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孤独の女王  作者: 冬原光


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20/41

20 茶番は上手くいかない

気がつけば、街の中央に馬車がたどり着いていた。

外は二人を歓迎する準備がすでにできており、中央の噴水の前までレッドカーペットがしかれ、その両縁には花が添えられていた。


ルネが降りて、セラフィーナに手を差し向ける。二人はそのまま連れだって噴水まで向かった。

前方には、すでに到着していたらしいイネスとステファンが噴水の前に立っていた。

二人はルネ側に寄り添って立ち、セラフィーナの側には一歩離れて護衛のセドリックが立った。


ルネとセラフィーナの前に、子供が花冠を持ってやってくる。


子供はその花冠をルネに渡す。

儀式の流れでは王太子が王太子妃に花冠を渡すという流れだった。


「ルネ……」


受け取った直後、イネスが悲しそうにつぶやいた。

聞いたものすべてが庇護欲をかき立てられるような弱々しい声だった。ルネが思わず振り返ると、潤んだ目のイネスが見つめている。

文字通りの悲劇のヒロインのようだった。愛し合っている男が、別の女に花冠を渡すのだ。悲恋の劇の一幕に見えるだろう。


王太子妃がいるのに、スポットライトが片側だけしか当たっていないようだった。

周りの国民も、ルネとイネスが長年恋人同士だったことは周知だ。

だから、彼らの空気を壊さないように、暗黙の了解でその状況を見守るしかなかった。

王太子妃の歓迎ムードが薄れ、悲劇の二人のラブストーリーに書き換えられようとしている。


まるで舞台のようだった。悲恋の二人と、それを邪魔する悪役。


けれど、セラフィーナ自身は別のことを考えていた。街に集まった人々の中にたたずみ、じっとステファンを見ている存在が視界に入っていたからだ。


ラブストーリーは続くかに思えたが、皆が示し合わせた物語の劇に乗ってこない観客がいた。


「ねぇ、どうしてお姫様にお花を渡さないの?」


それは花冠を持ってきた子供だった。まっすぐルネを見つめて質問している。

その場は静まり返ったが、群衆の中から母親が飛び出てきて子供を抱き抱える。


「さぁ、お仕事は終わったので帰りましょう!」


「なんで~!?僕の仕事は王子様にお花を渡して、お姫様に渡すのを見守ることなのに!なんで別の人に渡そうとするの~!」


子供はわからないことに混乱して大きな声でわめく。

母親は焦ってすぐにその場を離れようとするが、焦って足がもつれてすばやく動けない。


「僕の仕事はお花をお姫様に渡すところまで見て拍手するところまでだって言ってた!頑張ったらケーキ作ってくれるって約束だったでしょ?」


そういう段取りだったのだろう。言われたことを全うしてほめられたい子供にとって、緊張する場から早く離れたかったが中々進まない進行に王太子に声をかけてしまったのだ。


そこで、場の空気が一気に変わった。


それまで、ルネとイネスの悲恋の共犯者のようだった観客に、子供の一声が水を差したのだ。

立場が国のトップでスケールが大きく感じて、物語のように思っていたが、結局この二人はただ浮気しているだけなのでは?と皆の頭に疑問が浮かぶ。


……これは茶番なのでは?

若い二人が浮気をしている。ほめられた話ではないが、どこにでもある話。

そんなものに私たちはつきあわされていたのか?

くだらな……


「そこの者!」


覚めていく人々の思考を断ち切るような声が響いた。


ステファンだ。


彼はまっすぐに親子の元に歩いていく。長身で鍛えたステファンが近づいてくるだけで相当な恐怖だろう。おまけに彼は上位貴族だ。

母親は完全に腰を抜かし、子供は泣き叫び始めた。

ステファンは親子の様子を一瞥し、すぐに側にいる騎士に指示を飛ばす。


「おい、早く連れて行け。進行が滞っている」


それは騎士団長代理としての指示だったが、本来は華やかなで暖かな行事のはずだったので彼の厳しい声はより異質に響いた。


震える親子達に周りの騎士達が向かおうとするが、それを見かねた近くの人々があわてて親子を立たせて、その場から立ち去った。

ステファンはそれを無感情に見やり、彼女達が去ったのを見届けてイネスに笑顔を向けながら元の立ち位置に戻ろうとした。


だが、それは遮られた。


「あなたはこの行事に邪魔な存在だから、いますぐここから去りなさい」


よく通る声で言ったのはセラフィーナだった。


一歩歩き出してステファンの前に立ちはだかると、乗ってきた馬車の方向に向かって指を指した。


「街の人と私の初めての交流だった。花冠を持ってきてくれたかわいい子を排除しようとするなんて誰が許可したの」


セラフィーナの問いにステファンは一瞬面食らったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。何もわかっていないとばかりに首を振りながら答える。


「私は行事の進行を優先したまでです。進行を遅らせることは、危険にさらされる時間は増えるし、護衛の労力もかかる。我々も……」


「あなた、勘違いしているようね」


ステファンの言葉をセラフィーナが遮った。


「これは、王太子と王太子妃と街の人たちのためのもの。主役を下がらせるなんてどういうつもり?」


ステファンはいらだだしげに片眉をつり上げて反論する。


「……主役?彼らはエキストラだ。花冠を渡してそれで終わり」


「進行というのなら、イネス嬢が一番邪魔していたでしょう?彼女はこの行事の進行役。つまり裏方のはず。なのに彼女は花冠を渡すことを滞らせた」


ステファンは涙目になるイネスを見て、苦々しく答える。


「……感情的になるのも仕方ないでしょう。あなただってイネスとルネの関係は分かっているはずだ」


一応、王太子の恋人の話を声高に話すのは良くないという意識はあるのか、周りを気にしたのかステファンは小さな声で反論した。

けれど、セラフィーナは求められた共感を撥ね除ける。


「何も分からないわ。それに、感情的になるのが仕方ないのなら、先ほどの子供が泣くこともしかたないのでは?」


セラフィーナの言葉に、街の人々の中から拍手が起こる。

大柄な騎士相手に一歩も引かず、小さな子供を守るセラフィーナに対する感謝の拍手だった。


ステファンは自分が悪者になっているとわかり、苦々しくセラフィーナをにらみつける。


セラフィーナは彼を見返した……が、正確には彼の後ろを見ていた。


ステファンの後ろには、騎士の姿の死者が立っていた。その死者は一人ではなく、おびただしい数の死者が立っている。


彼らは風格がステファンとは段違いだった。各々の甲冑が似通っているが、細部はそれぞれ違う。

おそらくこの国の歴史ごとの甲冑なのだろう。

みんな使い古され、受け止めてきた剣の傷が生々しかった。

ステファンの美しい礼装とは大違いだ。


彼らは、この国の歴史にかつていた騎士団長達だった。


みんながステファンを怒りの目で見ている。

彼らは口数は少ないが、ひたすらに同じことをつぶやいていた。


セラフィーナはその言葉を聞いて、それをそのままステファンに言った。


「おまえは騎士じゃない」


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