21 騎士の誇り
セラフィーナの一言に空気が凍った。言われたステファンが今にも爆発しそうな怒りをためながら問い返す。
「……どういう意味です?」
セラフィーナは静かに返す。
「この国の騎士は王家に忠誠を誓う。そして、弱き者を守る者達。なのにあなたはそれに反することばかりしているでしょう。あなたは王太子妃である私を守る気は無いし、女子供も排除する。……その辺のゴロツキと同じなのでは?」
セラフィーナがそう言った瞬間、ステファンが剣に手をかけた。
すぐさま後ろで状況を見守っていたセドリックが一足飛びでこちらに駆け寄り、セラフィーナとステファンの間に剣を構えて入る。
「ステファン様、王太子妃様に向かって何をするつもりですか」
セドリックはセラフィーナを背の後ろに移動させながらも、ステファンをにらみつける。
それにステファンはおもしろくなさそうに口元をゆがめた。
「ただの平騎士であるおまえが何の真似だ?私は将来騎士団長になる身として、この国の王太子妃様に苦言を呈しているだけですよ」
「剣に手を掛けてですか?王太子妃様に攻撃の意識を向けること自体が正気の沙汰ではない」
セドリックの言葉に、ステファンは苦笑をする。
そして、セドリックやセラフィーナだけしか聞こえない小さな声で言った。
「子供を産むためだけの女を王太子妃と認められるか」
「ステファン殿!!!」
セドリックの怒号が響く。けれど、ステファンはどこ吹く風だった。
ステファンは、実際そうなのだ。
彼はルネとイネスしか認めていない。それ以外は何の価値もないものとしか見ていなかった。例えそれが王太子妃でも、2人こそがこの国の頂点に立つ存在だと疑わなかった。
そうじゃなければ、自分が捨てたイネスへの恋心が無駄になると思っているからだ。
初恋は散ったけれど、その相手が最上級の王太子なら納得ができる。
失恋の物語に登場するのなら、とびきり最上のものがいい。
それ以外の登場人物…つまりセラフィーナは名ばかりの王太子妃で、自分がどんな態度をとってもかまわないという思考回路をしていた。
……だが、それは彼の頭の中だけの話。
セラフィーナはルネに向かって口を開く。
「王太子妃として進言します。このステファン・ドルレアンを騎士から排除してください」
目の前の苛烈な出来事をポカンとした顔で見ていたルネは、急に自分に振られて困惑しながらも答えた。
「排除とは?」
「私は初めて街のみなさんと顔を合わせるとても大事な日です。なのに、彼はそれを妨害した。この行事を正しく進行するには彼は不要です」
そこに、イネスが口を挟んだ。
「セラフィーナ様待ってください!彼は私の動揺をフォローしてくれようとしたのです。私が至らないばかりに、ごめんなさい」
そう言って涙をためてこちらを見る。だがよく見れば視線はセラフィーナには向いておらず、ステファンを見ていた。
「泣いてしまって、迷惑をかけてごめんなさい!セラフィーナ様が心配だったので、気を張ってしまったのです。この国に来てから他の貴族とも交流は取らず、王太子様とも話すことはなかった。いつもおひとりで、時折何もない方向に向かって微笑まれたり……きっと環境が変わったから精神的に不安定になっているのではと心配していたのです。それをステファンにも相談をしていました。彼はそれを聞いて、予定外の事態が起きてセラフィーナ様が国民の前で不安定にならないよう、あのような過激な行動をとったのでしょう。お許しください」
そう言って、涙を流しながら頭を下げた。
自分の非を詫びているように見せて、セラフィーナのことを周りに言いふらしている。
セラフィーナは元々変なやつで、自分たちはそれを庇っていただけだ。
だから、今回の自分たちの行いもしょうがないものだと言いたいのだろう。
今まで、彼女はそうやって周りの空気を操ってきたのだ。
王太子の幼なじみという立ち位置を使いながら、涙と方便を使い分けて社交界を牛耳ってきた。
けれど、ここは社交界ではない。
「……だから何だよ、それがどうして花冠を横取りする理由になるんだ」
街の人々の中から、誰かのつぶやきが漏れた。
それを皮切りに、口をつぐんでいた人達の言葉があふれ出る。
「そうよねぇ」
「王太子妃がこの場では二番目に尊重されるべきでしょう?なのに何、あれ」
「騎士も騎士だ。子供相手にあんなことをするなんて」
それが波になって、全体に広がっていく。
こんな結果になることは想定していなかったのだろう。イネスは口をつぐんで、ルネの後ろに隠れた。
自分達に不利な状況とようやく悟ったのだろう。ステファンが街の人々に静かにするよう大声で呼びかけようとした時、セラフィーナがステファンに最終通告した。
「これ以上、国民を威圧することは許さない。この場から立ち去りなさい」
その言葉に、街の人から拍手が上がる。
見下していた王太子妃に排除され、それを国民が支持している。
自分は騎士団長の息子として憧れられる存在で、人に求められるはずなのに。
こんなのはありえない。すべて、あの女がヘルサに来たせいだ。
ステファンの中で理想の自分と、現実の乖離を受け入れられず、子供が癇癪を起こしたように理性が働かなくなった。
激高したステファンは剣の柄に手をかけようとした、が。
彼の剣は鈍い音を立てて地面に落ちた。
ステファンも、周りも何が起こったのかわからず呆然としている。状況がわかったのはセラフィーナだけだった。
セラフィーナの目には、ステファンの後ろで死者の騎士が剣を振り下ろしていたのが見えていた。
その剣の先がステファンの剣帯ベルトを裂いたのだ。
その他の死者達も剣を振りかぶり、ステファンを射殺さんばかりに睨んでいる。
その怒りは空気を震わせて、ステファンの全身に殺気として突き刺さっている。彼は自分に何が起こっているのか分かっていないが、体の震えが止まらずに膝が抜けたように地面に伏した。
それを見下ろしながら、セラフィーナはルネを呼んだ。
「ルネ様、彼は王太子妃に剣を向けました。これはこの国で許されることですか」
正気を取り戻して駆け寄ったルネは、気まずそうに答える。
「いや、どんなことがあってもそれは許されない」
「王族を殺そうと試みた者は一族共々死刑になっていますね。彼もそうなるでしょうか」
「……それは後の調査によって決まる。だが、牢には入ってもらうことになるだろう」
セラフィーナは少し考えて、ルネに言った。
「では、その前に騎士の審問会を開いてからにしてください」
「審問会?」
「えぇ。騎士として不名誉な者を審問する場です。そこで除名をしてから彼の処分を進めてください」
意外な提案をされて、ルネは困惑しながら問い返す。
「……なぜ、あなたがそのような要望を?」
「一人の愚か者によって、それまでの騎士達の栄光を崩すのは忍びないですから。それに、審問会を開いてなぜこんな愚かな者が騎士団長代理を務めているのか、国の将来のことを考えると、それを洗い出して次に生かさなければなりません。……セドリック」
呼ばれたセドリックはすぐに姿勢を正してセラフィーナに向き合う。
「今まで見てきたことを証言しなさい。嫌われ者を護衛してくれた勇気ある私の騎士」
それにセドリックは小さく微笑み、そして深く頭を下げた。
頭を下げているのは彼だけでは無い。歴代の騎士の死者達もそうだった。
騎士として歩んだ道の果てが、あんな軽薄な存在であることに嘆き、憤っていた。自分たちが命を懸けてきた騎士道を軽くされ、醜悪なものにされた怒り。
それを排除してくれたセラフィーナに、感謝と経緯を表していた。
セラフィーナは小さく彼らに向かってささやく。
「感謝は行動で表して、私の歩く道を守りなさい」
騎士達はセラフィーナの前に膝をついて、忠誠を誓った。




