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10/11

私はあなたの花嫁だから①

「お嬢様、私も参ります」


 屋敷を出た私を、ハンジ殿が追いかけてきた。


「嵐の気配がします。これを」


 そう言って、雨除けの外套が被せられる。見上げれば空には暗雲が立ち込めていて、いつもながら運が悪い。


「こっちです!」


 木々の茂る森に踏み込むと、私はハンジ殿を先導して走っていく。狩りと同じ。痕跡をたどって追いかければいい。あの人は森を歩きなれていないから、たくさんの痕跡を残してくれて——


「っつ!」


 下ばかり見ていたせいで、私は思い切り木の枝に頭をぶつけてうずくまる。


「お嬢様、落ち着いてください。このままでは遭難者が二人に増えてしまいます」


 そう言われ、自分が冷静じゃないことに気付く。私は今、途方もない怒りに突き動かされていた。先ほどの観察官と使用人たち。知らなかった。ここまでダレン様がひどい扱いを受けていることを。


「……初めてここに来た時、使用人たちに無視されて、笑われたんです。ずっとダレン様の言いつけだと思っていました。私のことが嫌いで、使用人に命じて嫌がらせをしているんだと」


 だけど、それは違った。屋敷の隅の小さな部屋は、ハンジ殿が精一杯整えてくれた部屋。メイドに何を入れられるか分からない食事は、わざわざ街にまで買いに行かせる。部屋の外に出るなというのは、私に危害を加えさせないため。私はずっと守られていたのだ。


「ダレン様がお嬢様を追い出したがったのは、あなたを巻き込みたくなかったからです。大罪人の花嫁に幸福な未来はない。ぼろぼろの屋敷で使用人に虐げられ、国中の憎しみを向けられる。そんな生活をさせたくなかった。そして、そうなった自分を見せたくなかったんです」


 ハンジ殿は私の手を取って立ち上がらせる。


「少し、ダレン・アークナイツの話をしましょうか」


 そして私たちは再び歩き出す。


「破滅する前のダレン様は、この世の栄華を極めていらっしゃいました。将来の国王と自分を呼ぶほど、それはそれは尊大で傲慢なお方でしたよ。我が物顔で王都を闊歩し、気に食わないことがあれば父上様の名前を出して威圧する。しかし、表立って非難する者は誰もいません。それほど絶大な権威と権力があったのです。


 それが終わったのは、クラウスの登場によってです。親密になる王女殿下とクラウス。そしてついに、王都の全貴族が集まるパーティー会場で二人は婚約を結びます。その際、ダレン様は今までの悪事を断罪され、婚約の内定を取り消されたのです。散々こけにされ、笑い者にされ。尊い神の子と育てられた方に、あのような屈辱は耐えられませんでした。


 屈辱はそれだけでは終わりません。そこから貴族たちはダレン様を見放し、クラウス陣営に回り始めました。腰巾着や取り巻きが少しずつ減り、今まで褒め称えていた者たちはそしり始め。ダレン様は失ったものを取り戻そうと必死でした。


 しかしそこで宮殿炎上事件が起こります。事件発生後、ダレン様の身柄は監獄塔に幽閉。塔には国民が押し寄せ、ダレン・アークナイツを殺せと騒ぎ出しました。朝から晩までずっと、殺せ、死ね、の叫び声。投石や放火も後を絶たちません。一睡たりともできなかったことでしょう。


 看守たちもここぞとばかりにダレン様をいたぶりました。尋問という名の虐待をされ、食事にはガラス片やネズミの死骸を混ぜられ。あれからです。あの方がものを召し上がらなくなったのは。


 そして命じられた王都追放。暴徒の追撃をかわし、命からがらここまで逃げ延びてきました。しかし、王政の雇ったメイドも護衛も、大罪人のために働こうとはしませんでした。食事も作らず掃除もせず、おまけに屋敷の金品をくすね、好き放題に振る舞う。この屋敷、いえ、この地上のどこにもダレン様を守ってくれる場所はないのです。


 ダレン様はいよいよ壊れてしまいました。庭に閉じこもり、完全に心を閉ざし。もはや再起は不能でしょう。それが悪役令息の末路です。


 今まで微笑みかけてきた運命の女神がいきなり牙をむく。周囲が一瞬で敵にまわり、自分を形作っていた全てを失った。その絶望は推し量れません。しかし、最も憐れむべきは、誰も同情する者がいないことです。ダレン様は愚かな悪人だから。悪人は罰を受けなければいけないから。だから、誰もがダレン様の不幸を、死を望んでいるんです」


 タイミングを見計らったみたいに、その時、ぽつり、ぽつり、と雨が降り始めた。


「ダレン様には言伝をいただいております。私が死んだら、即刻婚姻は破棄し、哀れな娘には自由を返してやれ。そして私の全財産を分け与えてやれ、と」


 ハンジ殿が足を止め、私を振り返る。


「お分かりですか、お嬢様。ダレン・アークナイツが死んだ場合、一番幸福になるのはあなたなんです。それでも彼を探しに行きますか?」


 ザアアッと一気に雨脚が強まる。冷たく降りしきる雨が私の身体を濡らしていく。

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― 新着の感想 ―
試すような言い方をしながらも、やっぱりやめますなんて言われないだろうと一縷の希望を持っているハンジさんが苦労人ですね。
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