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孤独の女王  作者: 冬原光


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14 不安な空気が滲みよる

財務部の建物から出て、しばらく歩いて大きな大木の麓でセラフィーナは立ち止まる。

それは王城の中では古い木で、青々とした葉を空いっぱいに広げていた。木陰が濃くなっているところに、一人の男が立っていた。

気弱そうでひょろりとしている。

男はセラフィーナが近づくと、深々と頭を下げた。


「先ほどはありがとうございました」


その礼に、セラフィーナは笑って応える。


「お礼を言うのは私のほう。資料を教えてくれてありがとう。大量の書物からすぐに必要なものを出せたのはさすがだったわ、トニー」


男は頭を上げて、目を細めた。

男は、財務部で命を絶ったトニー・フェイユだった。どこか晴れ晴れとした表情でセラフィーナを見ている。

セラフィーナは微笑んだ。


「ここはいい場所ね、気持ちがいい風がふく」


「はい。仕事の合間に息をつける場所でした」


二人で風の心地よさを楽しむ。

彼と出会ったのは、初めて財務部に行った時だった。一人で部屋の片隅に立ち、哀しみと怒りに染まった顔で皆を見ていた。

彼を外に連れ出して聞いたのが財務部の裏の状況だ。突然やってきてクレマンが業務改善と称してひっかき回し、それに乗じて自分の意のままに予算を書き換えていく。

フィリップはそれを見て見ぬ振りをして自分の保身だけを考えている。

クレマンによって増やされた仕事はトニーに割り振られ、一人では処理できない仕事量と、不正をしなければならない罪悪感で押しつぶされて、そして彼は自ら命を絶った。

トニーはセラフィーナに問うた。


「財務部はこの後どうなるのでしょうね」


「さぁ、それはわからないわ。でも脅せば動くことがわかったから動かしやすくなるわね」


そう言ってセラフィーナが笑うと、トニーは苦笑する。

ひとしきり笑った後、セラフィーナはトニーに諭すように言った。


「もうあなたは、現世のしがらみから解放されているのよ。自分以外のことなんて考えなくていいの。まぁ、あなたを頼ってしまった私が言うことではないけど」


「いいえ、あなたは私の無念を晴らしてくれました。ありがとうございます」


そう頭を下げると、彼の姿がおぼろげになっていく。

彼自身もそれがわかったのか、自分の体を見てセラフィーナに訪ねた。


「無念が晴れた、ということでどこかにいくのでしょうか?」


「さぁ……私にもわからない。まだ死んだことがないから」


言っていることは中々の内容なのに、淡々と言う姿にトニーはなんだかおかしくなって、声を出して笑い、そして姿が完全に消えた。







「クレマンが財務部を辞めた?」


イネスは驚いた顔をしてルネを見た。ルネは困惑しながらも続きを話す。

クレマンは財務部を辞めて、領土に戻ったのだという。それも、父方で国の中でも中心に位置するシヴィル家ではなく、母方の親戚が持つという田舎の小さな領土だった。


ルネが知ったのも、すべてが終わってからだった。

何かが財務部で起こり、それがクレマンが犯人だったこと。そしてそれが国に大きな影響があるということで、クレマンの父とルネの父である国王が急遽話し合い、クレマンの父は宰相を辞職した。


もうすでにクレマンは旅立っていて、彼から何があったのかを聞くことはできなかった。けれど、ルネの側近が集めた情報によれば、クレマンは不正を働き、それがイネスのために行われたという。財務部に箝口令がしかれて、まだ大きくは広がっていないものの、関わった人間が多いためそれが漏れるのも時間の問題で、現に国の中枢に近い者は知っていることらしい。


ルネはイネスに説明しながらもショックを受けていた。


自分は王太子で、国の最も中枢にいる部類だ。

そんな自分が、側近から噂レベルで知るということは屈辱だった。

国王に確かめようにも、体調を崩していると言って中々会うことが出来ない。


ならば別のルートから知ろうと、財務部のフィリップという責任者を呼び止めようにも、彼の口からは「国王陛下からは誰にも口外するなと口止めされており、申し訳ございません」と頭を下げるのみだった。


そして、もう一つ心に波紋を広げたのは「イネスのために」クレマンが不正をしたということだ。


ショックを受けて口に手を当てて呆然としている彼女の様子は、旧友に対しての情しか感じない。けれど、自分が見える範囲外ではそうではなかったら?

ルネは言葉を選びながらも、イネスに尋ねる。


「クレマンと何かあったのか?イネスが関係しているような話も出ていたが……」


それにイネスが目を見開いて、みるみる涙を貯めていく。


「クレマンとの間には友情しかなかったわ!私が愛するのは生まれてからずっとあなただけ!」


そう言って、涙を一筋流す彼女はあまりに美しく、自分が傷つけてしまったとルネはあわててイネスを抱きしめる。


「すまない。君を疑うつもりはなかったんだ。ただ、君の家の名前が出ていたから、何か知っていないかと……」


ルネの腕の中で、イネスは小さくつぶやく。


「クレマンとは庭園で会ったのが最後だった。……何か疲れていて、あの王太子妃に関することだったみたい」


「あの女?」


「えぇ……。私が以前、王太子妃をお誘いしたお茶会のことで思い悩んでいたのを、クレマンは気にしてくれていた。だから彼は『友人として』動いてくれたのかもしれない。どうしようルネ。私が落ち込んでいたから彼は……」


そう言うと、ルネの胸に顔を埋める。華奢な肩を震わせるイネスが痛ましくて、友人をともに失った哀しみに浸るしかできなかった。


落ち着いた頃、セラフィーナについて思いを巡らせる。

先日のお茶会と今回の財務部の事件。

身一つで来て、この国で後ろ盾など何もないのになぜこんなにひっかき回せる?


彼女は一体何者だ?


ルネが思考を巡らせている中、腕の中のイネスも考えていた。


私を守ってくれる人が一人減ってしまった。


クレマンは私のことを考えて、裏で動いてくれる人だった。イネスの父は領主としての才能が欠けている人だったから、何度か家が傾きかけたことがあった。

そのたびに、クレマンに相談すればどうにかなっていたのに。

自分を守る存在が欠けたことで、足下が崩れる感覚を覚え、ルネに強くすがった。


庭園でのクレマンとの会話を思い出す。

財務部をセラフィーナがひっかき回していると言った。

あの女が動いている。私を引きずりおろそうとしている。

どうすればいいのか、イネスは愛する人の腕の中で静かに考え続けていた。

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