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8マンガ的展開

『今日は会社の同僚の送別会があるから、夕食はいらない。帰りは遅くなる』


「今日も帰りが遅いのか。いったい、これで一緒に夕食を取らなくなって何日目だろう」


 スマホに届いた彼からの連絡を見て、ため息を吐く。


 彼と出会った最初のころを思い出すと、あまりにも私に対する態度が違い過ぎる。マッチングアプリで知り合い、付き合い始めて3か月で同棲を始めたが、同棲を断らなかったことを後悔している。


『お互いに仕事をしているから、家事は僕も頑張るよ』

『今日も手が込んだ料理ありがと。真珠さんは料理も掃除も完璧で自慢の恋人だよ』

『見た目も素敵なのに中身も家庭的で、僕にとって理想の女性だよ』


 同棲を初めて最初のころは、優しい言葉をたくさんかけられた。今となってはそれが懐かしい。どうしてこうなってしまったのか。


(これは絶対、私の他に『女』を作ったんだろうな)


 マンガなどの読みすぎかもしれないが、このような展開は女性マンガの典型である。彼の帰りが遅くなったり、休日も仕事と称して出掛けることが多くなったりした場合、ほとんどの場合、他に女ができたと言ってもいい。


 さて、この場合、私はどのような対処をしたら正解だろうか。もうすぐ、同棲を初めてから半年となる。最近は、私はただの一緒に住む同居人、悪く言えば家政婦化のような扱いになっている。


 幸いなことに、彼が夜遅くに帰ってきたり、朝帰りをしてきたりするおかげで、夜にそういった行為をすることがなくなった。好きでもない相手とする行為ほど空しいものはないので助かっている。


 もともと、寝室は別にしていたので、夜は快適に眠ることができている。いつ起きてもいつ寝ても誰にも文句を言われないので、その点もましかもしれない。


「これは完全に浮気、だと思うけど、証拠でも集める?だとしても、マンガみたいにうまくいくかな。それに、もし別れられたとして、私なんかに次の相手が見つかるかな」


 キッチンで一人分の食事の片づけをしながら、つい独り言が口からでてしまう。静かなキッチンに私の声が妙に大きな声で響き渡る。


 別れた後については特に心配はしていない。彼と同棲をしているが、仕事を辞めているわけではないので、金銭面に関しては問題ない。両親との仲も悪くないので、新しい家を借りるまでの間、実家で過ごすことも可能だろう。


 そもそも、別れる理由が理由なので、両親は私を快く実家に迎え入れてくれるはずだ。問題があるとしたら、弟たちの方だ。弟たちはきっと、私が彼と別れたら過剰なまでの心配をしてくるはずだ。


 とはいえ、心配されるのは悪い気分ではない。それだけ私のことを想ってくれているのだ。多少の煩わしさはあれど、彼と別れられるのなら我慢できる。


 そうと決まれば、どうやって浮気の証拠を集めるべきか。そして、その証拠をどうやって相手に突きつけて別れ話に持ち込むか。



「もしもし、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」


 考えてもわからない。マンガを参考にするという手はあるが、あれはフィクションであり、現実のものではない。こういうのは、誰かに相談することが大切だ。自分一人で悩んでいても仕方ない。ちなみにコミュ障の私に気軽にプライベートの悩み事を話せる親友などいない。食事の片づけを終えて自室に戻り、ベッドに腰掛けてスマホで電話をかける。


 必然的に相談相手は限られてくる。


「どうしたの?なんか、声が沈んでいるみたいだけど、もしかして彼と何かあった?もしそうだとしたら、彼をぶっころ」


「そんな物騒なこと言わないで、ダイヤ」


「でも、何かあったのは確かでしょ?姉さんの方から僕に電話してくるなんて、珍しいから」


 弟のダイヤはすぐに電話に出た。そして、私の沈んだ声にすぐに反応して、彼とのことかと探りを入れてきた。勘の鋭い弟に感心してしまう。しかし、物騒な発言はやめて欲しい。


「ええとね、その、彼が最近、帰りが遅いから心配になって。それで……」


「それは絶対、浮気だね。姉さんというものがありながら、やっぱりぶっころ」


「で、でも、まだ証拠があるわけじゃあ」


「はあ、姉さんもわかってるくせに。浮気の証拠をこれから集めるつもりなんでしょ。それで、どうやったら相手に効果的に別れを伝えられるか考えている」


 弟は私が相談内容を伝える前に勝手に内容を理解して話を進めていく。弟はまるで私の心を読んだかのような話し方をする。私にとっては多少のシスコンが気になるが、最高に頼りになる相手だ。私には思いつかないような良い別れ方を授けてくれるはずだ。



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