10 クレマンからの宣戦布告
メイドとソニアに案内されながら着いたのは、王城の財務部だった。
王族で、おまけに話題の人であるセラフィーナの登場にざわついて皆が立ってこちらを見ている。
その中で、一人座ってこちらを見ている男がいた。
クレマン・シヴィル。
宰相の息子で、ルネの幼なじみだ。
彼は一枚の書類を掲げながら微笑んだ。
「お待ちしておりました」
クレマンはセラフィーナを財務部の部屋の奥の応接間に招いた。
彼が座る机は平職員と同じものだったが、役職者に近い位置にあった。
父が宰相で、彼自身もそれを有力視されているからだろうか。
財務部には将来の布石として、人脈の構築や細かな仕事を把握しておくという名目で在籍しているらしい。
そのため、他の職員からは将来の上司になる人として、一目置かれているようだ。
実際、能力はあるようで、ある程度の決裁権は任されているようだった。
常にソニアが付き、セラフィーナに情報を補足してくれるおかげで、席につくまでには目の前の男がどんな人間かある程度を知ることができた。
全員が座り、セラフィーナが口火を切る。
「ここに私が来た理由はお分かりね」
「えぇ、予算の件ですよね。お耳に入るのが早かったですね」
「日用品すら購入できないのなら、すぐにわかることでしょう。それで?私の予算が処理されていなかったとのことで、その状況はどう改善されるのです?」
クレマンはセラフィーナの言葉にわざと驚いた顔をして、馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
「私どもがセラフィーナ様の申請がされなかった不備をフォローしろと?」
セラフィーナは彼の挑発に乗らず、淡々と返す。
「これは国としての不備では?そもそも申請する期間に私の侍従はおりませんでした。申請自体出来ようもない」
「申請する者は侍従とは決まっていません。昔は本人がしたそうですよ。申請期間の最終日にはセラフィーナ様はこの国にいたはずなので、申請はできたはず」
「最終日は結婚式でした。式を抜け出して予算の申請をしろと?」
眉をひそめながらセラフィーナは言えば、クレマンは声を落として言った。
「可能ではあったのではないですか?式の最中、セラフィーナ様はずっとお一人で時間があったようですし」
式の最中に一人放って置かれたことを揶揄しているのだろう。セラフィーナにしか聞こえない声で言ったのも、あざけりの意図は明確だった。
だがここにいたのはセラフィーナだけではない。
付きしたがっていたソニアが大声で怒り狂っていた。
「宰相の息子というだけで王太子妃にそんな口を聞くなんて!おまえ自身は財務部の小間使いだろうが!!恥を知れ!!!!」
セラフィーナの鼓膜をビリビリと震わせた彼女の怒りは、形に現れた。
室内に飾られていた花瓶にひびが入ったのだ。
クレマンはビクリとそちらを振り返り、いぶかしげな顔をセラフィーナに向ける。
セラフィーナはそれに素知らぬ顔をした。
これ以上クレマンと話していては、ソニアの怒りで部屋中の物が破壊されてしまうかもしれない。
セラフィーナは一旦、話を切り上げることにした。
「あなたの話は分かりました」
「……ご理解いただけて何よりです」
クレマンは勝ち誇ったようにセラフィーナに笑みを向けた。
だが、その笑みをそのままにしておくつもりはセラフィーナにはなかった。
「王太子妃の予算が降りないのは、財務部での決定ですか」
それにクレマンは一瞬ためらって口を開く。
「そうです。決まりに沿って処理をするのが仕事ですから。例外は認められません」
「なるほど、例外は無しなのですね」
それだけ言うとセラフィーナはクレマンを見ずに部屋を後にした。
応接間から出ると、財務部の皆がこちらを見ている。どうなったのかと興味津々の者もいれば、予算が降りなかった王太子妃に小馬鹿にするような視線を送る者もいた。
その中に、入ってきた時にはいなかった人物が目に入る。クレマンの席の近くにいた役職者の席に座るものだ。
眼鏡をかけて、こちらを驚愕の目で見ている。
セラフィーナが財務部のドアではなく、その者に向かった。
机には『フィリップ・リゴドー』と名前が振られていた。
「あなたがこの財務部の長?」
「は、はい!」
フィリップは慌てて立ち上がってセラフィーナに答える。気の弱そうな男で、おどおどしながらセラフィーナに答える。
「あなたも、王太子妃の予算について承認しているの?」
「は、いえ、はい……」
「どっちなの?」
「せ、正式な承認は三日後の財務部の承認会でとなりますが、それはほぼ通達のような意味合いで……」
「わかったわ。ではそれに私も出席します」
「え?」
おびえていたフィリップを含め、財務部にいた者全員がセラフィーナに視線を向ける。
「王太子妃が出席してはいけないという決まりはないでしょう?後でいつどこで開催されるのか私のメイドに伝えるように」
それだけ言うとセラフィーナは足早に財務部を後にした。
廊下を歩きながら後ろにつくソニアに声をかける。
「財務部の隅に立って物言いたそうだった『彼』に声をかけて、私の部屋に来るように伝えてくれる?」




