初めてのお食事
その日の夜。
初めての公爵家での食事に、ボクはものすごく緊張した。
マナーは大丈夫かな?
きちんと学んできたつもりだけれど。
伯爵家では「公の場ではきちんとマナーを守ろう。でも、家では具作法でなければそこまできっちりしなくてもいいぞ。作ってくれた人たちに感謝して、美味しく頂こう」っていう感じだったの。
だからどこまできっちりとマナーを守ればいいのかが分からない。
あんまりキッチリしすぎるとお家って感じがしない気がするのだけれど。
公爵家ではどんな感じなのかな?
気になっていた席の配置は、お義父さま、そのお隣にお母さま、お母さまの向かいがボク、ボクの隣がお兄さまという配置になった。
これまでお二人は向かい合って食事をしてきたそうで、その横にそれぞれお母さまとボクが追加された感じだ。
お兄さまのお隣に座れるのは嬉しいんだけれど。
お隣がお母さまならコッソリ色々聞けたのになあ。無作法しちゃったらどうしよう?
よいしょ、と椅子に座れば、横に座ったお兄さまが「何か気になることがあれば何でも私に聞くといい」と言ってくくださった。優しい!
「ありがとうございます。先に謝罪させてください。ボク、何か無作法をしてしまうかもしれません。
その時には遠慮なく指摘して下さいますか?」
ジル兄さまが目を瞬かせた。
「クリスが無作法をするとは思えぬが……」
お義父さまにも聞こえたみたい。
「ここはもうクリスの家なのだ。家族しかいないのだから、問題はない。
公式の場での正式なマナーについてはこれからひとつひとつ学んでいけばよいのだ。
今日は4人での初めての食事なのだ。食事を楽しみながら、お互いに少しづつ理解を深めてゆければと思う」
そう言ってパンを手に取りそのままかじりついた。
本来なら手でちぎって口に運ぶものなのに……。
きっとボクが作法を気にしなくていいようにわざとそうしてくれたのだ。
「そうですね。私もそう思います。
ほら、クリス、こっちを向いてごらん?」
お兄さまのお声がけで横を向けば、目のまえにスプーンを差し出された。
サイコロ状のスモークサーモンが乗っている。
「ほら、口を開けなさい。あーん」
‼え?あーん、と仰いましたか?
唖然としていると、お兄さまが首を傾げた。
「サーモンは嫌いか?」
ふるふると首を振ると「ほら」とまた差し出される。
「あ、あーん?」
もぐもぐもぐ。
「お、おいしいです!」
ボクの言葉に満足そうに頷くお兄さま。
正直、推しの「あーん」の衝撃が強すぎて味なんてわからない。
でも最高の気分です!
「もっとか?」
再度スプーンを差し出そうとするので慌てて止めた。
いくら何でも申し訳なさすぎる!
「だ、大丈夫ですう!ボク、自分で食べられますのでっ!!」
慌ててフォークを手に取り目の前の料理をパクパクと口に運ぶ。
「そうか。クリスはもっと太ったほうがいい。沢山食べるのだぞ?」
必死に頷きながらチラリと向かいを見れば、お母さまは「うんうん良かったわねえ」とにこにこしているし、お義父さまは……同じくサーモンの刺さったフォークをボクに向かって差し出していた!
「……あーーん?」
恐る恐るお口を開ければ、少し嬉しそうにお口にサーモンをいれてくれた。
お義父さまも、お兄さまも優しすぎます!