28 恐ろしい物語の終焉
セラフィーナは落ち着いてモーリスに尋ねた。
「中央の騎士達との話はどうなったの?」
モーリスは不適に笑う。
「『中央の重要人物がラウンダスにいるから、協力を』というあやふやな指示を受けているようでね。協力をすると言って手下に行かせたところだ。で、君たちは何をしている?」
それにセラフィーナも動揺せずに答える。
「買い主の守秘義務を守ることも、私達の仕事でね。あなたのヘマでこの館に捜査が入るのなら先に処分しなければと動いただけよ。こういう秘密取引は証拠を残さないが鉄則だけれど、案の定リストを作っていたようだしね。これはこちらで預かるわ」
「それは困るな」
そう言って、モーリスは手に持った何かを二人の方向に突きつけた。
モーリスは説明する。
「これは『銃』というものだ。隣国のネザリアで密かに制作している新時代の武器の試作品。引き金を一つ引けば鍛えていない私でも簡単に人を倒すことが出来る」
そう言った途端、モーリスは銃口をセドリックに向け直して引き金を引いた。
破裂音が響いてセドリックの血が飛び散る。
セラフィーナは倒れる彼を思わず抱き留めた。手が血で染まり、セドリックの傷が深いことを物語っていた。
セドリックは息も絶え絶えに言った。
「逃げてください……っ!」
モーリスはその銃を今度はセラフィーナに定める。
「奴隷のやりとりで金を稼ぐのはそろそろ限度があったんだ。人が減ってしまってね。……だから、もっと大きなものに手を出すことにした。見てしまったんだろう?ネザリアとの武器取引の資料を」
銃口をセラフィーナに向ける。
その小さな暗闇を見ながら、彼女は口を開いた。
「その最新武器は買ったらかなり高そうね。資料に寄ればかなりの数を仕入れている。荒廃しつつあるラウンダスの領主が手を出せる金額ではないはず。お金が無いなら、他に価値あるものを渡した。……ヘルサの国内情報を横流ししたのね」
モーリスは肩をすくめて答えた。
「ご名答。君たちはネザリアの者ではないな?」
「答える義理は無いわ。それより最後に教えてよ。……ヘルサを裏切り、あなたは何を手に入れるの?」
それは死ぬ前の諦めの言葉に聞こえ、モーリスは上機嫌に笑う。
「こんな土地の領主ではなく、ネザリアの高い地位を約束されている……というところかな。知りたいことも知れたから、悔いは無いだろう?」
その銃口を、セラフィーナの額に突きつけた。
だが、別の衝撃が先に訪れた。
川が決壊したような水音が部屋を包み、セラフィーナ達は何かに押し流された。
驚いてその水源の方を見れば、部屋の隅にいた神の足下から濁流のような黒い何かがあふれ出していた。
セラフィーナとセドリックは流されてモーリスの元に流されていく。
あふれ出した大きな力は、セラフィーナ以外にも見えたのだろう。突然吹き出した黒い水に驚き、モーリスは突然の出来事にパニックを起こして、その水源に向かって引き金を引いた。
破裂音が鳴り響き、その着地点に水しぶきが吹き上がり……そしてその吹き上がった黒い水はモーリスに襲いかかった。
「うわっ!なんだ!?何が起こって!?」
モーリスにまとわりついた黒い水は、やがて形を変えて手のようになった。モーリスにまとわりつき、沈めようとしている。
押し流されていくセラフィーナの目に、彼にまとわりつく正体が見えた。
この街の死者達だった。モーリスが領主になり、重税による出稼ぎで体を壊して死んでいった者。税の取り立てが厳しく、それを苦に自ら命を絶った者。
自分達を殺してもなお、生き残った大切な子供達さえも苦しめた。
その恨みや苦しみは、土地の神さえも恐ろしいものに染め上げるものだった。
彼らは恨み言を言いながら、モーリスを沈めようとしている。
「何が起こっているんだ!?」
「はなせ!!」
「息が出来ない、苦しい……」
パニックを起こしているモーリスだったが、やがて視線が土地の神がいる方向へ定まり、目を見開いた。
彼には見えたのだろう。
そして、その表情がこの世のものとは思えない恐怖に染まっていた。
彼は神の怒りに触れてしまったのだ。
セラフィーナは昔読んだ本を再び思い出していた。土地の神の怒りを静めるには、供物を捧げる必要がある。
この神が求めているのは、この土地を汚した者の命だろう。
濁流は勢いを増し、セラフィーナとセドリックは領主の館の外まで流された。
騎士やゴロツキが諍いを起こし、その騒ぎを聞きつけて街の人も集まっていた。そこに、何かに押し流されるように二人の人間が出てきて、人々は驚きで声を上げた。
領主の館の門から外にまで押し出されると自然と流れが止まり、ようやく二人は目を開ける。
守るようにセラフィーナを庇っていたセドリックが慌てて声を掛ける。
「セラフィーナ様、お怪我はありませんか?……一体何が……」
「……あなたにとっては夢物語のようなものかもしれないけれど、人成らざる者があの場にいて、領主を襲ったのよ」
「あの、部屋の隅にいたものですか?」
「あなたにも見えたの?」
セラフィーナは驚いた。セドリックが困惑しながら答える。
「えぇ、押し流される一瞬ですが、部屋の隅に何か黒い影のようなものが見えました。濁流に触れるまでは見えなかったので、あれが何かきっかけだったのでしょうか」
神からあふれ出たものに触れたことで、セドリックにも同じものが見えたのかも知れない。
セドリックがセラフィーナに訊ねた。
「あれは一体、何なのでしょうか?」
セラフィーナは静かに答える。
「私も正しくは分からないのだけれど……この土地に住む神のようなものだと思う。この街に住む人々の怨念で土地の神が堕ちて、その怒りが爆発した」
その話は荒唐無稽な者だったが、セドリックは信じた。実際に自分の目で見たからだ。
セドリックは訊ねる。
「領主はどうなったのでしょうか?」
「神の怒りを静めるには、生け贄が必要だと本で読んだことがある。彼は贄になったのでしょう……?」
異変に気がついて、セラフィーナは領主の館を振り返る。
あふれ出した濁流が館の外にまであふれ出していた。やがて、地盤が沈下するように、館が沈み始める。
中から領主の悲鳴と、この街の犠牲者達の怨念がこだましていた。
おぞましい空気に、セラフィーナさえも固まっていたが、セドリックが素早く動いてセラフィーナを抱きかかえて館から離れた。
周りに集まった者達と、館が沈むのを静かに見つめた。
呆然とする街の人のささやきが聞こえる。
「何が起こっているんだ」
「領主様の館が」
「……でも、これで税金を暫く払わずに済む?」
「そうだ、しばらくは人間らしい暮らしが出来るかも知れない」
声に徐々に喜びの音色が広がっていく。そこに、事件のきっかけとなった兄弟がやってきた。
「領主様の館が……あ、お姉ちゃん!」
ダリオがセラフィーナのことを見つけて駆け寄ってきた。傍らにはアルベルトもいて、心配そうな顔を向けている。
「……これ、使ってください」
差し出されたのは清潔な布と消毒液だった。
セドリックが受け取って、服をまくったが驚きの声を上げた。
「傷口が無い……?」
服には穴が開いており、血に染まっている。だが、体には傷が無かった。
セドリックが呆然としながら体をまさぐった。
「確かに傷はあったはずなのに」
セラフィーナはそれを見て、仮説を言った。
「神様のお慈悲かしら」
「そういうものなんですか?」
「……わからない。神様が考えることなんて、人間には遠く及ばないことだもの。この街を変えるきっかけになったことのお礼か、または街を良い方向に変えろと思し召しをしたのかもしれない」
セドリックはなんとも言えない顔をして、傷があった箇所をさすった。
「なんだかぞわぞわします」
セラフィーナはそれを見て小さく笑った。
その時、遠くから騒ぐ声が聞こえてくる。そちらに目を向ければ、ルネが騎士達を率いてこちらにやってくるところだった。
セラフィーナはそばにいたアルベルトとダリオに言った。
「これからこの街は良くなっていく。二人が安心して過ごせる街になっていく」
それに、ダリオが問い返した。
「ほんとうに?」
セラフィーナはうなずいた。
「えぇ。神様に誓ってね」




