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孤独の女王  作者: 冬原光


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2 孤独の結婚式


セラフィーナは、孤独によって作られた。


母はトリモア枢機卿国のリスター家の者だった。宗教国家で、トリモアを教皇として導いているのがリスター家の者だ。

由緒正しい家柄ではあるが、セラフィーナの血にはもう一つ特別な血筋が混じっていた。


祖父は大国ヘルサの王だったのだ


ヘルサの王が、留学に来ていたリスター家の者に手を出したのだ。

そして生まれたのがセラフィーナの母だ。


宗教国家で規律を重んじるリスター家の恥として、母は屋敷には入れてもらえず、敷地の中にある塔に幽閉されていた。


そこで一生孤独に暮らすことになるつもりだったが、食料を運び入れに来ていた使用人の青年と恋に落ちた。

気がついた時にすでに妊娠後期になっており、その子供もまたリスター家の悩みの種となった。


その子供こそが、セラフィーナだった。


母は出産の時に亡くなり、父親であろう使用人は姿を消した。

リスター家に消されたのかもしれない。


そうして、塔の住人は新しい者になった。

セラフィーナが同じように幽閉されることになったのだ。


前回の反省を生かし、セラフィーナはより一層隔離された。

世話をするのは難病に侵されて余命わずかな老婆の使用人のみ。


だが、彼女は子供を哀れに思い、様々なことを教えた。人として生きる上での基本的な知識、外の世界のあれこれ。

夫が航海士だったという老婆の知識は幅広かった。


ただ、この時老婆は疑問に思ったことがあった。セラフィーナに母親の記憶は無いはずだが、物心つく頃には母親の話をするようになっていた。

本も時折持ち込んでいたので、そこから学んで想像で『母という存在』を話しているのかと思っていたが、それにしては生前の母親と共通点のある話をする。

だが、老婆の寿命が来たため、その謎は結局解明されることはなかった。


セラフィーナはまた一人になったが、なぜかその後すぐにリスター家の屋敷に呼び戻された。

そこで貴族の令嬢としての作法をたたき込まれ、社交界へ連れて行かれた。


突然現れたリスター家の『新人』は不審がられ、そして彼女が時折誰もいないにも関わらず一人で会話しているところから、頭が狂っていると言われて誰も近寄らなかった。


その後も、セラフィーナはせき立てられるように社交界に参加させられるも、最後まで挨拶だけして誰とも話せない。

一人ぽつんと座り、時折、宙に向かって話したり微笑みかける。

一人でいることを卑下している様子もなく、高貴な生まれでしか出せないようなオーラを放ち、周りのいろいろな視線をいなしている。


その不気味な姿から、陰で彼女はこう呼ばれていた。


『孤独の女王』と。


社交界に出るようになってから1年後、リスター家の当主に呼ばれた。


明日から隣国ヘルサの王族であるルロワ家に嫁げと。







セレフィーナとルネの出会いは結婚式当日だった。

参列者も限られた王族と貴族のみで、歴代の結婚式とは比較にならないほど簡素なものだった。


ベールをあげた時、ルネは思わず顔をゆがめた。

花嫁の髪が黒かったからだ。


金髪と青い目がルロワの象徴だった。

城に飾られている肖像画も、その特徴を有するものばかりだ。

だが、目の前の彼女がその特徴を持つのは左目の青だけだった。彼女の目は左右それぞれ違う色をしていたのだ。

ルネはそれが気味悪く感じ、すぐに視線を逸らす。


参列者もその外見に同様に驚き、大広間にざわめきが広がる。


だが、その中でセラフィーナ本人だけが無表情にぼんやりと前を見ていた。

目の前のルネを見ているようで、その後ろに視線が向けられているようだった。


ルネは薄気味悪さを感じる。


その動揺は司祭にも広がったのか、もう終わりにしたいというルネの視線を受けて、互いに結婚承諾書に宣誓をして終わるだけになった。


その後の披露パーティーでも、異様な空気は変わらなかった。

唯一違ったのはルネの表情だ。そのパーティーには愛しのイネスも出席していた。

ルネと同じ金髪に青い目のイネスは、柔らかな表情で常に微笑を浮かべて、周りの空気も暖かくする力を持っていた。

二人が並ぶと、才能あふれる画家の描いた宗教画のようだった。


ルネがイネスと共にずっといるので、壇上に設けられた椅子にはセラフィーナだけが座っていた。

結婚式の主役の二人が座る椅子に一人で座っている。

異国から来た女に誰も近寄ろうとせず、遠巻きに見るばかりだった。


ルネとイネスの元に、同い年の貴族達が集まってきた。

騎士団長の息子ステファン・ドルレアンと、宰相の息子クレマン・シヴィルだ。

二人は共にヘルサの中枢貴族で、ルネと共に育ってきた幼なじみだ。4人は若い世代の国の中心人物達として常に注目を集め、そして羨望のまなざしを向けられていた。

ルネとイネスがお互いを思い合う姿をはじめから見ていたステファンとクレマンは、2人の絶対的な味方だった。


だから、2人を邪魔する存在は当然よくは思っていない。


「あれが『孤独の女王』ですか」


クレマンのつぶやきにステファンが反応する。


「『孤独の女王』?異名か?」


「あぁ。トリモアにいる知人から聞いたんだ。彼女は様々な社交界に参加するも、はじめの挨拶だけで後は誰とも話さない。それを揶揄してつけられた名前だそうだ」


「ふぅん……どうやらその名前はこの国でも引き継がれそうだな」


4人の視線がヘルサに向く。

最も高貴な者が座る壇上に一人で座り、ホールの人々を見つめる姿は威厳があったが、人から遠巻きにされているため今日結婚したばかりの花嫁には見えなかった。


それを見ながら、クレマンがイネス尋ねた。


「あの女王様を、この国に嫁がせる手助けをしたのはイネスだと聞いたんだが、本当か?」


それにステファンが驚いた。


「そうなのか!?なんで好きな男が別の女と結婚することに手を貸すんだ」


戸惑う2人に、イネスは悲しげに返した。


「……取引よ。私とルネの幸せな未来のための取引」


その続きはルナが引き継ぐ。


「現王である父は、私とイネスの仲を反対している。レルミット家の血が王家に相応しくないとね」


血。


王族にとって最も重要で、足枷のような存在の血。


それが愛する2人の間を邪魔をする。ポタリ、ポタリと流れて、押し流されるイメージがルネをいつも悩ませていた。


血は、血で解決する。


ルネはため息をつきながら2人に言った。


「王は自分の代で、王族の血を引くものと子供作れなかったことにコンプレックスを抱いている。自分が王族の血を薄めてしまったとね。だから、交渉したんだ。他国に流れた王の血を持つ者と結婚する。王の懸念を息子である自分が解消し、無かったことにする。その代わり、側妃としてイネスを迎えるのを許して欲しいと」


それにクレマンが驚く。


「側妃の制度はもう無くなったが、それを復活させることを王が許したと?」


「あぁ。……王の体調は良くない。このまま王太子の結婚すら見届けられないのならと妥協したんだ。だが、条件は出してきた」


「条件?」


ステファンの問いかけに、ルネは低い声で答える。


「子供が出来たら、側妃を認めると」


それに、クレマンとステファンは衝撃を受け、気遣わしげにイネスを見た。


物心ついた時から愛し合ってきたイネスにとって辛い選択だろう。


だが、その条件を鵜呑みにする予定はない。

ルネはイネスにの手を握りながら2人にささやく。


「私は、王が死ぬまであの女には手を出さない。……父の命が尽きるまで子は作らず、私が王になったら離婚をして、イネスと再婚する」


静かな宣言は、重いものだった。

親の死を願うような言葉だが、ルネと王は親子の関係では無かったことを考えれば、非情とは言えない。特に、そばで見ていたクレマンとステファンは。


王の血が薄まったルネを認められないのか、公式の場で王と王太子として接することしかなかったのだ。

ルネにとって、死を悲しむ相手ではなかった。


重い空気を打ち切るように、ステファンが明るい声を出す。


「じゃあ、2人の未来を引き続き俺たちが支えるってことだな」


それにステファンは頷く。


「今までと変わらないということだ」


2人は安心させるように笑いかける。


ルネはそれに頷いて、イネスに問いかけた。


「……それまで待っていてくれないか?」


「もちろんよ。あなたのことを信じている」


幼馴染の絆は何よりも堅かった。

4人は手を取り合って、互いに微笑みあう。


そして、それを離れたところで一人、今日の主役の花嫁は見つめていた。


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