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孤独の女王  作者: 冬原光


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17 ルネの変化

ルネは次の日に従者に指示を出して、セラフィーナを夕食の場に呼んだ。

今まで存在を無視していたので、応えてくれない可能性もあると思っていたが、意外にも彼女はすぐに返事をして、その日の夜に時間を合わせることになった。


現れた彼女はシンプルなドレスを着てやってきた。初めて自分の婚約者と食事を共にするとは思えないほど気の抜けた格好に、ルネは肩すかしを食らう。

自分への関心の無さを表しているようで、理不尽なのは分かっているが、少し不快に感じた。


「本日はお招きありがとうございます」


セラフィーナは目を会わせることなく言って、静かに席に着く。

ルネは食事を始めながら話を始めた。


「時間がかかってしまったが、あなたと少し話がしてみたいと思って」


「財務部のことですか?」


直球を投げられたことでルネは息を飲むが、あわてて立て直して応えた。


「そうだ。あなたが動いて予算が変更になり、我が友クレマンが離れることになった。一体何をしたんだ?」


「何を、とは。本来つくはずだった予算を修正しただけです」


「……だからといって、財務部をかき回す必要はなかっただろう」


それにセラフィーナは不思議そうな顔をして返す。


「かき回すとは何のことでしょう。王太子妃の予算を修正しただけですわ。ルネ様も、ご自分の配偶者が無一文なのは国の次期王として恥ずかしいでしょう?私はこの国の上に立つものとして是正しただけです」


淡々と答えた内容に反論しようにもできなかった。彼女が思いのほか饒舌で、そして理路整然としていたので印象が大きく変わる。

けれど、このまま彼女の空気に飲まれたままでは、この夕食を計画した意味が無い。

ルネは居住まいを正して、真意に迫る。


「私の友人のクレマンがそのことをきっかけに去ってしまった。あなたが何かしたのか?」


「予算を直す段階で、あなたのご友人がイネス様に有利になるように予算操作をしていたと発覚したので、それが財務部として問題になったのかもしれませんね?」


再び、クレマンとイネスの仲を疑いそうになり、思考の暴走を留めようとルネはそれ以上追求をやめてしまった。


セラフィーナにじっと見つめられ、それがすべてを見透かすようなものだったのでルネは思わず視線を落とす。

無言で食事を勧めながら、ルネの頭は再びイネスへの疑惑が深まっていく。


二人は仲がいいと思っていたが、それは四人の関係の中での話だ。クレマンが慈しむようにイネスを見ていた瞬間はあったが、自分とイネスの間を邪魔してくるようなことはなく、兄弟のような関係だと思っていた。


それにしては、イネスのレルミット家に優遇するようなことを、国の運営に影響されるようなレベルですることは行き過ぎだと感じた。


だが、腕の中でいつもほほえむイネスからそんなことは聞いたことがない。


クレマンの独断なのだろう。

けれど、自分が知っている彼は常に理性的だった。

片思いの相手に、予算操作なんてことをするとは認めたくなかった。


……期待をさせるようなことを、イネスがしていないと言い切れるのだろうか?

もしかした、自分の知らない彼女の一面があるのではという思いが頭から抜けなかった。


四人の関係は完璧で、イネスはいつも自分を信頼して愛してくれていた。と『思っていた』

自分が見てきたことが崩れそうで、動揺が手元に出てしまったのかグラスを落としてしまう。

ガシャンと鳴る耳障りな音が響き、空気が凍り付いた。


自分が動揺していることを、目の前の見下していた女に見透かされたのが恥ずかしく、もう食事をする気もなくなった。

切り上げようと顔を上げたとき、セラフィーナがまっすぐ自分を見ているのに気がついた。


こうして、二人で過ごすのは初めてだった。

セラフィーナの目をちゃんと見たのも初めて。

色がそれぞれ違う目は不気味だと思っていたが、こうして見ると神秘的なものだった。

今まで感じていた得体の知れない雰囲気はなく、目の前にいるのが凛とした自分と同世代の女性だということに、ルネはこのとき初めて気がついた。


自分を取り巻く世界がいびつだったことに気がついて、偏ったフィルターがはずれたのかもしれない。


セラフィーナは穏やかにルネに話した。


「人は変わって行くものです。ずっと同じは無いのですよ。あなたに優しくしていた人が、明日変わるかもしれない」


「……イネスのことを言っているのか」


「いいえ。私の経験の話をしています。私は生まれてからまともな人間関係の中で生活ができませんでした。今日を生きるために、常に自分に害をなす人間がいないかを見極めなければならなかったのです」


ルネはセラフィーナのこれまでを知らなかった。紙の資料や人伝の情報としては知っていたが、それはおそらくトリモアが用意した当たり障り無いものだ。ヘルサとしては、子供が産める健康な体であればいい。


だから、彼女がどう生きてきたのかを誰も興味を持たなかった。


彼女は、どう生きてきたのだろうか。ルネは初めてセラフィーナの過去に興味を持った。

それを問いかけようとしたが、セラフィーナは空気を敏感に察知したのか、距離を再び取るように居住まいを正す。


セラフィーナは静かに語りかける。


「人を見極め直すことも必要です。それは、自分のためにも、相手のためにも」


「相手も?」


「いびつになった関係を続けていると、人は歪んでいきます。生き残るためになりふりかまわなくなったり、相手を傷つけようとしたり……それは相手のためにもなりません。とくに、権力を持つ者は無意識に相手を振り回してしまう可能性があります……食事の時にする話ではありませんでしたね」


もう食事の雰囲気ではなくなったからか、セラフィーナは席を立とうとする。


ルネがぼそりとつぶやいた。


「そのような進言、久しぶりだな」


幼い頃は国を率いる存在となるべく、周りの人から厳しくしつけられ指導されていた。だが、年齢を重ねて王に近づいていくごとに誰からも言われなくなっていた。

久しぶりに忠告されたことに新鮮味を感じて思わずつぶやいたが、セラフィーナはそれに返答した。


「当たり前でしょう。王太子妃しかその役はできませんから」


それだけ言って、後は部屋を出て行った。

ルネの中で、セラフィーナに対する気持ちが何か変わった瞬間だった。


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