18 危うい予感
一方、部屋から出たセラフィーナは、しばらく歩いて人の気配がなくなってから口を開いた。
「先ほどはご助言ありがとうございます。……王妃様」
その言葉に、セラフィーナの目の前に女性が現れた。美しく、隣として威圧感がある。セラフィーナを振り返ることなく、彼女は前を歩きながら言った。
「礼には及ばないわ。『アレ』の所行には目に余る物があった。王太子妃がいるのに、別の女にうつつを抜かし続けるなんて。それも相手はレルミット家の令嬢。あの家は領土の経営がうまくないのに高望みをしすぎる醜悪な家なのに」
彼女はカトリーヌ・ド・ルロワ。すでに亡くなっている前王妃で、ルネの母親だ。
淡々と話しながらも、イネスについて話すその内容は辛辣だ。だが、悪感情が何もない。
まるで道端のゴミについて語っているようだ。大国の王妃ともなると、王族のこと以外は些末な問題だという価値観なのだろう。
だが、自分の息子に関わっているにしては淡泊な気がした。
彼女をもう少し知りたくて、セラフィーナは話の方向を変えてみる。
「家柄というならば、他国から来た私のほうが不適合ではありませんか?前王妃様の意見が知りたいです」
それに、カトリーヌは振り返って冷淡に笑った。
「少なくとも、レルミットの者よりは価値があるでしょう。それに、私の声が聞こえるという利点もある。悪くない相手だと思っているわよ。私の傀儡にでも成ってもらおうかしら」
本人を前に話す内容ではない。冗談なのか本気なのかわからず、セラフィーナは薄い笑顔を浮かべるに留めた。
それを見てカトリーヌは面白そうに笑う。
「真意が分からなければ笑顔で乗り過ごす。中々可愛い選択じゃない。『孤独の女王』なんて恐ろしい名前を付けられていると聞いて、どんな子が来るのかと思っていたけれど。かわいげがある子は嫌いじゃないわ」
初めてそんな褒められ方をして、セラフィーナは困惑した。
得体の知れないと遠巻きに見られることしかされなかったが、大国の王妃から見れば些末なことなのかもしれない。
カトリーヌはひとしきり笑った後、空気を変えて続けた。
「……それに、息子の心配は一応しているわ。あなたは私の言葉を仲介する能力がある。これから何かあったときに、私の言葉が必要となることがあるかもしれない。そんなときに、ルネとあなたの仲が悪化していては意味が無い。あなたの存在が無視され、ルネに私の言葉が届かないのは困るということよ」
前を向いていて表情は見えないが、きっと母の顔をしているのだろう。
その声が再び厳しさをはらんだ。
「ルネは次期王として甘やかされている。甘言しか与えられない男には、苦言でスパイスを与えれば目新しくて食いついてくるもの。さっきの会話であなたに興味を持ったようだから、今までのように気のない態度をとっても、受け取り方を変えてくるでしょう」
「……ご子息におもしろい評価をされていますね」
「王妃になる者は、人とは別の物が見えているのよ。その内わかるようになるわ」
そう言って、ふっと消えた。
セラフィーナは何もない空間だが、頭を下げて最上級の礼をした。
王太子妃の部屋に帰ると、ソニアが暖かい紅茶を用意して待っていた。
「ご苦労様でした。どうでしたか?」
「あの男に関してはまぁ予想通りだったわ。それよりも、前王妃陛下と会いました。王太子と食事する部屋の前に現れたの」
「……カトリーヌ様が?」
ソニアが驚いて続ける。
「カトリーヌ様はこの城で見たことがないので、てっきりこの世にはいないものとばかり……どのようなお話をされたのでしょう?」
「ご自身の息子である王太子の籠絡方法」
「籠絡方法?」
ソニアは考え込み、いぶかしげな顔をする。
「カトリーヌ様はルネ様を生んですぐに亡くなられました。けれど、亡くなる瞬間までルネ様のことを案じていらっしゃいました。そんな方がセラフィーナさまに手を貸すようなことをするのでしょうか」
「……そうね。けれど、今回はいいように事が運んだ。とりあえずは感謝しておくわ」
「セラフィーナ様。私が言えることではありませんが、死者に信頼を置きすぎるのはお気をつけください。我らも生きている時のように、二面性を持っているのですから」
「そうね。けれど、やはり私にとって死者のほうがつきあいやすいというのはあるわ。あなた達は物理的に人を殺すことはできないもの」
言った内容に、セラフィーナの今までの人生が人とは異なるものだと表しているようで、ソニアの表情が曇る。
そして、死者への信頼に対する危うさも感じていた。




