9心の限界
とりあえず、弟には彼が浮気をしているかもしれないことは伝わったので、良いアドバイスをもらえるだろう。しかし、そこであることが思い浮かぶ。そもそも彼と付き合い始めた理由だ。
「よく考えたら、ダイヤたちのせいだからね?私が彼と付き合い始めたのは。ダイヤたちが私の前でイチャイチャするから……」
今回の件は私も悪いが弟たちのせいでもある。弟たちが私の前でイチャイチャしなければ、私だってもっと条件の良い男性と付き合うことを考えたはずだ。彼らを見ていたら、一刻も早く、私も恋人を作らなければならないと、妙なプレッシャーを感じていたことは確かだ。
「別にイチャイチャなんてしてないよ。勝手に人のせいにしないでくれる?まあ、僕も浮気をするような相手と見抜けなかったのは落ち度ではあるね」
「誰だって浮気するなんて思って付き合わないから、それは仕方ないよ」
弟のせいにしているが、結局のところは自分で彼と付き合うと決めたのだ。電話越しに真面目に反省を始める弟に罪悪感がわいてくる。
「それじゃあ、姉さんの空いている日を教えてくれる?一度、姉さんと直接会って話したい。本当は今すぐにでも、家に乗り込みたいけど」
「そ、それはやめて」
しかし、しおらしい弟は一瞬だった。すぐに気持ちを切り替えたのか、明るい声で怖いことを言ってくる。
それにしても、弟と電話していると、高確率で恋人のアリアさんが私たちの電話に参戦してくるが、今日は会話にアリアさんが割り込んでこない。今日は家に弟しかいないのだろうか。
「そういえば、今日って、アリアさんは一緒じゃないの?」
「今日は友達と飲んでくるって連絡があったよ」
「そうなんだ」
「アリアがいないと不安?僕は男だけど、姉さんの力になれるはずだよ。そうだ!善は急げと言うだろう?今日、この後、会えたりするかな。本当は僕が姉さんの家に行きたいけど、それはまずいからね。代わりに姉さんがうちに来たらいいよ。ついでに泊まるっていうのはどう?うちで作戦会議しよう」
「いやいや、私は構わないけど、ダイヤはアリアさんと同棲しているでしょ。勝手に私を泊めて大丈夫なの?」
なんて自分勝手な弟だろうか。私の心配をしてくれているのはわかるが、一緒に住んでいるアリアさんの許可を得ないのはダメだ。
「別に平気だよ。そもそも、アリアは姉さんのファンだから、むしろサプライズで姉さんが僕らの家にいたら、泣いて喜ぶんじゃないかな」
「私のファン……」
「あれ、知らなかったの?まあいいや。だから、僕もアリアも姉さんの味方なわけ。明日は土曜日だから、姉さんは休みでしょう?荷物を持ってきて、僕の家に泊まりで決定だね。僕も仕事がないから、ちょうどいいし、アリアもそこまで帰るのが遅くならないだろうから」
矢継ぎ早に話す弟に困惑しつつも、私の味方になってくれる弟に感謝する。しかし、今日はもう夜も遅い。提案はありがたいが、明日以降に会う事にした方がよさそうだ。
「いきなりはさすがに……。明日、朝から会いに行く、でもい」
ガチャリ。
「帰ったぞ。夕飯はできているか?」
リビングの扉を開けて彼が私の前に現れた。電話に夢中で玄関のカギが開く音が聞こえなかった。
「ごめん。彼が帰ってきたみたい。また詳しいことは後で連絡する」
弟との会話は、彼の帰宅によって遮られる。私は慌てて弟との電話を切って彼と向き合う。
「おかえりなさい。今日は同僚の送別会じゃ」
「予定が変更になったんだよ。スマホに連絡を入れただろ?見てなかったのか」
「ご、ごめんなさい。今から夕食の準備を」
「もういい、外で食ってくるわ。誰との電話か知らないが、恋人のメッセージを見る暇はないのに、電話はできるんだな」
今日は夕食はいらないと言っていたではないか。それなのに突然、彼が帰ってきた。当然、夕食はいらないと言っていたので、彼の分の夕食は準備していない。電話だって、彼の帰りが遅いからかけていただけだ。帰ってくるとわかっていたら、電話はしていない。
「帰りは」
「……」
彼は家に帰ってきたかと思うと、そのまま家から出ていった。
ガチャリ。
鍵の閉める音がリビングにも聞こえた。リビングには私一人が残された。
毎回、こんな会話ばかりだ。たまに予期せず早く帰宅して、食事の準備がされていないと怒られ、帰りはと聞くと、無視される。
「もしもし、ダイヤ?今からあなたの家に行くから、よろしく」
「そうなの?なんかやばそうだったけど。わかった、布団とか準備しておくよ」
「ありがとう」
弟に再度、電話をかける。すぐに電話に出た弟に今から出かけることを伝える。弟は私に大丈夫とは聞かなかった。きっと、私の声の震えに気付いたのだろう。今、このまま一人でいたら、何をしでかすかわからない。
(いっそのこと、彼を追いかけて殺してしまおうか)
心が限界を迎えていた。
電話を切った私は、泊まるための衣服や化粧品を準備して、弟の家に向かうことにした。