13紹介したい男(助っ人)
電話を終えたアリアさんが私たちの元に戻ってきた。
「本来なら、傷心中のお姉さんには傷を癒す時間が必要なんだけど、よく言うじゃないですか。男によってつけられた傷は男でしか癒せないって。丁度身近に優良物件な男がいたんで、お姉さんにご紹介することにしました」
「アリア、もしかして、あいつを呼んだのか?」
「別に私の勝手でしょう?それにダイヤだって知ってるでしょ。彼がとても良い人で、彼女募集中なの」
「知ってるけど……。ううう、あいつだけは嫌なのに。俺よりもハイスペックで欠点がないってありえない……。でも、あいつなら、姉さんを頼めるのか。いやいやいや、でも」
「あの、いったい、誰を呼んだんですか?ダイヤとアリアさんの知り合い、ですよね?」
アリアさんがまたソファの私の隣に腰を下ろす。彼女に私に紹介したい男性がいるとは驚きだ。しかし、彼氏がいない時なら喜んでその相手と会っていたかもしれないが、今はとてもそんな気分ではない。その紹介相手は私が浮気されていることを知っている。浮気されるような相手を紹介されても、相手は困惑するだけだろう。
「まあ、知り合いっていうか、僕の同僚だね。つまり、僕と同じくらいの超人気モデル」
「超、人気モデル……」
ダイヤがさらりと助っ人の情報をくれたが、事前に聞かなかった方が良い内容だった。弟のダイヤだってかなりの人気モデルだ。弟が映った街頭広告にはたくさんの人で賑わうほどだ。そんな人気の弟と同等の人気モデル。そんな相手をアリアさんは私に紹介しようとしている。これは由々しき事態だ。
「あれ、もしかして、あいつじゃ不満?確かに、姉さんほどの女性なら、もっと上を狙えるかもしれないけど。今はあいつで我慢して」
「そ、そういうわけじゃあ」
私の困惑した表情を見て、ダイヤがあらぬ誤解をしている。そもそも、私に超人気モデルを紹介する方がどうかしている。それを不満だと受け取られるとは、弟は私を過大評価し過ぎだ。
「ていうか、あいつを紹介しなくても、今回は僕たちだけで何とかなりそうだろ?なんでわざわざ」
「だって、そうでもしないと、ダイヤは、別れた後のお姉さんに対して、【僕が姉さんを養うから、先に心の傷を癒してよ】とか言いそうだもの。それは私も大賛成だけど、それじゃあ、お姉さんが納得しないでしょ」
「確かに、クズとの家は引き払ったら、住む場所に困るし、傷心中の姉さんに無理に仕事はさせられないから……。アリア、良いアイデアをありがとう」
二人は私を何だと思っているのか。恋人と別れて同棲を解消したくらいで、仕事に手を付けられなくなる、心の弱い人間だと思っているのか。だとしたら、心外である。
「ダイヤ、アリアさん、その話だけど、私は彼に浮気されたくらいで仕事ができないほど傷つくわけじゃあ」
【許せないから】
「だって、そうだろう?僕の自慢の姉さんというものがありながら、他の女に目移りする最低な男だよ。そんな男と別れた後は、僕がたっぷり癒してあげなくちゃいけないでしょう?アリアだっているし、それの何がいけないの?そうだ。あいつと恋人のふりをしてクズの前に出るっていうのはどうだ?クズの悔しがる表情が見ものだな」
「ダイヤの言う通り、クズに対しての見せしめとしてあいつを使うのはアリ」
二人が不穏な会話をしている。そして、またもや低い声で二人の声はハモリを見せた。心配してくれるのはありがたいが、もしかしたら彼らに相談したのは間違いだったかもしれない。彼には痛い目を見て欲しいが、彼らに任せたらやばい気がする。
「あの、そこまでしてもらわなくても、穏便に別れることができたら、私はそれで……」
ピンポーン。
「はーい。私が出るね」
話しをしていたら、インターホンが鳴る。アリアさんがインターホン画面で対応する。この時間に来客だとしたら、一人しか思いつかない。
「意外と早かったじゃない?どうぞ、上がってきていいわよ」
「来たか。姉さん、あいつなら、僕は姉さんを任せられる。姉さんもあいつを信じて大丈夫。僕たちの味方だよ」
「そ、そうなんだね」
味方だと言われて、はいそうですかと納得できる相手ではない。相手は超人気モデルなので、会うだけで緊張してしまう。
「それにしてもアリア、よくあいつを呼び出せたな?あいつの弱みでも握っているのか?」
「違うよ。私に借りがあるだけ。とはいっても、幼馴染だから、気軽に誘って相手もそれに応えているだけって感じかな。あとは、ダイヤの料理が好きだから」
「意味わからん」
やはり先ほどアリアさんが呼び出していた人物が来たらしい。いったい、誰を連れてくるのだろうか。弟もモデルで家事も出来て、姉思いのハイスペック人間だが、それと同等の人間。
(もういっそ、開き直ってしまおうか)
どうせ、彼とは別れることになる。助っ人と言うくらいなので、私と彼が別れるために彼を利用しても、バチが当たらないのではないか。
そんなことを考えていると、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。いつの間にかアリアさんがいないので、玄関で出迎えているのだろう。
「姉さん、本当の良い男ってものをあいつから感じるといい」
ふと視線を感じて振り向くと、真剣な表情の弟の姿があった。