3 始まりの鐘
王太子妃という立場は忙しい。特に、大国のヘルサであれば尚更だ。
貴族社会の先頭に立つため、社交力を求められる王太子妃は昼は有力貴族を集めてのお茶会、夜は晩餐会に出ることが常だった。
その間には王太子妃がこなさなければならない仕事をしなければらない。
だが、結婚式が終わってから、セラフィーナは与えられた部屋の中で生活していた。
食事の時間になったらメイドが運んできて、一人で食べる。
それ以外は身の回りの世話をするメイドが来るくらいで、誰にも会うことはなく一日が終わっていた。
そんな生活が二週間。
部屋の窓の外を見れば、ルネの幼なじみだと紹介されたイネスが、貴族の令嬢達に囲まれてガーデンパーティをしていた。
王太子妃としての仕事はすべて彼女がやっているのだという。
窓から見おろしていると、時々彼女達がセラフィーナの方を見て、笑い合っている。
その表情は馬鹿にしているようで、聞こえなくても何と言っているかは想像が出来た。
セラフィーナはここで飼い殺しにされていた。
ルロワ家としては、セラフィーナは次世代を残すためだけの存在にすぎない。
彼女を丁重に扱う気はないのだろう。
その空気は早くもメイド達にまで広がっていった。
言葉使いはだんだんとぞんざいになり、セラフィーナのことを公然と馬鹿にするようになっていた。
口数が少ないセラフィーナの言うことを何回かは聞こえないふりをした。
セラフィーナの着替えや髪を結うことなど、身だしなみを整えることを手抜きし始めた。
そして、極めつけは。
「こちら、ジャガイモのスープでございます」
そう言って出されたのは皮も剥かずにただ切って煮ただけのものだ。
一応味はついているようだが、王族に出すものとは思えない。
おまけに、じゃがいもは芽が出ていた。そんな素材を王城で管理しているとは思えないので、わざわざ嫌がらせのために放置していたものを使ったのだろうか。
セラフィーナはスプーンですくい、下ろした。
メイドはそれを見てため息をつく。
「セラフィーナ様のお生まれについて話を聞きました。リスター家ではご家族と離れて暮らしていたとか。そこでは質素なお食事をされていたとのことで、ヘルサでの豪華絢爛な食事を急に召し上がっては胃が驚きます」
だから、わざわざ私が質素なものを作ったのですよ、とメイドは笑った。
セラフィーナはメイドの言葉にうなずかず、スプーンを置いた。
そしてスープをテーブルに置いて、すたすたと歩き始める。
名ばかりの王太子妃の待遇とは異なり、部屋だけは正式なものをあてがわれていた。この王城の中でも四番目に個人の部屋として大きい。
セラフィーナは本棚の前に立った。
メイドは突然のセラフィーナの行動に驚きながらも、馬鹿にした姿勢は崩さない。
「あの~、今は食事の時間ですよ?読書をされるならこのスープを……」
メイドが言葉を言いきる前に、セラフィーナは本棚から一冊取り出し、開いた空間の中に腕をつっこんだ。
セラフィーナの奇行にメイドが顔をゆがめた瞬間。
王城中に大きな鐘の音が鳴り響いた。
その音はセラフィーナの部屋の真上から響いてきた。
この鐘は王城の中に隠して設置されているものだ。
国王、王妃、王太子、王太子妃の王族の上位4人が住む各部屋に備えつけられ、非常時に隠された紐を引くとからくりが動き、大きな鐘が鳴り響く。
それが鳴った時はすぐに騎士や医師、メイド長など王城の中の役職者や、緊急時に必要な人員がかけるつけるという決まりがあった。
だが、それを知っているのはある程度の勤務歴があるものに限られた。
メイドは何が起こったのか分からず、その場でしゃがみ込んだ。
彼女は新人と呼べる者だったので、鐘の存在を知らず何が起こったのか理解出来ないようだった。
王城の敷地中に響かんと鳴り続ける鐘の音が10回なった直後、セラフィーナの部屋の扉が勢いよく開いた。
「王太子妃様、ご無事でしょうか」
飛び込んできたのは騎士の二人だった。だが、それでは終わらず、続々と人が集まってくる。
王族専属の医師。メイド長が続いて走ってやってくる。
鐘が20回鳴る頃には、王城に仕える主要な役職の人物達がこの場に集まっていた。
ようやく鐘が鳴りおわると、セラフィーナがうずくまるメイドの腕を引いて言った。
「この者が世継ぎを生むための私の体に害を与えようとしました」
その言葉に皆困惑しながら、メイド長が尋ねる。
「どのようなことをされたのでしょうか?見たところ武器などを持ってはいないようですが……」
メイドはようやく事態を把握したのか、被害者を演じ始めた。
「メイド長様!セラフィーナ様が突然このような奇行を!私は何がなんだか」
だが、それは途中でとぎれた。
水音と叫び声が部屋に響く。
セラフィーナがテーブルに置いたスープをメイドとメイド長にぶちまけたのだ。




