5典型的な男
店には予約30分前に着いたが、すでに夕方で店は開いていたので中で待たせてもらうことにした。店内は夕食時でかなりの人で賑わっていた。
今日の水族館でのことやショッピングのことで話が盛り上がっていたら、あっという間に予約時間がやってきた。店員が私たちの前にやってきて、席に案内してくれる。
彼が予約してくれたのは、最近開店したばかりのイタリアンの店だった。自社で作った生地を店内で窯焼きしたビザ、もちもちの生パスタが人気を集めているらしい。
「ここの店、一度来たいと思っていたんですよ。最近オープンしたばかりで人気みたいで、どんな料理か食べてみたくて」
「そうなんですね。すいません、私、そういうのに疎くて」
「いえいえ、気にしないでください。僕がこういう店を調べるのは好きだから問題ありません。すみません、これとこれ、あとこれとこれもお願いします」
彼は席に着くと、私の意見も聞かずに店員に料理を注文した。どうやら、彼は私の意見を聞く、ということはしないらしい。買い物の時にも思ったが、かなり自分勝手な男のようだ。もし、私にアレルギーや苦手な食べ物があったらどうするつもりだろうか。アレルギーだったら、出された料理を食べることができない。料理が一人分無駄になってしまう可能性がある。
「あの、頼んでくれるのはありがたいですけど、私の意見は」
「ああ、すみません。何か苦手な物とかありました?でも、頼んだメニューはどれも店の人気メニューでして、きっと真珠さんのお口にも合うと思いますよ」
「だから、私の意見を」
ブーッ、ブーッ。
私の言葉はスマホのバイブ音によって遮られる。自分のスマホをカバンから出して確認すると、音の出所は私のスマホだった。
「すみません。弟からでした。こんな時に電話なんて」
「出ても構いませんよ」
「いえ、後でかけなおすので大丈夫です」
弟には私が今日、彼とデートすることは話している。それなのに、なぜ夕食時のこのタイミングで電話をかけてくるのだろうか。気になるが、今はデートに集中したい。例え、今日で終わりになる関係だとしても、しっかりとけじめをつけて次に進みたい。
「そうですか。弟さんはお姉さん思いなんですね」
「そう、かもしれません。お見苦しいところをお見せしてすみません」
「姉弟仲がいいのはよいことですよ」
彼には弟がいることは話しているが、弟がモデルであることは伝えていない。伝える必要を感じなかったからだ。
「お待たせしました。マルゲリータピザ、シーフードピザ、濃厚トマトパスタ、明太子のクリームパスタになります」
話していたら、注文した料理が運ばれてきた。店員がテーブルの上に料理を並べていく。彼がメニュー表を指しながら注文していたので、注文した料理が何かわからないままだった。届いた料理を見てげんなりする。
「あの、私、明太子は苦手で」
「どうして?あの粒粒感がたまらなくおいしいですよね?」
「葛谷さんがお好きなら、そちらはおひとりで食べてもらって結構です」
「そういうわけにはいきません。こういう料理は二人で分けて食べるのがセオリーでしょう?そちらのお皿を取ってもらえますか?」
どうして、こんなにも他人の意見を聞かないのだろうか。いや、店員の話は多少、聞いていたので、私の話し限定で聞く気がないのだ。とはいえ、苦手なものは苦手なので、分けてもらっても食べたくはない。店には申し訳ないが、残すほかないだろう。
彼にお皿を要求されたので、私の近くにあった皿を渡そうとしたが、途中でその手が止まる。もし、料理の取り分けを私がやってしまったら、食べきれないかもしれない。私はどちらかというと小食なので、料理を半分に分けられたら、全部を食べきれない。
「私が分けてもいいですか?こういう作業、結構得意なんですよ」
「それなら、お願いしてもいいですか?」
珍しく、私の意見が通ったので軽く驚く。しかし、よく考えたらそれもそのはず。こういう取り分けの作業は、偏見になってしまうが、どちらかと言うと女性がするというイメージがあるからだ。彼はきっと、そのイメージがあるので、私が取り分けると言ったら、素直にお願いしてきたのだろう。
「典型的な男性優位の考えですね」
「何か言いました?」
つい、本音が口から出てしまう。彼は古いタイプの人間だった。ただそれだけのことだ。幸い、彼は私のつぶやきをしっかりとは聞いていない。私は営業用の笑顔でごまかし、料理の取り分けを進めていく。
『いただきます』
取り分けを終えると、手を合わせて挨拶する。彼にも一応、その辺りの常識はあるようだ。私たちはその後、無言で料理を食べ始めた。