ランカ・リーデルはあきらめない③
朝食の下膳が済んだ後、井戸水を浴びてスープの汚れを落とす。だけど、いくら水で洗っても、元から汚れ切った髪の毛がきれいになることはない。
「相変わらず吐しゃ物みたいな色の髪ね」
通りすがりのリリアンが、美しい自分の金髪を払いながら笑う。私は何も言わず、髪の毛が乾く前にいつも通りお下げに結って、すぐに掃除をスタートさせた。
その日の昼過ぎ、三人はよその貴族家で開催されるパーティーに出かけて行った。もちろん私は留守番だ。私に魔力がないことは隠されているので、表向きでは社交不安障害が原因ということになっている。
「これ、刺繡しておいて。帰ってくるまでにできてなかったら、分かってるわよね?」
エントランスで見送る私に、リリアンは大量の図案と裁縫道具を投げつける。
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げた後、私は道具を抱えて屋根裏部屋に戻った。
パーティーに行けず、一人仕事を押し付けられる。いかにもおとぎ話でよく見るかわいそうな女の子だ。もしかしなくても、世の人々には私がそう見えているんだろう。
だけど、ここで明言しておく。私はいわゆるかわいそうな女の子なんかじゃない、と。
「よっしゃあ! やるぞ!」
そう気合を入れるや、私は超高速で針と糸を動かし始めた。燃える私は次々と見事な刺繡を作成し、あっという間に与えられた仕事を終える。
「ふっふっふ。実にスキルアップしたものじゃないか」
私は完成した作品を満足気に見つめた。控えめに言っても売り物の水準を超える見事な出来栄え。社交界でもリリアンの刺繡——つまり私の刺繡は評判らしいから、これはかなり自信を持っていいはずだ。
と、もうお分かりだろう。そう。私は全力で押し付けられた仕事をこなしていたのだ。
掃除洗濯家事手伝い、全て厭々やるのでなく、むしろ積極的に取り組む。もちろん最初は、こんなの罰でしかないと思っていた。だけどある時、これを一生懸命やっておけば後々役に立つのでは? と気付いたのだ。
私は無能力者だ。普通の令嬢のように嫁入りはできない。私を好きじゃない両親は、家を継がせてもくれないだろう。つまりいつか追い出されるのだ。その時に身を立てるすべはお金を払ってでも学ぶべき。それをただで学べているのだから、もはや儲けもの、という理論である。
今や家事全般は大得意。どこのお屋敷のメイドにだってすぐ就職できる。肉体労働もさせられているので、そこらの令嬢より体力にも自信がある。おやおや、私は随分優秀な人材ではないのかね? 無能って、それ、本気で言ってますか? 私は一人ほくそ笑む。
この図太いメンタリティを得ることができたのは、私の人生で一番の収穫だったと思う。いくら仕事を言いつけられようが、「スキルアップ補助ありがとうございます」といった気持ちを抱くことができ、理不尽に悪口を言われようが「社会ではこういうクレームを言われるって教えてくれてるんだなあ」と思う。
はっきり言って私は不運だ。だけど、だからってめそめそしなきゃいけないわけじゃない。私は泣くのをやめた。かわいそうな自分でいることをやめた。幸せをあきらめないで凛と前を向いている限り、不幸にはならないと分かったから。
見てるか、運命! 私は絶対にあきらめないぞ! 今の私は日々心の中でそう吠えている。
ということで、私はいわゆるかわいそうな女の子みたいに、麗しの貴公子様に現状から助けてもらう予定はない。私の目標は、さっさとこの屋敷を追い出されて自立すること。貴族の家の使用人になるでも、平民として生計を立てるでも、何でもいい。どんなことがあったって私はきっと生き延びられる。
私はうーんと伸びをする。ふと腕が目に入ったところ、もっと筋肉つけたいな、という願望がわく。そうだ、薪割でもやるか。ついでに裏の森に一狩り行っちゃおう。私は屋根裏部屋を飛び出し、さらなるスキルアップに勤しむのだった。