」


メイドの絶望の声とともに、セラフィーナが手に宝石をとってそれを煌めかせた。


「これは結婚式の時に与えられたイヤリングにはめ込まれていた宝石です。それを彼女は隠し持っていた。この宝石を売るつもりだったのでしょう」


皆の視線が宝石とメイドに注がれる。


「王太子妃に毒を盛ろうとした。その上、王族の宝石を盗んだ。彼女の地位を考えれば、一回の処刑では足りないでしょう。……ですが、宝石を売るには適正なルートがなければならない。王族の宝石を扱えるほどの大金を持ちながら、口が堅い商人とつながりがもてるのは、彼女のような下級貴族の娘では無理。長年王族に仕えて人脈が広い人なら別ですが」


セラフィーナの目線はメイド長に注がれる。


「たとえば、メイド長のようなね?」


メイド長は狼狽しながら答えた。


「何を根拠にそのような!私は長年王家に尽くしてきました!そのような裏切りをするわけはありません!」


メイド長はルネを見つめて涙を流す。


「ルネ様、私のことを信じていただけますか」


ルネは長い時間を共に過ごしてきたメイド長に駆け寄り、背に手を添えて支えセラフィーナを睨みつける。


「この場で最も権威あるのは王太子である私だ。この件は私が預かる。他国から来た君は静かにしていてくれ」


そのとき、先ほどセラフィーナが何かを頼んだ騎士が戻ってきた。手には本を持っている。

それを見て、医師や執事長は目を見開いた。

本を受け取ったセラフィーナはそれを掲げる。


「これは王室の歴史とそれに基づいた王城内でのマナー・ルールが書かれたものです。その28ページ目を見てください。『王族の上位4人の各部屋にそなれられた緊急事態が起こった時の鐘がならされたとき、自分の周りの人員を安全のために害する者の処理を即時する出来る。』過去に前例があるので、今回だけ例外という訳には行きません。王族に害をなそうとしたメイドを監督できていなかった時点で十分そこのメイド長も信用に足る人物ではないので、私の権限で処理します」


「だが……」


まだ何かを言い募ろうとしたルネに、セラフィーナが大声を出した。


「この決まりは10代前のテレーゼ王太子妃が、使用人に紛れ込んだ他国のスパイに害されそうになった際に作られたもの!その際に彼女は片腕を失った!彼女の犠牲によって出来た決まりを軽んじるのですか!?」


それにルネをはじめとした人々は何もいえなくなった。

城の決まりを軽んじることは、王族を軽んじることと道義だった。それは、過去の王族達の歴史に基づいているからだ。

それを王太子であるルネがしてはならないことだった。


ルネは頭を落として、細々と言った。


「わかった……メイド長達の処分は君に任せよう」


それにセラフィーナは無表情で答える。


「あなたに任されなくても、もうすでに私に権限があるのですよ」


セラフィーナ以外の一同は部屋から無言で出た。

王城の中を歩きながら、ルネは周りに尋ねる。


「誰が彼女に非常時の鐘や本の存在を教えた?」


だが、それに答える者はおらず、互いに視線を送るだけだった。

ここにいる者以外でセラフィーナにそれを教えることが出来る者は国王くらいだが、彼は今病床に伏して人に会えない状態だ。


「……では、誰が?」


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