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11私の味方

 リビングに案内された私は、ソファに座るように言われて腰を下ろす。今までの疲れがどっときて、思わず背もたれにだらしなく寄りかかってしまう。


「お疲れだね。まあ、当然か。一般の会社員は、金曜日で仕事だったんだから」


「ご、ごめんね。ダイヤも仕事だったんでしょ」


「姉さんのためなら、仕事の疲れなんて気にしていられないよ。ほら、温かいお茶、夜だからルイボスティーにしておいたよ」


 弟のダイヤが温かいお茶を淹れてくれた。寒い外から温かい部屋にやってきても、やはり身体は冷え切っていたようだ。カップを両手に持ってありがたくいただく。のどを通ったお茶は全身に染みわたり、身体の芯から温まる感じがした。


「今日は泊まるってことでいいんだよね?部屋は、アリアの部屋にする?僕と一緒でもいいけど、それはさすがにまずいよね」


「そ、そうだね。で、でもアリアさんは、私なんかと一緒でいいのかな?」


「それなら大丈夫だって。むしろ、一緒に寝られるなんて聞いたら、大喜びするから」


 ガチャリ。


 今夜の私の寝る場所の確認をしていたら、玄関のドアが開く音が聞こえた。弟の恋人、アリアさんが帰ってきたのだろう。弟と二人で暮らしている家に、姉の私が割り込んでしまった。せっかくの二人きりの時間が私のせいで減ってしまう。そのことが今更だが申し訳なく思い、慌ててあいさつに出ようと席を立ったら、弟に腕を掴まれた。


「そんなに自分を責めなくていいよ。僕も彼女も姉さんの役に立ちたいと思っているんだから。それに」


 弟は言葉を途中で止めて、玄関に伸びる廊下に視線を向ける。つられて私も視線を向けるが、リビングと廊下を隔てるドアしか見えない。足音がだんだんと大きくなる。


「ただいま。ダイヤ、疲れたから、私、先にお風呂入ってもい」


 ドアを開けて、廊下からアリアさんが現れた。彼女と目が合って軽く会釈したが、私と視線が合ったとたん、彼女は目をまん丸にして驚き、動きが一時停止した。ダイヤへの挨拶も、途中で不自然に止まってしまった。


「ちょ、ちょちょちょちょ、ま、待て待て待て。だ、ダイヤ、ちょっとこっちに来てくれる?」


「紹介するまでもないだろ。僕の姉さんだよ」


「いいから!」


 アリアさんは急に動き出したかと思うと、弟の腕をつかみ、リビングから廊下に移動してしまった。リビングに残された私は、どうすることも出来ず、その場に立ち尽くす。


 私を見た瞬間の驚いた表情が頭から離れない。まさか、弟はアリアさんに私のことを話さず、勝手に家に呼んだのではないだろうか。


「ど、どうしよう。そうだとしたら、泊まるのは無理かも」


 今から彼の家に帰るのは嫌すぎる。スマホで近くのビジネスホテルを調べてそこに泊まった方がいいかもしれない。


 ガチャリ。


「姉さん。急に一人にしてごめん。アリアが僕に事情を話せって聞かなくてさ」


「と、突然、お姉さんを家に呼ぶからでしょう?私にだって準備と言うものが」


 弟とアリアさんがリビングに戻ってきた。アリアさんの焦った顔を見て、今日、この家に泊まるのは無理そうだと判断する。だとしたら、急いで家を出て今夜の宿を探さなくてはならない。言い訳がましいが、家を出る前に謝るしかないだろう。


「ご、ごめんなさい。私が悪いんです。私が弟に連絡して、勝手に家に」


「姉さん、謝る必要ないって。大丈夫だって、こいつ、ただ姉さんに会えて気が動転しているだけだから。ほら、どう考えても、迷惑そうには見えないだろ?」


「ほ、本当、に?」


 改めて彼女のことを確認するが、確かに私を見つめる表情に迷惑だとか、嫌悪感などの負の感情は読み取れない。しかし、頬が紅潮して真っ赤になっている。怒っている可能性も捨てきれない。しかし、アリアさんの次の言葉でその可能性はなくなった。


「し、真珠、さん、ですよね。ええと、エエト、あああああ、こんなことなら、駅のトイレで化粧を直してくるんだった。いや、その前にこの服はアウトだわ。ちょ、ちょっと、待っていてくださいね。ダイヤ、ちゃんとお姉さんをおもてなししなさいよ。家にある食材なんでも使っていいから、最高のおもてなしをするのよ!いや、今の時刻を考えたら、食事は逆に身体に悪いか。お姉さんがご満足なさるようなこと……」


 アリアさんは早口で話し始めた。どうやら、私は彼女に歓迎されているようだ。顔が赤いのは、私に会えて嬉しくて興奮しているからだと思っていいだろう。


「ダイヤ、き、着替えてくるから、く、れぐれもお姉さんに、私について、変なこと言わないでよ」


「変なことって何だよ。早く着替えてこい」


 アリアさんが自分の部屋に向かっていく。弟に目線を向けると、やれやれと両手をあげて首を振っていた。


「前にも言ったかもしれないけど、アリアは姉さんのファンなんだ。ちょっと過剰なくらいのファンかもしれないけど、いいやつだよ。だから、そんなにかしこまらなくても大丈夫だし、今回の浮気の件も力になってくれる」


「そ、そうなんだ。じゃあ、今日は本当にダイヤの家に泊まってもいいんだね」


 ビジネスホテルの予約は不要になった。


「だから、何度も大丈夫だって言ってるだろ?ちなみにアリアは僕の顔も好きみたいだけど、一番好きなのは姉さんだって。姉さんがモデルを辞めたこと、かなり悲しんでいたよ」


「はあ」


 弟が突然、アリアさんについて語りだす。そんなことを言われても、素直に受け止めることはできない。確かに顔やスタイルだけ見れば、私と弟はよく似ている。しかし、内面からにじみ出る自信が弟と私では全く違う。そもそも、私がモデルをやっていたのはかなり前だ。モデルを辞めた私を今でもファンだというのは信じられない。


「でも、あの店員さんも私のファンだって言っていたし……」


 もしかしたら、私のファンが今でも私を好きでいてくれるのかもしれない。そうだとしたら、とても嬉しい。しかし、弟の顔より私の方が好きだとは物好きな人もいたものだ。


「とりあえず、アリアが戻ってきたら、さっそく作戦会議をしよう」


 とはいえ、作戦会議なんて本当はいらないけど。僕とアリアがあいつをぶっ潰せば問題ないし。


 何やら、最後につぶやかれた言葉は物騒だったが、弟たちに任されれば安心だろう。私を心配してくれる彼らに相談できて良かったと心の底から思うのだった。

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