公爵家へ
公爵家に向かう馬車の中で、ボクは必死に後ろを振り返った。
「いってきまああす!またねえええ!!
ありがとおおお!だいすきいいい!
みんな、げんきでねえええーーっ!」
生まれてからずっとボクの家だった伯爵家。
大きく手を振ってくれるサイラスお父さまが、どんどん小さくなっていく。
楽しく走り回ったお庭や、温かく見守ってくれたみんなが、どんどん小さくなっていく。
ボクこれまでとっても幸せだったよ。
本当のお父さまが死んじゃったことで「可哀想に」っていう人もいたけれど、ボクはぜんぜん可哀そうなんかじゃあなかった。
だって、ボクには大好きなサイラス叔父さまがいたから。叔父さまがお父さまになってくれていたから。
それに、伯爵家のみんなもいたから。
お家で働く人はみんな優しくって、後ろをついて歩くと、ボクに合わせてゆっくりと振り返りながら歩いてくれた。
お庭に花を植えたいっていったら、ボクと一緒に選んでくれて、ボク専用の花壇を作ってくれた。
あそこにいれば何にも怖いことなんてなかった。
あのお家には、幸せしか詰まっていなかったんだもん。
もうあそこはボクのお家じゃあなくなった。
そう思ったら、胸が苦しくて痛くって。
でも、目に焼き付けておきたくて、小さくなって見えなくなるまで叔父さまを、みんなを、伯爵家をずっとずっと見続けた。
「………みえなくなっちゃった………」
ぎゅうっと膝をかかえて三角になる。
こんなに苦しいのは初めて。胸がきゅうっとして痛くてたまらない。
それはボクが生まれて初めて感じた喪失感。
「クリス、いらっしゃい?」
隣に座るお母さまが、ボクに向かってやさしく両腕を広げてくれた。
「お母さまあ………!」
ポスンとその胸に顔を埋め、初めての感情に必死で耐える。
お別れってこんなに痛いものなの?
こんなにつらいものなの?
また会えるっていうけど、それっていつ?
口にしたらお母さまのこと責めるみたいになってしまうと思って、ボクはそのどれも口には出さなかった。
でも、これだけは聞いておきたかった。
「……あのね、ボクね、本当のお父さまのこと忘れちゃったみたいに、大好きな叔父さまのことやみんなのこと、忘れちゃったりしない?
新しいお義父さまやお義兄さまのことを好きになったら、叔父さまのこと好きなのが減っちゃわない?」
ボクの言葉に、お母さまがハッと息を吞んだ。
だってボク、本当のお父さまのこと忘れちゃったんだもの。どんな人だったのかも、全然覚えていないの。
でも叔父さまやみんなことは、ちょっとでも忘れたくない。
新しい人達を覚えたら、忘れちゃったりしないかな?
その人たちを好きになったら、これまでの好きがその分だけ減っちゃわない?
一緒にいるときは良かったけれど、さようならをしたら急に不安になったの。
だって、みんなもうボクの側にはいないんだもん。
ぎゅうっと握り締めたボクの手を、お母さまがそっと撫でてくれた。
お母さまはボクの濡れた頬を指先でぬぐうと、そのまま両手で優しく包み、ボクの目を見つめてほほ笑んだ。
「大丈夫。大丈夫よ?
あなたの本当のお父様はね、あなたと過ごす時間が少なすぎたの。
でも、叔父様は違うでしょう?
沢山の時を一緒にすごしてきた。あなたと愛し合ってきた。
その時間は無くならない。忘れたりしない。あなたのここにずっとあるわ」
そういってボクの胸をそっと指で押す。
「寂しくなったら目を閉じて胸に触れて叔父様のことを思いだしてみて。
ほら、ここが温かくなったでしょう?」
「……うん。なった。叔父さまのことを思いだしたら胸がぽかぽかする」
「ね?叔父様はいつでもそこにいるわ。それに会おうと思えばいつでも会える。大丈夫よ」
そう言われたらなんだがそんな気がしてきた。
「それとね、好きという気持ちは増えるの。
好きという気持ちは、好きな人が増えたら分けていくものではないの。
好きな人がいるぶんだけ、どんどん増えていくの。
あなたの叔父様への気持ちは、あなたがそうしようと思わない限り無くなることはないわ。
そのままで、新しく好きが増えるのよ。
それってとっても素敵なことでしょう?」
「うん。好きが減らずに増えていくなら、すてき。
どんどん増えたら好きが沢山になるもん。
あのね……叔父さまが居ないのは寂しいけど。
でもね、ボクきっと新しいお義父さまのことも、お義兄さまのことも大好きになるよ?」
「うふふ。それはいいことを聞いたわ。
内緒だけれどね、お母様もそうなの。でも、クリスへの好きは減っていないし、変わらずずっと大好きよ?」
「知ってる!お母様、ボクのこと大好きだもん!ボクもお母様のことが大好きだしね!」
「うふふふふ!そうね!お母様も知ってたわ!」
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