リーデル姉妹の結婚②
瞬間、カミラお母様とリリアンが悲鳴をあげた。エヴァンスも息を吞む。
ダレン・アークナイツ。四大貴族の一角、アークナイツ公爵家の次男である。
四大貴族とは、炎、水、風、土の四大魔法属性を受け継ぐ家柄のことを言う。彼らは王家と同じく神の子孫であり、他の貴族と比べても別格の存在とされる。その中でも炎の力を受け継ぐアークナイツ家は筆頭で、現当主イェルゲン・アークナイツは国家元帥を務めている。
国一番の権力者の息子であるダレンは、王女様の婚約者にほぼ内定していた。陛下の一人娘の王女様と結婚すれば、将来は国王。権力に目がくらんだダレンは、王女様との結婚に執着していた。
しかし、彼の野望に影が差す。突如として現れたクラウス・シェーンベルク。王女様は彼と恋に落ち、周囲もそれを後押しする機運が高まっていく。ダレンは妨害を試みたが、返って墓穴を掘る結果となり、ついに王女様はクラウスと結婚を宣言する。
ダレンは怒り狂った。そして、王女様をクラウスもろとも殺害しようと、一月前、王女様の宮殿を炎上させたのだ。この恐ろしい大逆は、フォンデルシア全土を震撼させた。
ダレン・アークナイツ。彼は今、フォンデルシアで最も忌み嫌われる人間だ。
「王都追放、謹慎、そして結婚。それが数日前、彼に下された仮処分だ」
本来なら即刻死刑ものだが、神の血を引くアークナイツの人間は尊く、殺すことができない。この処分は王政苦肉の策なのだろう
「でも、どうして結婚なの?」
と、リリアン。
「王女殿下に二度と懸想しないことの証明だ。つまり、ランカは形式のために使われる偽装花嫁ということになる」
「偽装花嫁……」
そう呟いた後、
「あははっ、お姉様ったら最高すぎるわ! 大罪人の、それも偽装のための花嫁! こんなおかしい話聞いたことない!」
と、リリアンは腹を抱えて大笑いした。
「大悪党との結婚。卑しいあなたにはお似合いね」
と、カミラお母様。
「あのアークナイツの嫁なんて、ははっ、凄いじゃないか」
と、エヴァンス。
「良い知らせはそれだけでない。ランカを嫁に出す代わりに、アークナイツ卿は我が家の借金を全て肩代わりしてくださった。莫大な結納金も既に受け取っている」
お父様も笑う。
リーデル家は貧乏だ。原因はお父様の経営不振、そして散財癖。贅沢好きのカミラお母様とリリアンもそれに拍車をかけている。それでも生活のレベルを落とさず、借金をして贅沢を繰り返す一家。領民への過酷な収奪はここからきている。
アークナイツ卿はそこに目を付けたんだろう。破滅した息子との結婚を望む令嬢はいない。金で黙らせられ、おまけに人が苦手で社交界に出られないといういわくつき。最底辺の私は悪役令息様の偽装花嫁にぴったりだ。
「北の都郊外にあるアークナイツ家別邸に、公子様の身柄は移送されている。到着の知らせが届き次第、ランカ、お前はそこに向かえ」
「大丈夫、お姉様? ダレン・アークナイツなら、お姉様が魔力のない無能だと分かった瞬間、激怒して燃やしちゃうわよ。ばれないよう気を付けてね」
くすくす笑うリリアン。面白くて仕方ないんだろう。だけど、私だって面白くて仕方ない。運命はどうしてここまで私に凄いカードを与えてくれるんだろう。
さて、この時の私が絶望していたかといえば、それは否である。私はしぶとくて、そして何より負けず嫌いなのだ。ダレン・アークナイツと結婚する私を、みんな不幸だと笑ってる。そうなると、物凄く幸せになってやりたくなるのが私の性というもの。こんなことをしてきた運命に、ぎゃふんと言わせてやりたくなってしまうのだ。
従って私は燃えていた。絶対に私はこの結婚で幸せを掴んでやる! 極悪人だろうが悪役令息だろうがどうでもいい。ダレン・アークナイツと幸せ夫婦になってやるんだ!
「かしこまりました。謹んでその結婚をお受けします」
燃える闘志を内に秘め、私は静かに頭を下げた。
*
そして姉妹が嫁入りする朝がやってきた。
「なんて美しいのかしら」
「ああ。私たちの自慢の娘だ」
現れたリリアンに、両親は感嘆の吐息を漏らした。
薄布を何層にも重ねたピンク色のドレス。頭には大量の花飾り。胸元にはリーデル家の首飾りが輝いている。
両親から一歩下がってリリアンを見つめる私に、
「あら、お姉様。地味すぎているのに気付かなかったわ」
と、リリアンは微笑んだ。
同じく嫁入りする私は、いつものぼろ着でなく、新しく用意された服をまとっている。と言っても、それは村娘と何ら変わらない質素なものだった。
迎えに来たエヴァンスは、リリアンの前に跪いてその手に口付けた。幸福な未来を約束するように、そんな二人に光が降り注いでいる。
豪勢な四頭立て馬車に乗って、リリアンはエヴァンスと去っていった。両親は見えなくなるまで手を振った。
「お父様、カミラお母様。私も失礼します。今までお世話になりました」
私は頭を下げる。だけど、既に屋敷へ歩き出していた両親が振り返ることはなかった。
そして私は、大罪人ダレン・アークナイツ改め、夫のダレン様のもとへ向かった。