ランカ・リーデルはあきらめない②
八歳になった時、私は洗礼をしてもらうため、お父様に教会に連れていかれた。洗礼とは、子供の魔力量、そして適性を見極める儀式。この年頃の貴族の子供は、必ず行うことになっている。
フォンデルシア王国において、貴族とは魔力を有する特権階級である。高位の貴族ほど、莫大な魔力量と高度な適性を持つ。そして、魔法の素質はほとんどが血筋によって左右される。だからこそ、貴族たちは優秀な子供を得るため、魔法の素質を加味して縁談を決めることがほとんどだ。両親もそれに従って結婚した。
そして迎えた洗礼の日。貴族令嬢としての私の人生は完全に終わってしまった。
「魔力がないだと!? そんなこと、ありえるはずがない!」
お父様は神官様に掴みかかる。
「本当です。お嬢様には魔力が完全に存在しません。即ち平民と何ら変わらないのです」
どうやら、私はここでもまた運命に嫌われてしまったらしい。
「お前は私の娘ではない。この家に入るな、無能」
屋敷についたお父様は、私の目の前でバタンとドアを閉じ、鍵をかけてしまった。
「開けてください、お父様! お願いします! お願い……」
何度扉を叩こうが、泣きわめこうが、お父様が扉を開けることはなかった。建物にぴったり耳をつけると、中で楽しそうにお喋りする三人の声が聞こえてきた。
私が疲れ果てて座り込む頃、暗くて冷たい夜がやってきた。扉をひっかいてぼろぼろになった手のひらに、はあ、と白い息を吹きかける。
私、このまま死んじゃうんだろうか? でも、どうして? どうしてこんなことになってしまったの? 私、何か悪いことをしたんですか。教えてください、天国のお母様……。
ようやく家に入ることが許されたのは、次の日の朝だった。凍える私を家に入れてくれたカミラお母様は、どこか含みのある変な表情をしていて、私はいぶかりながらも自分の部屋に向かった。
「え……」
ドアを開けた私は絶句した。私の部屋から何もなくなっていたから。まるで私の存在が抹消されたみたいに。
「人生終わっちゃったわね、お姉様。ざんねーん」
くすくす笑う声にはっとして振り返ると、そこにリリアンが立っていた。
「お姉様、魔力がないんでしょう? 無能なお姉様はもう貴族じゃないわよね。リーデル家の娘もこれからは私一人。よろしくね」
リリアンの胸元に光るのは、私が部屋の中に置いていた、リーデル家の子供が代々受け継ぐネックレス。昔、お父様が優しかった頃、私の首にかけてくれたもの。それをどうしてリリアンが——
「や、やめて……!」
焦りと恐怖に、悲鳴じみた声を上げてリリアンに迫る。瞬間、思い切り張り倒され、見上げればカミラお母様がそこにいた。
「自分の立場が分かってないようね。教えてあげる。あなたは母親の不貞で生まれたの。この家の人間じゃないの。それなのに、今まで私たちを差し置いてここに居座った。そんな汚らわしい女には、これからきちんと償ってもらわなきゃね」
カミラお母様は歪んだ笑みを浮かべた。
「やった! 私ってすっごく運がいいわ。邪魔なお姉様が自滅してくれて、欲しいものが全部手に入る。これからは、ここが私の部屋よ! お父様も、ドレスも、宝石も、全部私のものなんだから」
リリアンはぴょんぴょん飛び跳ねる。
「そういうことで、今日から私のおもちゃになってね、ランカお姉様」
そこから、使用人以下の存在としてこき使われる日々が始まった。部屋は屋根裏部屋に移され、服もドレスから使用人のお古に。そして、朝から晩まで、掃除、洗濯、家畜の世話などの仕事を言いつけられる。
家族と一緒に食事をとること、出かけることなんて、もちろん許されない。家族の視界に入れば、仕事を言いつけられるか、侮蔑されるか、最悪暴力を振るわれるか。お父様も私を見放し、この家から完全に私の居場所はなくなった。
そして、貴族令嬢ランカ・リーデルは終わりを迎えたのだ。