第一章:銀木犀の夢
【人統暦429年】
国の命令で戦争に向かった。
一年前僕は最愛の人と結ばれた。 貴族制や政略結婚などがまだ残るこの<ゲステア>の世の中で自由結婚を勝ち取り、幸せの日々に浸っていた。
そんな夢のような日々など、あっけなく崩れる。
戦争に行け。と通達が来た。 その通知を見て、妻は酷く悲しいんだ。「なんで…うぅ…行かないでよ……」彼女は僕に縋り付きながら泣いた。
「ごめん。僕がもっと上の立場になれたら…」縋り泣かれてしまったら僕だって耐えられない。
「ううん。仕方ないよ……あなたは私たちのために、すごく頑張ってくれたんだから…」「すまない。」俯き言う。『僕が君を幸せにする。だから、泣かないで。僕がもう君を悲しませない。』「…え?」涙を浮かべ彼女は僕の顔を見る。
「ごめん。プロポーズの時に言ったのに守れなかった。」「仕方ないよ……だからね…わ、私…!この子と待ってるから…この子が…いるから…大丈夫…だよ…」彼女は自分のお腹をさすり、涙を流す。
ドクンッと心の底で「悲しみ、苦しみ、後悔」様々な想いが強く脈打つ。 両手は力を籠め過ぎて震える。
悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。あぁ胸が張り裂けそうだ。
「…待っててくれ…。」僕は、最後に華奢な体の彼女を強く抱きしめ、唇を重ねた。 こんなにしょっぱい口づけを二度も体験するなんて予想もしなかった。
「えっへへ……涙でしょっぱいね……」「あぁ…。君にプロポーズして口づけしたときと同じだね…」 涙を浮かべながらも、必死に笑顔で取り繕ってくれる君は…今の僕にとっては身悶えするほどの毒であった。
僕は準男爵という一番下の階級だった。 そんな僕に勿論戦争への拒否権なんてものは無かった。
徴兵時の戦闘での技術が評価されたのか、一般兵とは違い精鋭部隊に配属された。 平民とは違い、ある程度戦争で功績を残した家系の奴らが居る所にだ。 それを言われたとき虫唾が走った。
なぜかって? 理由は簡単さ。 貴族と言っても、僕は元は平民。 軍内では当たり前のように平民への差別が存在した。 だから、他の人よりも倍の重労働を押し付けられた。 僕はこんな世の中を変えたいと思った。
<ゲステア>とは大小の様々な国が11ヵ国集まってできた連合国だ。 そして、戦場は<ゲステア>第二小国<ククアルフ島>である。
敵国は最初に<ゲステア>第一島国<シュガリア>を攻め落とそうとしていた。 しかし、予想以上の守備力であったため敵は狙いを変え<ククアルフ島>に攻め込んだ。
第一島国は<聖ルミナス>の侵略に対抗できたが、この島は対抗できなかった。
連合国のお偉いさん方は自分の身の安全のためだけに、第一島国に戦力を集中させた結果である。
バカバカしい。
そして、この島は半径550kmでその中央都市<クルア>に敵国が占拠してる。
戦地の<ククアルフ島>に着いてからは、重労働による寝れない日が何日も続いた。 狂って吐きそうだ。
だが、今夜はちゃんと眠ることができる。 明日は<クルア>の奪還戦。上の者も僕らの体力を回復させることを優先したらしい。 よかった。そこまで馬鹿じゃなくて。そう思いながら、僕はテントに行き布団に入った。
光が瞼の裏まで届く。僕はその光で目を覚ました。
「ん…?」僕は目を擦りながら体を起こした。今は朝じゃないはずなのに。 僕は疲れの残った体を無理やり立たせテントの外へ出た。 僕は外に出た瞬間。見えた光で体が硬直した。
誰しもこの光を目にしたら冷や汗が出るだろう。 何故かって?それは…僕が目にした光は太陽でも月でもない絶望が放つ輝きだから。
遠方には都市が見える。
その絶望は紅くゆらゆらと煌めきながら、都市全体を照らし堕ちていく。 人々が逃げ出す。
その都市の人々を百鬼夜行の妖怪としたら…百鬼夜行の最後。太陽から逃げる妖怪のようだ。
太陽。それは陽光の下生きる。生きとし生けるモノにとって祝福の輝き。 神に例えるなら慈愛に満ちたヘスティアー様だな。 でも、この輝きは違う。神にしたら…どっかの悪神だろうか?
「隊長報告があります。」後ろから声が響き僕は振り向く。 後方には緊急用のテントが複数展開されていた。その中にある一際大きいテント。 そのテントは中のランプの光で外からでも様子が見える。 中にはたくさんのコンピューターなどが設置してある。 それを見て僕は科学は進歩するクセに人は進歩しないのだと思った。
「先程の攻撃により…第一陣の都市の奪還に向かった精鋭・通常部隊が全滅です。<ミドラス>の少数精鋭第零部隊と残りの部隊は派遣されていないので被害はありません。」
「あぁ…そーか」低い声が響く「いくらこちら側の戦力を潰したいからと…都市に居る自国の兵と捕虜までも犠牲にするなど…狂ってる…クソッ!」隊長の怒りのこもった声と机を叩く音が響く。「隊長大変ですよ!一度本国に連絡を…!」一人の隊員が無線を手に取り繋げた。
「馬鹿者!今すぐ無線を切らんか!」途端、隊長が大声を上げた。「無線を使えば敵国にマークされる…」無線を手に取った隊員が顔を真っ青にした。「あぁ…申し訳ございません!」すごい勢いで額を床に付けている様子が見えた。
すると、隊長がテントから出てきて大声で言った。 「みなよく聞け!撤収だ!眠っている者は叩き起こせ!至急本国に帰還するぞ!」
僕も急ぎで武器の片づけをすることにした。疲れているはずなのになぜか体がテキパキ動く。 理由は簡単。都市が危機だというのに「妻に早く会えるのでは?」と思い気合が入ったからだ。
ふと気付いた。周りが少し明るくなってることに。
「おかしいな、まだ夜明けじゃないはずなのに…変…いや、片付けしてるからそのランプの光漏れか…」僕はそう思った。
ガチャンッ!横で木箱らしきものが壊れる音が聞こえた。
僕は振り向いた。木箱が壊れ、中に入っていた銃弾が散乱しているのが目に入った。 ある隊員が手にしていた箱を落としていたのだ。 僕はその隊員になにをしてるんだと言いに近づいた。 しかし、その隊員は動かない。 弾を拾おうともしない。 ただ硬直していた。
そして、そいつの体はなぜか震えていたのだ。「おい、お前なにやってんだ。大丈…」僕は不意に上をみた。 いや、見てしまった…目に入ったのは夜空に輝く星なんかじゃない。
絶望だ。
ただ人々の命を奪うために作られた物。 その場にある生命を全てを殺す兵器。 それが僕らの居る場所に落ちてくる。
僕もその隊員と同じように硬直し思う。「はは…ここだけの為に2発目を放つとはな…」僕は涙を浮かべ彼女の写真を握り締めて言った。「ごめん。ーー約束…守れそうにないや。ほんと、僕は、最低だな。」体が燃え出す。「あーあ、ほんとッ、悔しいなぁ。あっ、はは…」
「子の顔くらい見たかったな。」 そして僕は…いや、僕らは絶望と共に光に包まれ…瞼を閉じ、消失した。