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孤独の女王  作者: 冬原光


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34 カトリーヌを探して②

美術館の後にやってきたのは、前王妃カトリーヌの生家だった。

突然の王太子妃の訪問に慌てふためいた使用人が家主を呼びに行くので、少々お待ちをと応接間に通された。

通常なら、前もって訪問の意思を伝えなければ追い返されるところだが、王太子妃にするわけにはいかない。


「突然悪いわね」


「滅相もございません。主人はまもなく参りますので少々お待ちください」


一人残った年老いた執事は、洗練された動きでお茶を入れてセラフィーナの前に差し出す。

一口飲んで、感嘆の声を上げた。


「美味しい」


「ありがとうございます。こちらは、カトリーヌ様がお好きだったお茶です」


視線を向ければ、伏せた目の奥に慈愛が見えた。使用人の年齢を考えれば、生前のカトリーヌと関係があってもおかしくない。

執事に尋ねようとした時に、応接間に新たな人物がやってきた。


「お待たせいたしました。まさか王太子妃様が突然やってくるとは思わず。……ヴァンサン・ド・ローゼンと申します。以後、お見知りおきを」


彼はカトリーヌの兄で、現ローゼン家の当主だ。

カトリーヌと顔立ちは似ているが、表情や立ち振る舞いには差があった。

そう言って頭を下げたが、どこか軽薄な雰囲気がする。

礼儀を尽くしているように見せて、瞳の奥にセラフィーナを嘲る色が見え隠れする。

王妃として背筋を伸ばし美しい所作を見せるカトリーヌとは大違いだった。


ヴァンサンは続けた。


「今日はどういったご用件で?」


「前王妃陛下のことをもっと知りたいと思いまして。その偉大さを感じ、未来の自分が背負う重責に備えたいのです」


あらかじめ考えていたそれらしい理由を言うと、ヴァンサンは笑って答える。


「重責といっても、王妃の最も大事な仕事は『子をなすこと』。妹は大分苦労いたしました。このまま子供が出来なければ、王の血筋を絶やした汚名を我が家が背負うところでした」


ヴァンサンはやれやれとばかりに首を振った。その仕草に、セラフィーナの心はざわめく。

目の前の男は何も努力をしていない。子供を産めずに苦しんだのはカトリーヌだ。

さも迷惑を掛けられたと言わんばかりの態度を、なぜこの男がするのかがセラフィーナは分からなかった。


そして、ヴァンサンはその歪な意識をセラフィーナにも向けた。


「……ですが、セラフィーナ様ならば大丈夫でしょう。あなたは他国から来た方。健康なようですし、子供が何人も作れそうですね」


そう言って、下卑た視線を上から下に向けた。


それにセドリックが反応して前に出ようとしたが、セラフィーナは素早く手を上げて制した。


それに、ヴァンサンがニヤニヤと笑いながら謝罪した。


「おっと、失礼しました。妹の苦悩を見ていたので心配のあまり過ぎた言葉でした」


セラフィーナが微笑んで言った。


「構いません。……ローゼン家も血が大分濃くなっているようですから、頭の機能も低下していてもおかしくありません」


ヴァンサンははじめ言われたことが分からず固まった後、ようやくセラフィーナの言っていることが理解出来たのか怒りで顔を赤くしていく。


「……なんだって?」


セラフィーナはヴァンサンの怒りの声を無視しながら、淡々と答えた。


「王太子妃に対して適切な言動が取れないくらい、頭が不健康になってしまっているのでしょう。病人の無礼を広い心で許しましょう」


ヴァンサンが怒りで立ち上がろうとしたときに、セドリックが素早く動いた。今度はセラフィーナも止めない。

セドリックの剣はヴァンサンの喉元に向けられる。


セラフィーナは立ち上がりながら言った。


「勘違いしているようだから教えてあげましょう。この国において名を残すのはあなたの妹で、あなたでは無い。あなたはせいぜい、前王妃の権威を笠に着て商売に手を出して、それが失敗したというだけの存在」


ヴァンサンはカトリーヌの輿入れに伴う王家から渡された金で商売を始めたが、全て失敗していた。錠前を作る職人もないがしろにし、離れていってしまったという。

ローゼン家はもはや風前の灯火だった。


セラフィーナはヴァンサンを見定めながら言った。


「あなたは歴史に名前すら残らないでしょう。未来のローゼン家子孫が『恥』として消そうとするでしょうし……その前に、血が絶える可能性だってある。なんせ、頭が不健康なんだから」


ヴァンサンはセラフィーナの目を見て震え上がった。

彼女の目は左右違う。その片側の青い目は妹のカトリーヌと一緒だった。

幼い頃は自分を慕い、王妃となった後はいつのまにか自分を下に見ていた目。その海を思い出させる色はヴァンサンに告げていた。


お前は、価値の無い存在だ、と。


ローゼン家の次期党首として何をするにも一番に育てられた。けれど、妹が王太子と婚約が決まってから、そのヒエラルキーは一変した。

何をしても『王妃陛下の兄』となる。そして、それは『不妊の王妃の兄』になった。


その苛立ちは、妹が死んでからも晴れる事は無かった。

不名誉な称号を払拭したくて、一発逆転を狙い様々な事業に手を出すも失敗して、ローゼン家が大事にしてきた職人も離れ、彼の元には何も残っていない。


本当は彼自身も分かっていた。自分の力量や度量が無いことは。

それを、自分の妹と同じ瞳で言われ、もう目を背けることは出来なかった。


ヴァンサンはうなだれながら言った。


「……私はこれで失礼いたします。妹の部屋は自由に見てください」


その後、執事に案内されてカトリーヌが使っていた部屋に案内されたが、彼女の私物はすでに売り払われていた後で何も残っていなかった。

何も無いのであればいる意味は無いので、セラフィーナは城へ帰ることにした。


案内する執事に礼を言って、ローゼン家を後にしようとしたときに、執事が口を開いた。


「一使用人が王太子妃様にお声を掛ける事をお許しください。……カトリーヌ様からお渡しするものがございます」


「カトリーヌ様から?」


思わぬ人物からの話に、セラフィーナはいぶかしむ。

執事は頭を下げながら、説明をした。


「亡くなる前に、カトリーヌ様がローゼン家にお帰りになりました。その時に、私にこちらを託されました」


そう言って、彼は胸元のポケットから何かを取り出した。

差し出されたものをセラフィーナは受け取る。


それは、古びた小さな鍵だった。


セラフィーナは訊ねる。

「これは?」


「詳しいことは私にも分かりかねます。カトリーヌ様は言いました。『もし、私について訊ねて来た者がいれば、その者に渡して欲しい』と」


それを聞いて、セラフィーナは訊ねた。


「……これを渡すのは、私で良かったの?」


それに、執事は少し寂しそうに答えた。


「カトリーヌ様が亡くなられて、訊ねられてきたのはセラフィーナ様だけですから」


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