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ランカ・リーデルはあきらめない①

 どうやら自分は運命とやらに嫌われているらしい。それが十七年生きてきた私の実感だ。


「ねえ、何これ? スープに虫が入ってたんだけど?」


 私が朝食をテーブルに並べ終えた後。席についていた妹のリリアンは、私の頭の上でスープ皿をひっくり返した。どろりとした熱い液体が額を伝い、首を伝い、胸元までを汚していく。


「申し訳ございません」


 熱さをぐっとこらえ、私は表情を動かさないまま、流れるように頭を下げる。


「朝からリリアンに嫌がらせかしら、ランカ。自分が不出来だからって、優秀な妹にあたるなんて、相変わらずあなたは恥というものを知らないようね」


 厳しい口調でなじるのは、リリアンの隣に座っているカミラお母様。


「申し訳ございません」


 私は再び頭を深く下げる。背後でメイドたちがくすくす笑う声がする。


「新しいスープを持って参ります」


 そう言って台所に向かった私は、ちょうど居間へ入ってきた人物と鉢合わせる。


「おはようございます、お父様」


 ノヴァク・リーデル。私の父であり、我が家——リーデル家の当主だ。


 お父様はじろりと私を一瞥し、その後テーブルについているリリアン、カミラお母様に視線をやる。そして、おおよその状況を理解したんだろう。


「汚いな」


 一言そう告げると、お父様はすっと隣を通り過ぎてテーブルに向かう。その声音には、娘への愛情なんてこれっぽっちも宿っていなかった。


「もう、お父様、遅いわ」


「ふふ、リリアンったら、お父様が来てから食べるって聞かないのよ。本当にお父様が大好きな子ねえ」


「すまないね、リリアン。私もお前が大好きだよ」


 先ほどと打って変わって、居間は温かい笑い声で満ち溢れる。仲睦まじい家族団らん。そこに私の居場所はない。これがリーデル家のいつもの朝の風景だ。


 そうだ。新しいスープを持ってくるんだった。


 立ち止まっていた私は、再び歩き出す。あのスープ、虫なんて入ってなかったのに。もったいないことをする。そう思いながら。


 リーデル男爵家は、フォンデルシア王国北部にある領地を治める小貴族である。そして私、ランカはその長女として生を受けた。


 私の両親はいわゆる政略結婚で、愛情がないことは子供心に察していた。それでも、お母様は私を目一杯愛してくれたし、お父様も娘として重んじてくれていた。当時の私は、そんな日々が当たり前だと、そう思い込んでいた。


 だけど、私が七歳の時、お母様は病に倒れてしまった。お母様を治してくださいと、何度神様に祈ったか分からない。だけど、私の祈りも虚しく、神様はお母様をこの世界から連れ去ってしまった。


 お母様がいなくなってから、私は毎日泣いて過ごしていた。そんな時だ。お父様が新しい家族を連れて来たのは。


 美しいカミラお母様。その娘で私より一つ年下、六歳のリリアン。


(お父様とおんなじ、きれいな金色の髪の毛……)


 リリアンを見た時、そう思ったことを覚えている。そう。リリアンはカミラお母様の連れ子なんかじゃなかった。正真正銘、お父様とカミラお母様の間の子供。私の異母妹。お父様はとっくの昔にお母様を裏切っていたのだ。


 二人がやってきてから、私の生活はまるで変わってしまった。


「返して! それ、私の!」


 リリアンに取られた人形を取り戻そうと、手を伸ばす。


「何をするの!」


 途端、思い切り怒鳴りつけられ、私はカミラお母様を凝視した。


「何の騒ぎだ?」


 現れたお父様。


「この子、リリアンをいじめるのよ。注意したら、私のこともにらみつけてきて。私、恐ろしくって……」


 カミラお母様は、よよ、とお父様にすがりついた。


「ランカ、いい加減にしなさい」


 ぴしゃりとそう言い放つと、お父様は私から無理やり人形を取り上げ、リリアンに与える。


「すまないね、カミラ、リリアン。ランカは気難しくて」


「しょうがないわよ。なんたってこの子供は、あの女の娘だもの」


 カミラお母様の恐ろしい目付きに、私は身体を震わせた。


 それからも、カミラお母様、そしてリリアンは、あからさまに私に敵意を持っていじめてきた。どうしてここまで嫌われるのか、当時の私は分からなかった。その理由を知ったのは、しばらくたってからのことだ。


 お父様とカミラお母様は、昔から愛し合う恋人同士だったらしい。それでも、家の決定としてお父様はお母様と結婚した。そのせいで、カミラお母様とリリアンは、今までお父様と一緒に暮らせなかった。そのことを恨みに思っているのだ。


 お父様は、二人ほど私を目の敵にしてはいなかった。だけどやっぱり、愛する女性、そしてその間の子であるリリアンの方がかわいかったんだろう。私の味方をしてくれることはなかった。


 家は確実に私の居づらい場所へと変貌していっていた。それでも、その頃の私はまだリーデル家の「娘」ではあった。私が全てを失ったのは、その後だ。

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