さようなら大好きなお父様
数か月後。
公爵さまと婚約したお母さまは、結婚までの時間を公爵家で過ごすことになった。
お試しの結婚?結婚のお試し?それってば結婚とどう違うのだろう?
一緒に住むのならもう結婚でいいと思うんだけれど。
大人ってなんだか面倒だ。
お引越し当日。
公爵家から寄越された迎えの馬車は……伯爵家のものとは全然違った。
まずはその大きさ!
伯爵家の馬車もそれなりに大きいものだったが、それよりもさらに大きい。
なんというか……幅もだが高さもかなりある。
「わああああ!すごおおおい!」
見たこともない巨大な馬車に興奮したボクは、一瞬別れの寂しさを忘れ、思わずその周りをぐるぐると走り回ってしまった。
はしゃぎながらいつものように叔父さまを呼ぶ。
「ねえ、サイラス叔父さまもみて!すっごく大きいの!叔父さまだってこの中で立って歩けそう!」
走り回るボクを見守っていた叔父さまが、優しいお顔で笑った。
「ははは!そうだな。………さあて、クリス。馬車の上を見るか?」
言ってひょいっとボクを肩車する叔父さま。
「ひゃああ!」
「どうだ?見えたか?」
「うーん、まだ見えない。ウチの馬車なら見えるのにね」
「公爵家の馬車には敵わないが、ウチの馬車もそれなりに大きいんだぞ?
俺がここに来た頃は、肩車してやっても上が見えなかっただろう?」
「そうだった!今なら見えるのにね。どうして前は見えなかったの?馬車変えた?」
「あははは!それはクリスの身体のほうが今よりももっと小さかったんだ。
だから台を運んできて、馬車の上を見せていたんだそ?
…………クリス、ほんとうに大きくなったなあ……あんなに小さかったのに……」
遠くを見るように目を細め、懐かしそうにしみじみと呟く叔父さま。
そういえばそうだった。
一気にこれまでの思い出がよみがえった。
ボクは昔から馬車の上を見るのが好き。
馬車の天井って、普通にしていたら見えないでしょう?
だから、「そこになにがあるんだろう」って。
なにか隠された良いものが見えるような気がして、ワクワクするから。
昔はウチの馬車の天井も、肩車してもらっても見えなかった。
だから叔父さまは、ボクを肩車してそれから更に台に乗って、馬車の上を見せてくれた。
馬車に乗るたびに肩車をねだるボクに、叔父さまは当たり前のように肩車してくれるようになった。
何を言わなくても、ひょいっとボクを肩に乗せて「ほおら、見えるか?」って笑うんだ。
ボク、本当は馬車の上に何にもないこと、わかってるの。
それでも馬車の上を見るとなんだかワクワクしちゃうんだ。
叔父さまもそれを分かってるのか「見ても何もないぞ?」なんて一度も言われたことはない。
ボクは、叔父さまのそういうところが大好きなのだ。
これからはもう馬車に乗るときもこの肩車は無いんだ……。
叔父さまはとっても大きくって、強くって、ボクをいつでも軽々と抱えちゃうの。
ひょいって空気みたいに持ち上げて、肩車したまんま走ってくれたり、くるくる回ってくれることもある。
そうするとすっごく楽しくて嬉しくて、胸やお腹のなかがくすぐったいみたいな気持ちになるんだ。
急に別れの寂しさが押し寄せてきて、ぎゅうっと胸がいっぱいになった。
肩車してくれてる叔父さまの頭に、ぎゅうっと抱き着く。
「?クリス?どうした?」
「…………あのね……もう少しこのまんまで居てもいい?」
「……いくらでも」
ぽんぽん、と優しくボクの足を叩く叔父さま。
この大きな手が大好き。
お父様を失ったボクが笑っていられたのは、お母様が笑顔でいられたのは、この大きな手のおかげだ。
転んだボクを抱き上げてくれた優しい手。
「頑張ったな」と頭を撫でてくれた。
寒い日には頬をそっと包んで温めてくれた。
叔父さまのちょっと固い大きな手は、ボクにとっては安心の象徴だったのだ。
じわり。
浮かんだ涙が見えないように、ぎゅむっと叔父さまの頭に押し付ける。
だって、ボクが泣いちゃったら心配するでしょう?
「幸せのための出発なんだから、叔父さまを心配させないように笑顔でお別れしましょうね」って、お母さまと約束したんだもん。
こっそり鼻水をすすりながら、叔父さまに聞いた。
「あ、あの、あのね。公爵家に……っ行っても……っ、叔父さまのこと、お父さま、だって、思ってても…いい?」
そしたらあっという間にボクは叔父さまに抱っこされた。
「……ああ。もちろんだとも!
クリス。叔父さまはずっとお前のことが大好きだからな。そのことを忘れるなよ?
お前は永遠に可愛い可愛い俺の息子だ。…………愛しているよ、クリス。
幸せになれ」
ぎゅうっとボクを抱きしめる叔父さまの声は、いつもより少しかすれていた。
「いい子だ」と僕を撫でる大きな手は、いつもよりももっと温かかった。
「うん。……うん。
ボクもずっと……サイラスお父さまのこと、大好きだからね。
公爵家のお義父さまのこと好きになっても、ボク、サイラスお父さまのこと大好きだからね。
ボクのこと忘れないで。……今までありがとう。大好き」
こうしてボクは伯爵家を出て、あたらしいボクになるため公爵家に向かったのだった。
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