ボクのルーティーン2
こうして公爵家に来てからのボクの最初のお願いは「お兄さまと一緒にお勉強をさせてください」ということだった。
だけど、当然ながら、みんなそれを本気にしてくれませんでした。
まずお兄さま。微笑ましそうにボクを見つめ、ひょいっと抱き上げる。
「クリス?懐いてくれるのはとても嬉しい。
だが、クリスはまだ小さいのだ。無理をしなくても良い。私とは年齢が違う。同じようにできなくてもいいのだ。それが当たり前なのだ。
君はこれから少しずつ色々なことを覚えていけばよい。理解したか?」
コツン、と額を合わせ、まるでむずがる子供をなだめるようにして諭されてしまいました。
お兄さまのご意見に、お義父さまも同意。
「うむ。クリスにはクリスのための先生を別に手配する。安心してよい。
この父に任せなさい。良い先生に声をかけてある。
だが、すぐに勉強を始める必要はない。まずクリスはここに慣れることから始めてはどうだ?
この屋敷は広い。庭を見たり、領地を回ったり。そのあたりから少しずつ始めていくのはどうだろうか?」
要するにお二人とも「無理しないでまだ遊んでいていいんだよ?」と仰っているのですね。
お気持ちは嬉しいのですが、お二人ともボクを甘やかしすぎではないでしょうか?
ボクはこれでも5歳なのです。ちゃんとした教育を始めなくては!
特にボクは3年分多めに頑張らねばならないのだもの。これは内緒ですけれど!
なのでボクはそれらしい理由を言ってみることにした。
「えと。
来月はお母さまとボクの『公爵家の家族になりました』というお披露目があるでしょう?
ボク、お義父さまとお兄さまの自慢の息子になりたいのです。
お二人に恥はかかせられません。
しっかりとしたマナーと知識を身に着けて、皆さんに認めて頂きたいのです。
立派なお兄さまの弟として、胸を張って横に立ちたいのです。
ですので、どうか……ボクにお勉強をさせてくださいっ!!」
胸の前で手を組んで必死に訴える。
だって、あと8年なのだもの。
それまでにやるべきことはたくさんある。
まずは、敵に負けないようにボクが強くならなくては!
「お勉強をたくさんして、運動だってたくさんして。
いざというときにお兄さまをお護りする力を身につけたいのです!」
絶対に譲れません。だってボクの推しの未来がかかっているのだもの!
熱弁しているうちに、必死過ぎて涙が出てきてしまった。
するとお兄さまがぎゅうっとボクを抱きしめた。
「クリス……君はそこまで私のことを……!」
感極まったように耳元で囁く。
ひゃあ!イケボすぎですう!
「…そこまで背負う必要は無いのだぞ、クリス。
約束しただろう?私が君を護ると。
弟を護るのは兄である私の役目。弟は兄に護られるものなのだ。
だから無理せずに安心して過ごしていればよい」
お義父さまは「なんという美しい兄弟愛だ……!」とそっと目元をぬぐっていらっしゃる。
意外にも涙もろいのですね、お義父さま。お母さまはお義父さまのこういうところもお好きなのだろうな。
ボク専属になってくれたマーシャとルナさんも「まあ!なんと健気な……!」と胸の前で手を組んで感動していた。
今日のボク担ソルトさんなどは「クッソ!俺もクリス様みたいな弟が欲しかった!」と叫びながら壁を叩いている。
ソルトさんの弟さん、どんな子なんだろう……。
あの……。
えと……。
この流れ、ボクが「お兄さまが好きすぎて必死についていこうとしている健気な弟」みたいになっちゃっていませんか?無理をして背伸びする小さな子、みたいになっちゃっていますよね?
違うんです!
ボクには前世チートもあるし、それを考慮した結果であって、決して勝算のない賭けではないのですう!
ああ、そう言えたらいいのに!
でも言えないから、ボクにできたのは………
「でもっでもっ!!ボクはどうしても、どうしても、どうしても、お兄さまとご一緒させて頂きたいのですっ!
お願いしますっ!試すだけでも、どうかっ!
本当にボクが何も理解できずにお勉強がダメなようでしたら、諦めますので!
どうかどうか、試すだけでもお願いいたしますううっ!!」
と言って泣きながら訴えることくらいだったのでした。
あああ!本当にこれだと「お兄さまが好きすぎてわがまま言っている子供」みたい。なんてこと!
でも、お兄さまの未来のためなら、これくらいなんということはありません!
「………どうしてもだめですか?」
うるうる涙目でお願いするボク。
必死で見つめ続ければ、やがてお兄さまが困ったように大きくため息をついた。
「……まずは、これまでの復習として、先生に基本からひととおり教えてもらい直すことにしよう。
それにクリスがついてこれるようならは、一緒に学ぼう。
だが、無理なら諦めるのだぞ?」
苦肉の策、という感じですね。
きっとこれでボクが諦めると思っていらっしゃるのでしょうが。
ボクは負けませんから!やり遂げて見せますよ!
「はい!
習ったところをボクのためにもう一度お付き合いしていただくのは心苦しいのですが、お付き合いいただくからには必ずついていってみせます!
宜しくお願いいたします!」
こうしてまるで泣き落としのようにして、ボクもお兄さまとお勉強をご一緒させて頂けることになったのでした。




