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灰の乙女 ― 戦場で神に選ばれたシンデレラ

アルノワール王国の黒く染まった山々に、鐘の音がこだました。

厚い雲に覆われた空は、まるで雨ではなく灰を降らせているかのようだった。

貴族の屋敷の廃墟の中、一人の少女が肖像画の前にひざまずき、何年も毎晩繰り返してきた祈りをささやいていた。


――お父様…この世界がどうなってしまったのか、見えていますか?


肖像画には、優しげな顔立ちと穏やかな眼差しの男が金の鎧をまとって描かれていた。

それは、北方戦争の英雄であり、灰かぶり姫の父、アルノワールのサー・アルデンだった。

彼は、彼女がまだ十二歳の頃、王国を守って戦死した。

彼が死んでから、彼女の愛するものはすべて崩れ去っていった。


母は病に倒れた。

義父は没落した貴族で、鉄のような心と偽りの笑みを持つ女と再婚した。

その女は二人の娘――ベラーヌとコリーヌを連れてきた。


その日を境に、灰かぶり姫は自らの家でただの召使いへと成り果てた。

夜明けが地下室の石をかすかに照らしていた。

シンデレラは素手で床を掃除しており、汚れた水が肌を焼くようにしみた。

義姉たちの笑い声が上の階に響いていた。


「急ぎなさいよ、灰かぶり!」と、ベルナが食堂から叫んだ。

「昼までに終わらなかったら、ごはん抜きだからね!」


「灰かぶり」。

みんなが彼女をそう呼んでいた。

いつも煙突の煤で顔が汚れていたから、そして彼女の存在は掃き捨てるべきものだと、彼女たちは思っていた。


だけど、どれだけ辱められても、シンデレラは憎しみで返すことはなかった。

黙って耐えていた。まるで何かを待っているかのように。

そしてその夜、不可能なことが起こった。


暖炉の前で眠り込んだとき、彼女は幻を見た。


戦場が地平線まで広がっていた。

無数の死体。

燃え上がる空。

そして赤い目をした影が、死体の山の上にそびえ立っていた。


「太陽が消える時、悪魔たちは目を覚ます」

「炎の娘だけが、それを止められる」


シンデレラは激しく胸を打つ鼓動で目を覚ました。

空気が熱を帯びていた。

そして暖炉の燃えさしの中に、ありえないものを見た――

光り輝く槍が静かに宙に浮かび、炎に飲まれるように消えていった。

翌日、噂が広がった。

王国が危機に瀕していると。

未知の存在によって、外国の軍が次々と倒されたのだ。

国王は戦えるすべての男たちの徴兵を命じた。


シンデレラは兵士たちが首都へ向かって行進するのを見つめていた。

そして、何の迷いもなく、彼らの後を追うことを決めた。


静かな夜、彼女は短剣で自らの長い金髪を切り落とした。

胸に布を巻き、父の古びた服を身にまとった。

埃をかぶった鏡の前で、彼女は静かに呟いた。


「今日で、アルノワールのシンデレラは死ぬ。

これからは……エリアル。」


そして、幼い頃を失ったあの家に最後の視線を投げかけ、誰にも別れを告げずに旅立った。

アルノワール王国の軍は、ガルロンの要塞で訓練を行っていた。

何千人もの新兵の中で、エリアルは痩せて弱そうな少年に見えたが、その瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。

誰も、彼女の秘密に気づく者はいなかった。


そこで彼女は、指揮官と出会った。

王の息子にして、王国で最も優れた騎士と称されるアルリック王子。

若く、勇敢で、公正な男。

兵たちは彼を尊敬しつつも、その冷徹さを恐れていた。


「名前は」

「アルノワールのエリアルです」――彼女ははっきりと答えた。

「アルノワール? サー・アルデンの親族か?」

「……父でした」彼女は視線をそらしながら答えた。

「ならば彼の精神を受け継いでいるな、少年。失望させるなよ」


エリアルは昼夜を問わず訓練に励んだ。

傷つき、倒れ、嘲笑されながらも耐え抜いた。

やがて、彼女の槍と弓の腕前は、古参の兵士たちをも驚かせるようになった。

武器を握るたび、彼女の内側で何かが燃え上がる――

理解できぬ、聖なる炎のような力が。


アルリックは、次第に彼女の存在に気づき始めた。

そして二人の間には、血と鋼で鍛えられた、静かな友情が芽生えていった。

月日が流れ、影はますます広がっていった。

伝令たちは次々と恐ろしい報せを運んできた。

焼き払われた都市、喰い尽くされた村々、消息を絶った騎士たち――。


そしてある日、東の空にラッパの音が響いた。

黒き鎧をまとう悪魔たちが、ついに川を越えたのだ。


空は深紅に染まり、

大地は彼らの一歩ごとに震えた。

彼らは背が高く、鉄の角を持ち、煙を放つ剣を振るっていた。

その一撃は、十人の兵士をなぎ倒すほど。

魔術師たちすら、その進撃を止めることはできなかった。


アルノワール軍は壊滅的な打撃を受けた。

アルリックは膝をつき、剣は折れていた。

そして、あの怪物の一体が剣を振り上げたその瞬間――

エリアルは何も考えずに走り出した。


刃が彼女の身体を貫いた。

世界がゆっくりと動き出し、

音が消えた。

時が止まった。

闇の中に、天から一筋の光が降りてきた。

その光の中で、声が彼女の心に響いた。


「灰より生まれし娘よ……おまえの信仰は試された。」

「神は、汝の真の名を呼ぶ。」


痛みが消えた。

傷が癒え、血が跡形もなく消えていく。

彼女の鎧は崩れ去り、白と金の聖なる鎧がその身を包んだ。

表面には神聖な印が刻まれていた。

炎の槍と光の弓が、静かに彼女の前に浮かび上がる。


軍全体が、その輝きを見て動きを止めた。

闇の中で、まるで太陽が降り立ったかのようだった。

そして彼女は、初めて本当の声で叫んだ。


「恐れるな!

我はアルノワールのシンデレラ、倒れし騎士の娘!

王国のために、名誉のために、人のために――剣を掲げよ!」


聖なる炎が戦場に広がった。

悪魔たちの槍は、その力の前で溶けて消えた。

シンデレラは先頭に立ち、祈りのような言葉で兵たちを導いた。


地に伏したアルリックは、その光景を見つめていた。

それが奇跡なのか夢なのか、彼には分からなかった。

その日の終わり、戦場は光に包まれていた。

悪魔たちは塵となって消え、何ヶ月ぶりかに太陽が再び空に輝いた。

シンデレラは膝をつき、力尽きて倒れた。

アルリックがその身体を抱きとめた。


「なぜ……そんなことを?」

「誰も……やらないと思ったから」彼女はささやいた。

「父は言ってたの。灰の中にだって、希望の炎は宿るって。」


王子は、久しぶりに笑みを浮かべた。

そしてその日、彼は心に誓った――

彼女を生涯、守り抜くと。

数週間後、王国は勝利を祝った。

シンデレラは「炎の乙女」として讃えられ、その名は信仰の象徴となった。

王子アルリックは、民の前で彼女に求婚した。

彼女は頷いた――称号のためではなく、

救いの光のように純粋な心を彼の中に見つけたから。


その知らせを聞いた継母と義姉たちは、城へ忍び込もうとしたが、捕らえられ、

かつて奪ったすべてを返還させられた。

「灰かぶり」と嘲笑っていた彼女たちは、今や宮殿の床を掃除している。


シンデレラは王妃として、夫とともに各地を巡り、

かつて火と死に覆われていた場所へ希望をもたらした。

人々は彼女を、ただの王女ではなく――

「聖なる戦士」として記憶し続けた。


こうして、「アルノワールのシンデレラ」の名は伝説となり、

歴史が彼女に与えたもう一つの称号とともに刻まれた。


「――炎の乙女。信仰で闇を浄化せし者。」


――終わり。

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― 新着の感想 ―
シンデレラをベースにしながらも戦いに重きを置いたストーリーは斬新且つ読み応えがありました。 こういうストーリーも好きです。 (*´ω`*)
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