平穏(?)な姫生活
こうしてボクに再び平穏が戻りました。
………ほんの僅かに。
ここは学園の「王族専用のお部屋」です。
授業が終わると同時に「良い茶葉と菓子が手に入った。ご馳走しよう」と有無を言わさず連行されました。
ああ。いまごろお兄様がボクを探してくださっているのでは?
リオとティムがきっとお兄様に連絡してくれているはず。二人を信じたい。
こくり。
うん。確かにとても美味しい紅茶です。
「クリス、今度の休みに植物園に行かないか?」
「………休みにはお兄様と過ごす予定ですので。すみません」
パクリ。
焼き菓子も最高です。
口に入れたとたんにホロリと口の中でほどけるブールドネージュ。
パウダーシュガーがすうっと溶けた後、濃厚な甘さとクラッシュアーモンドの香りが広がります。
今度はこっち、と手を伸ばした先にあったガレットをアイク様の指が摘まみ上げ、ボクの口元に差し出した。
「これもおいしいぞ?ほら」
まさか、あーんですか?
敢えて手を差し出してみると、ニコッと微笑み再度グイっと口元に。
「………………はい」
しぶしぶ「あーん」でいただきました。ガレットに罪はありません。
負けた感があることを除けば、味自体はとってもおいしい。
もぐもぐと口を動かすボクを見て、アイク様が目を細めました。
「ふふ。かわいいな」
強制的に甘い空気を出すのはやめてください。アイク様。
ひたすらに目をそらし、もぐもぐもぐと食べることに専念するボク。
もぐもぐもぐ。
さっさと食べて帰ってしまいましょう。
「では、母上が『ぜひお茶を』と言っているのだが、どうだろうか?」
これにはさすがにボクの口も止まります。
は?
なんておっしゃいました?!
どうして王妃様がボクなんかとお茶をされたがるのですか!「元婚約者の義弟と王城でお茶を」なんておかしいですから!
それ、明らかに「婚約者候補」としてですよね?
しかもお兄様が居ないタイミングを狙って誘っていらしたあたり、確信犯。
お兄様がいらしたらその氷の一瞥でお誘いを叩き切ってくださるのにっ!
イクシス様、ウエイン様、申し訳なさそうにするくらいなら、お兄様を探してきてくださいっ!
「……それはご命令でしょうか?」
引き攣りそうな表情筋を必死で宥め、ニコッと笑顔で。
目が笑っていない自覚はありますが、それくらいは許容範囲です。
にべもない態度のボクにアイク様は困ったように眉を下げ、肩をすくめた。
「命令ではない。だから嫌なら断ってくれても構わないが……個人的には私ともっと親交を深めてもらえたらと思っている」
「ごめんなさい。無理です。
アイク様のお母様ということは、王妃様であらせられますよね?ボクはただのモブ……ごほん、弟分ですので、そんな恐れ多いこと!
失礼があってはいけませんのでご遠慮いたします。
アイク様にはお誘いを待たれている方がたくさんいらっしゃると思いますよ?
家格にこだわらず、もう少し視野を広げて周りを見回してみてはいかがでしょうか?」
命令ならば貴族の義務として従いますが、そうでないのならば遠慮なく。
ボクには全くそのつもりはないので、お兄様との婚約を解消してしまうと家格の合う相手がいないというのなら、家格など気にせず探してみてください、と遠回しにでもなく言ってみました。
だってそろそろうんざりなのです。
おかしな嫌がらせはされましたし、お断りするたびに悲しそうなお顔をされるのも地味にストレスなのです。
ここまでハッキリ言われては、さすがのアイク様もこれ以上ボクを誘わないのでは?
そう思って敢えて失礼なことを言ってみたのですが……
目をパチクリさせたアイク様は、口元に拳を当て、くすりと笑みを漏らしました。
「うん。いいね。すごくいい。
一見はかなげに可愛らしく見えるのに、きちんとした意志を持っていて、言うべきことははっきりと口にする。
礼儀正しいけれど、権力に媚びへつらうことはしない。
ふふふ。さすがクリスだ」
いえいえいえ!勝手にいい顔しないでください!
なにがいいのですか!
目論見が外れたボクは、憮然とした表情で肩を落とした。
「ボクはよくありません。
どうして諦めて下さらないのですか………」
以前は「あざとい子に注意しろ」と言いましたが、前言撤回。
「あの、ボクが見た夢では、数年後にものすごくアイク様のお好みの外見をした方が現れるのです。
身分は少し低いのですが……可愛らしい外見で、中身は雑草のようにしぶとくしたたかなので。
もうちょっと待ってみたらどうでしょうか?」
くくく、という声にふりかえれば、アイク様の後ろに控えていたイクシス様が口元を押さえて笑いを耐えておりました。
「ご、ごめんね?夢という割にいやに具体的だなと思って……。
ふ、ふふ。そうなんだ。昔のアイク様のお好みは『大人しそうでかわいらしいタイプ』だったんだけれどね?ジルのことで少し考えを改めたらしくて……。
今は『可愛らしいけど、しっかりしたタイプ』なんだ。
クリス、よく分かっているね」
「つまりは、クリスだな!」
ウエイン様、そんなまとめはいりません!
思わず頭を抱えたボクに、アイク様がしれっと追撃。
「ということなのだ。
では、クリスの予定の無いときでいい。クリスの好きなところに連れて行こう。
それではどうだ?
私は幼馴染であり友であり先輩でもある。そんな私からの誘いを無下にしたりはしないだろう?」
ニヤリと人の悪い笑みを見せるアイク様。
ウエイン様は「あーあ」と両手を上に挙げ頭の上で組んで知らんぷり。
イクシス様に助けを求めると、可愛らしく首を傾げ口パクで「ごめんね?私はアイク様の側近だから」
なんて頼りにならない方々なのでしょう!




