リーデル姉妹の結婚①
そんなある日、私はいつも通り庭の掃除をしていた。
「だーれだ」
ふいに背後から目を隠され、私は箒を動かす手を止める。
そして、
「ドゥルガー伯爵令息様、こんにちは」
と、振り返って頭を下げた。
エヴァンス・ドゥルガー。彼は古い知人だ。ドゥルガー子爵家の三男で、近くに領地があることから、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。
彼は氷魔法の使い手だ。その優秀さから引き抜きがかかり、王都で活躍、十九歳という若さで伯爵位まで与えられた。最近になって急成長を遂げている新興貴族の一角で、北の都、果てには王都にまで屋敷があるという。
王都で忙しくしながらも、彼は時折北部のパーティーにも顔を出している。出会う度にかっこよくなって、とリリアンが黄色い歓声をあげていた。彼女いわく、たれ目と泣きぼくろが最高に色っぽくて素敵、らしい。
「お父様にご用事でしょうか」
と、私は尋ねる。
「そうだよ。でも、その前に君に会えて良かった。頑張ってね、ランカ」
耳元でそう囁くと、エヴァンスは女受けのよさそうな笑みを浮かべて去っていった。
それからしばらくもたたないうち、
「ランカさん。旦那様が呼んでいらっしゃいます」
と、メイドが私を呼びに来る。
私が居間に入ると、リーデル家全員が勢揃いしてソファに座っていた。エヴァンスもリリアンの隣に座っている。私は一人掛けのソファに、ゆっくりと腰を下ろした。
「今日はお前たちに大切な話がある。そうだろう、エヴァンス君」
お父様に視線を向けられ、はい、とエヴァンスが改まって背筋を伸ばす。
「リリアン。僕と結婚して、一緒に王都に来てくれないか?」
その台詞に、リリアン、そしてカミラお母様が口元を手で押さえる。
「現在の中央では、旧来の伝統に縛られない新しい政治への改革が進められている。これまでの家柄重視でなく、才覚のある人間たちが上に立つ時代なんだ。リリアンは僕と同じで、魔法の才能がある。君の力があれば、きっと王都で成功を収められるはずだ」
そう。私と違ってリリアンには魔法の才能がある。
そもそもの前提として、リーデル家のような最下級貴族は、魔力も少なく特殊魔法も大したものは持っていない。しかし、リリアンは運命に微笑まれた少女だった。魔力量が多く、おまけに特殊魔法として浄化の力を持つ。これは上級貴族顔負けだと両親は鼻高々だ。
「僕は今、新世代として国政の中心になりつつある。そんな僕を支え、高めあう存在として、美しく才覚に溢れたリリアンが必要なんだ。どうかこの話を受けてほしい」
熱い眼差しでリリアンを見つめるエヴァンス。
「嬉しい! ぜひそのお話、受けさせてくださいな! お父様、いいでしょう?」
リリアンは頬を上気させる。出世街道を突っ走っている若き伯爵の妻になり、王都に行くなんて、全ての少女の夢見ることだろう。
「リリアンには家に残ってほしかったが、王都行きは名誉なこと。この家は二人の子供に継いでもらうことにする。きっと優秀な子供が生まれるだろうからな」
と、お父様は優しく微笑む。
「まあ、お父様ったら気が早いんだから」
居間に笑い声が充満する。
「でも、いいのかしら? だってお姉様、エヴァンス様に好意を持ってるみたいだったから。私、嫉妬されてそう……」
震える演技をするリリアンに、エヴァンスは厳しい表情で私を見つめる。
「ランカ、君の気持ちは知っている。でも、僕は君をあくまで妻の姉として尊重しているにすぎない。僕への恋心は今すぐ断ち切ってくれ」
私はそれにショックを受ける——ことはまったくなかった。うわあ、と、こみ上げる気持ち悪さをこらえるのに必死だった。
みすぼらしい私にも、エヴァンスは表面上優しく接してくる。だけど、それはかわいそうな子に優しい自分に酔っているだけ。私に向ける視線には、侮りと蔑みが見え見えだ。先ほどの「だーれだ」といい、わざと勘違いさせるような言動をとるのも、私をだしにして自分の優位性を確かめたいだけ。今もこうやって私を見下して楽しんでいる。
はっきり言おう。不愉快だ。馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。殴りたくなるから。
「ランカ」
黙りこくっている私に、お父様が声をかける。
「喜べ。お前の結婚も決まった」
「噓……」
そう漏らしたのは私じゃなくリリアンだった。
「ありえない! お姉様が結婚なんて! 相手は誰なのよ!?」
リリアンに問い詰められ、お父様は重々しく口を開いた。
「ダレン・アークナイツだ」