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孤独の女王  作者: 冬原光


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19 視察へ出発

街の視察の日はすぐに訪れた。


セラフィーナは用意されたドレスに身を通し、まとめられた髪にパールの髪飾りを通す。

セラフィーナの黒髪に会わせたような紺碧のドレスは美しく静謐な雰囲気を纏っている。


馬車の前に立っていたルネは、セラフィーナのドレスとは非対称のクリームイエローの礼服を着ていた。

その傍らには、ルネと同じ色のドレスを着たイネスが立っている。二人が対になり、王太子と王太子妃のようだった。


セラフィーナのドレスは王家で用意されたものだった。セラフィーナが城の人事に手を入れたものの、働いている使用人達は膨大にいる。

次期王太子妃と言われ、社交界で大きな派閥を作っていたイネスの息がかかった者がまだいて、その者達の仕業だとセラフィーナは悟った。


普通なら、そこで激怒したり嘆いたりするだろう。

けれど、セラフィーナは無風だった。表情を崩さすにルネに問いかける。


「彼女も一緒に行くのですか?」


セラフィーナの疑問にルネが答える。


「視察のとりまとめは王都にいるいずれかの貴族の家がする。今年はレルミット家なんだ。だからイネスも行事の監督のために王城から共に向かう。……これは、どの家が担当でも同じ対応をするんだ」


弁解のようにつぶやいたルネの言葉を気にとめずにセラフィーナはうなずいた。

そこにステファンが近づいてきた。

この行事の全体の護衛をする総責任者という立場で、今日一日行動を共にするのだという。

ステファンは微笑みながら言った。


「今日もルネとイネスの二人はお似合いだね。花が咲き乱れる街の中を歩くのにぴったりだ。……セラフィーナ様は夜空のようなドレスですね。ですが、ルネと違う色では街の人達が王太子妃だとわからないのではないでしょうか」


さも心配しているように言っているが、セラフィーナをあざける意図があるのは明白だった。


ステファンは、騎士団長代理というより、イネスの幼馴染みとしてこの場にいるようだった。

ドレスの色で騒がなかったセラフィーナを刺激しようとしたのだろう。

周りの騎士達もそれに併せてくすくすと笑う。

だが、一人笑わない者がいた。セラフィーナの護衛を申し出たセドリックだ。


「セラフィーナ様が夜空で、ルネ様が月のようですね。お二人が互いに映える色を選ばれるとは、互いを支え合う王太子と王太子妃の立場を表しているようです」


そう言って、セラフィーナの手を支える。ステファンはおもしろくなさそうにセドリックを睨むが、今日の行程は分刻みだ。

諍いをしている暇はないことは本人もわかっているので、それ以上は何も言わなかった。

セドリックは後方の馬車を指し示す。


「では、セラフィーナ様の馬車へ向かいましょうか」


それに応じて歩き出そうとするセラフィーナに、ルネが話しかけた。


「……あなたはこちらの馬車に乗ってください」


指し示したのは王太子の乗る馬車あった。事前に説明されたのはそれぞれに馬車が用意されているということだったが。

セラフィーナはちらりとイネスを見た。


イネスを交えて三人で乗ると言うことか?そんなのごめんだ。


セラフィーナの視線の意図を知ったのだろう。ルネが疑問に答える。


「イネスは別の馬車で移動する。あなたは初めて国民に顔を見せるのだ。王太子と王太子妃が一緒にいる方が皆わかりやすいだろう」


そう言いながら、セラフィーナに手を差し出す。

馬車に乗る支えなのだろう。彼がした初めてのセラフィーナへの気遣いだ。

セラフィーナにとっては何の感慨もないが、周りは違った。それを見たイネスは目を見開き、すぐに顔を逸らしてステファンの腕をとって後方の馬車へ向かう。

どうやら王子様が自分以外に関心を寄せたのがお気に召さないらしい。


セラフィーナは各々の思惑を無視して、馬車に乗り込んだ。





馬車が街に到着すると、歓声がセラフィーナ達を歓迎し、花のにおいに包まれた。

家の二階から様々な花びらがばらまかれ、住人達が笑顔で馬車に手を振っている。

沿道の人々は一目セラフィーナを見ようとこちらを興味津々に見ていた。

女性は花冠を、男性は胸ポケットに花を差している。

それを見ていたセラフィーナに、ルネが説明をした。


「この視察は花が咲き乱れる時期に行うことから、皆が花を纒うんだ。男は大切な女性に花の冠を贈る。……それに倣って、街の中央で私からあなたに花冠を渡す」


「イネス様ではなくていいのですか?あなたの大切な女性はイネスの様でしょう?」


セラフィーナとしては特に意味を持たない質問だったが、ルネには非難のようなものに聞こえたらしい。

少しばつの悪い顔をしながら答えた。


「……あなたに贈るさ。王太子妃の立場を軽んじることになるからな」


ルネは言った後、少し後悔した。

セラフィーナ本人ではなく王太子妃という立場を重んじているような発言だと思ったからだ。

そういう意図では無い、と補足しようとしたが、当のセラフィーナは気にしていないようだ。

ルネはそれを感じ取り、自分がこの女にとって相手にする価値もないのかと怒りがわくが、同時に今までの自分の態度を考えればそれはしょうがないものにも思えた。


今まではひたすらにセラフィーナを嫌悪していたが、あの夕食以来彼女のことが気になっている。

だが、そんな心境の変化はセラフィーナにはどうでもいいことだった。

彼女はずっと街の様子に釘付けだった。今まで見たものと違う世界だったからだ。

ルネもそれに気がついたのだろう。


「町の様子がめずらしいか?」


「えぇ、私が見てきた人達とは違う表情をしていますから」


生まれてからずっと塔に幽閉されて、人に会ったとしても、ゴミを見るような視線を向けられた。

ようやくそこから出られたと思ったら、ヘルサの城でも似たようなものだった。


セラフィーナに向けられた目線はずっとそういうものだったのだ。


けれど、今向けられている視線は違う。好奇心と、新しい王太子妃に対しての親愛にあふれていた。

この国は大陸の主要経路や大きな港があることで他国との交流が多い。

権力をかたくなに保持し続け、変わらない貴族社会と違い、生活の変化が著しい国民の感覚は常に変化していた。

だから、貴族達と違い国民は、他国からの王太子妃に歓迎ムードだったのだ。


「不思議ですね、私のことをよく知らないのにあんなに手を振ってくれて。……本で読んだ愛おしいという気持ちはこういうものでしょうか」


それは初めて感じた感情だった。

セラフィーナの見る世界はいつも冷たくて、笑顔を向けられることが少なかった。

向けられたとしても作られたもので、人間関係をほとんど築いたことがないセラフィーナでもわかる紛いものだった。


ルネは相向かいに座るセラフィーナの表情に目を奪われる。


彼女の横顔を見るといつもの無表情とは違い、目を細めて外を見ていた。それがうっすらと笑っているようで。


この時初めて、ルネは罪悪感を覚えた。『孤独の女王』と呼ばれ、得体の知れぬ女と忌避していた存在は、小柄な女性で初めて向けられた笑顔をまぶしそうに見ているかわいそうな存在だった。


王太子である自分は、そんな彼女を疎んでいたのか。

自分がイネスへの愛情に振り回されていたのではないかと、ようやく客観的に見ることができた気がした。


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