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孤独の女王  作者: 冬原光


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27 人でも死者でも無いもの

セラフィーナはこの部屋に入ってから圧迫感を感じていた。

趣味の悪い装飾品のせいでも、陰鬱な表情のモーリスのせいでもない。


部屋中に、モーリスをにらみつける死者がひしめいていた。


皆、口々に恨みの言葉を呟き続けている。

彼らの口から出る呪いの音の中に、意味のある単語が時折入る。

子供 奴隷 隣国 売られて 殺されて 


泣く子供の声も時折混ざる。


セラフィーナは表情を変えずに、自分の予想が当たっていたことに残念な気持ちになった。

街を廻る時に、異様に死者が多かった。

何か遺恨を残して死んだ者ほど、はっきりと見ることが出来る。王城の中にいる死者もそういう者が多かったが、ラウンダスの小さな街の中では異様なほどの数だった。

彼らの恨みの言葉を聞く内に、この街で起こっていることをセラフィーナは推測した。


税金を重くし、納税出来なくなった者達が出稼ぎに出ている。

そして、残った子供達を他国に奴隷として売っていた。

親達は出稼ぎ先での過重労働で死ぬか、戻ってきてもいなくなった子供の後を追うように自死した。

こうして急速に街は荒廃していった。


領主の男は、もうこの街の行く末のことなんて考えていないのだろう。

なぜそこまで無鉄砲に出来たのか。


人身売買以外の何かがあるのではないか?そんな恐ろしい予感が頭をよぎった時、思わぬ事態となった。


突然、セラフィーナとセドリックの背後のドアが大きな音を立てて開いた。


「大変です!中央の騎士達がこの街に迫ってきている用です!あと数分でこちらに到着すると仲間から連絡がきました!」


門番のゴロツキの一人が血相変えて飛び込んできた。

おそらく、ルネが呼びに行った騎士達だろう。


モーリスの眉が歪む。


「チッ……なんだって急に。まさか、君たちが何かしくったのか?」


疑惑の目がセラフィーナに向けられる。一気に場が緊張で張り詰めた。けれど、セラフィーナは動じない。


「来たばかりで犯罪歴も無い人間よ?マークされている訳無い。やらかしたとしたら前任でしょ?あいつ適当だったから」


前任のことで思うことがあったのか、モーリスをはじめとしたゴロツキもトーンダウンする。

セラフィーナはたたみかけた。


「中央の騎士が何の目的で来たのか分からないけれど、私達はここにいてはまずいわ。どこか隠れるところはある?」


「……隣の部屋で静かにしていてもらう。だが、外から鍵を掛けさせてもらう」


「それは困るわ。あなたがしくったら私達まで自動で捕まってしまう。あなたのやらかしに付き合うのはごめんよ」


それにモーリスが露骨に眉をひそめた。けれど、ここで人形の取引相手が見つかれば困るのはモーリスも一緒だ。だったら何かあったら逃げてもらったほうがいいという考えも浮かんだ。

折衷案として、モーリスはセラフィーナ達を移動させ、ゴロツキに監視させるという手を考えた。


バタバタと玄関に向かうモーリスを見送る。

セラフィーナ達を見守るのは二人のゴロツキ。セラフィーナは静かになった後に、セドリックへ目配せをした。





「あなた、体術もすごいのね。見事だったわ」


セラフィーナの言葉に、セドリックは少し照れがなら答える。


「我が家は代々騎士の家ではありますが、戦うことにたいしてのオタクでもありまして……。剣術だけでなく、体術なども会得しているのです」


セラフィーナの合図で、セドリックは素早く一人を倒し、残り一人が騒ぐ前にそいつの首を足で挟んで昏倒させた。

これで二人はモーリス達が戻る前に自由に動けるようになったというわけだ。


「よかった。今まさに役に立ったわ……では、あいつらが戻ってくるまで手がかりを探しましょうか。それにしても、騎士達が来るのが早いわね」


ルネが行ったラウンダスの近隣の街から戻ってくるには早いと思った。

セドリックが答える。


「おそらく、斥候として足の早い馬に乗って少数が先に来たのでしょう。護衛もあるので、おそらくルネ様の到着はもう少し後になるかと思います」


「なら、こちらも急がなくては」


セドリックは訊ねた。


「……ここで人身売買が行われていたのですね」


「えぇ。売買をするにはお金の管理が必要。さらわれた子供達のリストでもあれば、子供達を助ける手がかりになるし、領主の販売を暴く証拠にもなる。……それに」


「それに」


「それ以外もある可能性がある……?」


何かが視界の隅に止まり、セラフィーナの足が止まる。


「セラフィーナ様?」


戸惑うセドリックの声を無視して、セラフィーナはある部屋のドアを開けた。


セドリックには明かりが付いていない、暗い部屋に見える。書類が管理されているようで、そこから探すのが適当に見えた。

けれど、セラフィーナの目には別のものが見えていた。


それは、うごめく闇だった。

光をすべて吸収し、虚無の塊があった。


そこから、『声』が聞こえている。だが、人の言葉を喋っておらず、鼓膜を揺らすのは異質な音色。


それが何なのかはセラフィーナには分からない。けれど、同じ空気をかつて感じたことがあった。


セラフィーナが祖国を旅経つときに、教会で祈りを捧げることになった。

形式的なもので、セラフィーナ自身は何の感慨もなかったが、生家の者達に無理矢理連れて行かれたのだ。

教会は歴史あるもので、多くの人がひしめいていた。


生きる者も死んだ者も大勢がいたが、一人だけ異質な存在がいた。


教会の女神像の足下に寄り添う女性。

女神像は囲いがされて近くに人が入ることは出来ない。彼女の輪郭は光でぼやけて、時々たゆたうように揺らめいている。


彼女の口から漏れる言葉が、人の物とは違っていたからだ。

これだけ大勢の人の声がしているのに、彼女の声は自然と耳に届く。おそらく、それが人の波長とは違う声色だからだろう。


聞いたことの無い言葉を、セラフィーナにずっと囁いている。

その意味は分からなかったが、セラフィーナを慰め、送り出すような意図を感じた。

人では無い、死者でも無い、教会の中にいる存在。


……あれは神だった。


頭で考えるより前に理解した。

それと同じ肌のざわつきを、目の前の闇の塊から感じている。けれど、その時と違って見守るようなまなざしも、希望を授けるような暖かさも無い。

冷たい怒りや悲しみ、恨みが空気を伝ってセラフィーナに触れて、肌をざわつかせた。


その虚無から何かが垂れ流されている。黒く重い煙のようなものがセラフィーナの足下にたどり着くと、セラフィーナは崩れ落ちそうになった。

急いで支えたセドリックが慌てて訊ねる。


「セラフィーナ様!?どうしましたか」


「この感情は……恨み、憎しみ、悲しみ……この街の人々の感情だ。そして、それを吸収して『あれ』は限界を迎えようとしている」


「あれとは?一体?」


セラフィーナの目には刻一刻と状況が変わっていく。


足下……土地に染みついた恨みや、周りの死者達の怒りを吸い上げて、ひたすらに冷たい『何か』をまき散らしている。

それが沸騰したお湯のしぶきのようで、今にもあふれかえりそうになっていた。


それを見て、昔、読んだ本を思い出していた。

本の主題となっていた東にある国は、セラフィーナが住む大陸とは違う価値観があるのだという。

一神教ではなく、その土地ごとに神がいる多神教の国だった。


天災や人災が起こると、昔の人達はそれは人成らざる何かのせいにした。人々は祈りを重ね、それが年月とともに積み重なると、神と呼ばれるものになった。


その本の知識で語るならば、あれはラウンダスにいた土地の神なのだろう。


そして、人々の怒りと悲しみで歪んでしまっている。

もう、セラフィーナがどうにか出来る問題では無かった。相手は神だ。人間が叶う相手ではない。


気を取り直して、セラフィーナはセドリックに言った。


「ごめんなさい。私は大丈夫。……急いで探しましょう」





二人で手分けして書類をあさる。手当たり次第に部屋の中をかき回していると、二人同時に動きが止まった。

先に口を開いたのはセドリックだった。


「人身売買のリストと思われるものがありました。人名と、暗号のようですがおそらくこれは値段でしょう。……セラフィーナ様?」


「こちらも見つけた。……隣国のネザリアとの武器取引の資料を」


けれど、その続きを話すことは出来なかった。事態はセラフィーナにとって悪い方向に転がる。


「君たちは何をしているんだ?」


振り返ると、入り口にモーリスが立っていた。


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