29 美しい仮初めの物語の終焉
そこからは大騒ぎだった。
王太子と公言したルネの登場によりラウンダスは騒然となり、事前に話を聞いていた騎士達が動き、街にはびこっていたゴロツキ達は捕縛された。
セラフィーナの証言と元に、ラウンダスの状況は今一度調査されることになった。
だが、肝心の領主は館ごと地盤沈下で跡形も無く消え失せてしまったため、真実が全て明るみになるまでは時間がかかるだろう。
それまでは、王族管理……つまり、セラフィーナが直接の管理をすることになった。
ラウンダスでの出来事は、国に衝撃をもたらした。
存在感の無かった領土が隣国ネザリアと手を組んで反逆をしようとしていたのだ。
そして、王太子妃が主としてその出来事を解決したらしいことは噂で広まり、セラフィーナの好感度は格段に上がった。
自国の誰もが関心を寄せていなかったラウンダスの腐敗を、他国から来た王太子妃が暴いて解決したのだ。
おまけに、彼女は王城で不遇の扱いをされているらしいことも広まっていた。そんな待遇にいたにも関わらず、ヘルサのために尽力をしたのだ。
セラフィーナに対して良くない感情を持っていた者達も、彼女の献身に対して自分の浅ましさに気がついて恥じた。
自分達がないがしろにしていた王太子妃が、国を救ってくれたのだ。
ラウンダスが隣国ネザリアに寝返れば、国は大きく荒れる事になる。大国ヘルサは長らく他国との諍いから遠ざかっていた。
平和ボケしていた状態で、国民全員に緊迫感が走ったのだ。
そして、同時に王族への不信感も増した。
ラウンダスを管理しきれていないことが明るみになり、王族の国の運営がきちんと成されているのかをそこかしこで話されるようになった。
王は病床に伏している。
そして、次の王であるルネに対し、『政治的に有能なのか?』という視点で見られることが増えた。
ルネはイネスとの恋物語で話題となっていたが、王太子として国のために何かしたという話は聞かない。
王太子という立場は、国の運営に大きく関わる事は無いので、それは当然のことだ。けれど、王太子妃が成果を出したなら別だ。
本来なら、その問題解決に一番近い立場なのは王太子だったはず。
ラウンダスの出来事を機に、王族に対する視線が少しずつ変化していた。
「どういうことなの……?」
イネスは呆然と呟いた。
いつものように王城でお茶会をしようとやってきて、新顔のメイド長に声をかけたところ、うやうやしく頭を下げながらそれを拒否された。
「申し訳ございません。王城の庭でのお茶会は王妃陛下、王太子妃様のみが主催出来るものです。イネス様は出来かねます」
穏やかでありながら、きっぱりとした言葉にイネスは困惑する。
「今までは出来てきたのになぜ?」
イネスの対応をしていたメイド長は、最近就任した者だ。
今まで使用人としてずっと王城で働いてきていたが、表に出ないところで粛々と従事し、他の使用人から信用が厚い人物なのだという。
次のメイド長は、今までイネスが庭でお茶会を開いていたことを知らないのだろうか。
イネスは教えてあげるように諭した。
「私は何度もここでお茶会を主催しています。ルネを支える為に各家の令嬢達と情報交換を……」
「申し訳ございません。イネス様。この庭でのお茶会は王妃陛下、王太子妃様のみが主催することが出来ます。現状、こちらでお茶会を開くことが出来るのはセラフィーナ様だけです」
メイド長はそう言って頭を下げる。
それは、礼儀を払う行為というよりは拒絶に近いものだった。
ここで、ようやくイネスは『王太子妃ではないのだからお茶会は出来ない』と言われていることを受け取った。
自分が諭されているのだとわかり、イネスの中で苛立ちの怒りがわく。
なぜこの人間は分からない?
私はルネと恋人なのだ。
実質的に王太子妃のようなもので……。
『王太子妃のようなもの』
そう、イネスは王太子妃ではない。
イネスはすぐに表情を切り替えて、メイド長に微笑んだ。
「では、ルネに挨拶しに行くわ」
それはメイド長も止めず、黙ってイネスを見送った。
王城を歩くが、見知った顔が少なくなった。
今までイネスに媚びを売ってきた顔ぶれが一人も見ない。
その者達に顎で使われたり、やっかいごとを頼まれてきたような者達が粛々と動いていて、イネスに対しても儀礼的に頭を下げるのみだった。
城の中が変わってしまった。
城で人事異動が日々行われているという噂は本当だったらしい。
頭に思い浮かべたのはセラフィーナの顔だ。
彼女が有益な技能を持つが、日の目を浴びなかった者達を配置し直しているという話を聞いた。
城の使用人達からは働きやすくなり、給金も能力に応じて上がったと評判がいいようだ。
国の歴史が長くなればなるほど、停滞による歪みも生じていく。
王城の中の使用人達の中にも歪な人事が存在していたようで、メイド長や執事長を初めとした一部が実質的な権力を持っている状態だった。
その一部の者達はイネスにおもねる者達ばかりだったが、セラフィーナが王太子妃の権力を正しく公使して刷新したのだという。
王城の中にあった暗黙のルールは瓦解された。
それに逆らった者もいたらしいが、いつのまに調べたのか今までしてきた不正を突きつけられ、相応の罰を与えられて追い出されることもあったらしい。
外国から来た、何の後ろ盾も無い人間が、なぜ王城の中を掌握している?
セラフィーナの存在が益々不気味に感じて、イネスの足は急いだ。
早くルネのところに行かなければ。この状況を説明して、何とかしてもらわなければ。
使用人に尋ねれば、ルネはイネスがお茶会をしようとしていた庭にいるのだという。
足早にそこに向かい、信じられない光景を目にして足が止まった。
そこにいたのは、ルネとセラフィーナが和やかにお茶をしている姿だった。
それまでは異質な存在だったのはセラフィーナで、華やかな城の中で一人モノクロのようで浮いていた。けれど、今では王城に受け入れられ、そして支配者のように調和している。
使用人達も自然に二人に傅き、空気を壊さないように静かにとどまっていた。
そんな穏やかな空気の中で際立っていたのが、ルネの目だった。
セラフィーナを見つめる視線が熱を帯びていた。
それはかつて自分に向けられた、恋しくてしかたないという瞳。
海を思わせるような青い目が、光に反射した水面のようにきらめくのだ。
その光の先が今、自分ではなくセラフィーナに向けられている。
受け入れることが出来ない。イネスの心が大きく切り裂かれたようで、その衝撃を外に出した。
「ルネ!」
空気を切り裂くように、イネスは声を上げた。




