23 王城から飛び出して
セラフィーナはこの国に来てから王に会えたことは無かった。
王自身の体調が悪いという話でもあったが、王が強烈な血統主義者だったからだ。
自身に流れる王の血以外認めない。それ故に、王の血が他国に流出したことに憤りを感じていた。自分の父の過失は、完璧な彼の人生の唯一の汚点だったのだ。
その象徴とも言えるセラフィーナを視界の中に入れることすら拒否をした。
だから、セラフィーナが嫁いできても顔を会わそうとせず、決して近づけないよう厳命されていたのだ。
そういった経緯もあり、セラフィーナには王の近況の詳細がわからなかった。
王が崩御するということは、ルネが王に。……そしてセラフィーナが王妃となる。
セラフィーナは今までの人生を振り返る。
自分は流されてヘルサにやってきた。意志なんてなく、ただ生き残るためだけだった。
人とまともに関係を築いてくることが出来ず、死者だけがセラフィーナの味方だった。
ヘルサに来たときも、自分を潰そうとする者達には容赦はしなかった。
セラフィーナの人生で、ないがしろにされることは死を意味することだったからだ。
刃向かうものはすべて斬り返し、自分自身を守る。セラフィーナはそう生きるしか無かった。
けれど、ヘルサの街の人々に受け入れられて、王妃としてこの人達をもっと笑顔にしてあげたいという思いも芽生えるようになっていた。
自分に幸運のクローバーを手渡した小さな手に、平和な生活を返したいと思ったのだ。
セラフィーナは良くも悪くも人のことを知っている。
生きている人間に振り回されて、死んだ人間に複雑さを学んだ。
彼女に優しくしてくれた死者達は、皆、後悔を抱えている人間が多かった。
あの時ああしていれば、こうしていれば……。
それにとらわれて、現世を漂う姿を見ているからこそ、笑顔を向けてくれた街の人達がそのようなことのないように、と自然と考えるようになっていた。
けれど、懸念もある。
王妃は常に王を支えていかなければならない。
セラフィーナにとってルネは支えたいと思う人間ではなかった。
今でこそ、こちらを人間として扱っているが、それまではルネとイネスの邪魔をする悪役くらいにしか思っていなかったはずだ。
それが、少し笑顔を見せただけでコロッと態度を変えるのが気持ち悪いとすら思えた。
それに、彼が好感を持っている『セラフィーナ』は、彼の母親の指導による態度や言葉によるものだ。
母が作った偶像に好感を持っているということになる。
偽りの二人が支える国は、果たして幸せになれるのだろうか。
感情を知らずに過ごし、笑顔を作ることはなかったセラフィーナが、少しずつ変化しようとしていた。
今の自分はどうすべきか、そしてこの国の人のためにはどうすべきなのか。
もし、自分がもうすぐ王妃になるのなら。
具体的に考え始めた時に、一つの考えが思い浮かんだ。
「街を見に行こうと思います」
ルネとのお茶の時間で、セラフィーナは言った。
「街へ?この前の視察で何か気になることでもあったのか?」
「気になることは特に……けれど、あの視察は途中でトラブルで終わってしまったでしょう。ヘルサの国民をもう少し知りたいと思ったのです」
ステファンの騒動で空気は乱され、街の人々との交流は無くなってしまった。
ステファンとイネスの行動で乱されたことを思いだし、自分の幼馴染みの行動によるところのため、ルネは罰が悪そうに顔を背ける。
まだ心情的には彼らの側に立っているようだった。
セラフィーナはそれを気にせず続ける。
「行事のように大げさなものではなく、『お忍び』というものです。服は一般的な平民の服にして、護衛はセドリックだけにすれば、目立つことは無いでしょう」
それにルネは反応する。
「セドリックと二人だけでということか?王太子妃が男二人と街へ行くのは醜聞が立つだろう」
「では、メイドも一人連れて行きます。女二人、男一人であれば……」
「私も行く」
思わぬ提案にセラフィーナは少し驚いた。
「……王太子が街に出れば、それこそ騒ぎになると思いますが」
それにルネは首を振る。
「今までも何度か外に出たことはある。王都から少し離れた街で少人数で行けばバレないものさ」
ルネは何かを思い出すように笑い、そして寂しそうな表情を次に浮かべた。
おそらく、幼なじみの四人で城を抜け出すことがあったのだろう。
それを思い出し、そして二度と出来ないことを悲しんでいるようだった。
「……もし、イネス様を連れて行きたいのでしたら、途中で別行動をしましょうか?」
セラフィーナとしては気を利かせた提案のつもりだったが、ルネは表情を変えた。
「いや、イネスは連れて行かない。……それに、別々になったら、君とセドリックの二人になるではないか」
ルネの目に宿る焦燥感を、セラフィーナは何なのかわからない。
けれど、ここで彼を振り切って街に行けば、関係が今よりこじれるかもしれない。
今までのセラフィーナであれば、関係がこじれたところで、と捨て置いたかもしれない。
けれど、この城で日々を重ね、城の中の死んだ死者達を見るにつけて少しだけ考えは変わってきた。
王城の中では、人の憎しみや恨みで渦巻いている。
それは生きた人間だけで無く、死んだ者達もそうだった。勢力争いに負けて処刑されたもの。邪魔者を排除しようと毒殺されたもの。諍いに巻き込まれて精神を病んで自殺したもの……。
まがまがしい情念が渦巻き、飽和していた。
特に権力が上の者達が動けば、犠牲は大きくなる。
王太子と王太子妃が諍いを起こし続ければ、今まで以上の犠牲が出るかもしれない。
国に来たばかりの頃と比べ、生きた者達の中でもセラフィーナに親愛の情を寄せる者も増えてきた。
彼らを見捨てることが出来ないと思えるほど、セラフィーナの人間性は成長していた。
セラフィーナは考え、そしてうなずいた。
「では、ルネ様。お付き合いください」
そう言って手を差し出す。それにルネは戸惑いつつも、少し顔を赤らめて握り返した。




