★暗闇★響side
『あなたの大切な人達の身のまわりに気をつけて』
転校生に突然耳打ちされた言葉。
初めはただの脅しだと思った。
だけどその日、ボロボロになって家に帰ってきた一樹を見て蒼白した。
「一樹!?どうしたの!?」
母さんが小さな悲鳴をあげて一樹にかけよる。
だけどオレはその場を動けなかった。
転校生に言われた言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
オレの…せいだ…
オレのせいで………!!
オレは一樹が部屋に戻ったのを確認してから一樹の部屋に言った。
何度も一樹に謝ると、一樹は怪訝そうにオレを見た。
「はぁ?なんで兄ちゃんが謝るんだよ?もしかして兄ちゃんがけしかけたの?」
オレはとりあえず、今日あったことを一樹に話した。
転校生に突然告白されて、断ったら脅された、と……
そしてそのことを詩織に言わないようにと念を押して頼んだ。
告白されたなんて、詩織にあんまり知られたくない。
オレは部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
そしてふと気がつく。
大切な…人…??
オレにとっての大切な人って…
そりゃ、一樹もそれなりに大切だけど…
一番大切な奴って…
……しお…り…??
それじゃ、次は……
「次は…詩織だ…」
頭が真っ白になった。
どうしよう…
もし詩織が一樹みたいなことになったら…
いや、もしそれ以上の目に遭ってしまったら…
ぎゅっと強く拳を握りしめる。
いや…
そんなことはオレが絶対にさせない。
詩織は、オレが必ず守る。
次の日の朝。
偶然校門の前で詩織に会った。
詩織は一樹を見て絶句した。
一樹は昨日の夜約束したとおりごまかしてくれた。
「一樹クン…昨日何があったんですか??」
一樹が先に学校に入ってから詩織に尋ねられる。
すごく心配そうな顔。
オレはなんとか笑顔を作って答えた。
「ん…ちょっとな…」
詩織はさらに追及してきたが、オレは曖昧に答える。
すると、詩織は少しうつむいた。
「響くん…どうして私には教えてくれないんですか…??そんなに、私って信用ないですか?」
悲しそうな声。
その声に少し胸がしめつけられた。
ごめん、詩織……
だけど……
「違う…けど、言えないんだ」
おまえに余計な心配はかけたくない。
悲しそうにうつむく詩織を見て、オレは思わず詩織を抱きしめた。
「ひ、響くん…??」
驚いたような声。
そんな詩織を強く抱きしめる。
絶対に…
おまえだけは傷つけさせない。
「…大丈夫だ。おまえは…オレが守るから」
オレは詩織の耳元で自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
絶対に…
絶対に守ってみせる。
そう心に強く誓った。
誓った…はずなのに……
オレには詩織を守ることなんてできなかった。
オレは結局詩織を傷つけただけ。
その日の帰り道。
工事現場の木材が詩織に倒れ掛かってきた時。
その時はなんとか間一髪で詩織はケガをせずに済んだ。
だけどそれがあの転校生のせいだと分かった時…
怖くなった。
今度はもう助けられないかもしれない。
詩織が大ケガをするかもしれない。
もしオレのせいでそんなことになったら…
もしオレのせいで詩織に一生消えないような傷ができたとしたら……
そうなったとしたら、オレは耐えられるのか??
…いや。
たえられないに決まっている。
結局オレは自分が傷つくのが怖かった。
だから転校生に詩織と別れれば何もしないでやると言われた時、ためらわずにそうしたんだ。
心の中で、必死にこれは詩織のためなんだと自分に言い聞かせながら。
オレは詩織をふったあと、授業にはでずに屋上に向かった。
そこでぼんやりと空を見上げる。
屋上…か。
詩織とよく同じ時間を過ごした場所……
もう、ここで詩織と同じ時間を過ごすことなんてできない。
目から涙が次々にあふれて頬を伝った。
それを隠すようにうつむく。
「ごめん…ごめん…詩織…」
何度謝っても、その言葉は詩織に届くことなく消えていく。
オレ、最悪だ。
別に詩織と別れなくても、オレがずっと詩織を守っていればいいだけなのに…
オレに自信がなかったから…
目の前で詩織が傷つくところを見るのが怖かったから……
結局自分で詩織を傷つけたんだ…
「滝沢クン」
突然背後で名前を呼ばれた。
驚いて振り返る。
「…おまえか」
そこには転校生が微笑を浮かべて立っていた。
「彼女とちゃんと別れてきたの?」
「…ああ。これで、いいんだろ…」
おまえの告白をオレが断ったことの復讐がしたかったんなら、十分にできたはずだ。
だから…
もう、いいだろ??
「大丈夫。私がちゃぁんと愛してあげますわ」
転校生はそっとオレの頬に触れて言った。
「…やめろ」
オレはその手を払いのける。
詩織以外の女に…
触れられたくなんかない。
転校生はオレを見てくっと笑った。
「そんな態度もおもしろいけど…あの子が心配ならおとなしくしていてね」
「……!!」
それを聞いて体がピタリと固まる。
まだ…
まだ詩織を傷つけようとする気なのか…!?
「おまえ…最低だな」
オレが転校生を睨んで言うと、転校生は微笑んだ。
「ありがとう」
そして何かを唇にぬると突然オレにキスした。
驚いて、目を大きく見開く。
突き飛ばそうと思ったが、詩織のことを思い出してぐっとこらえた。
「いい?私の言うことを聞かなくちゃあの子の安全は保障できませんわよ?」
転校生は唇を離してじっとオレを見て言った。
「おまえ、なんでそこまで……!?」
突然強い眠気に襲われた。
…なんだよ、これ。
瞼が重い…
オレは強い眠気に勝てずに目を閉じた。
目が覚めると、オレは真っ暗な部屋にいた。
ここは…??
てか、オレさっきまで屋上にいなかったか…??
「目が覚めた??」
目の前で声が聞こえた。
「おまえ…」
「私ですわよ。桜井千里ですわ」
だんだんと目がなれてきて、桜井の顔がぼんやりとうかんでくる。
こいつがオレをここに連れてきたのか…
「…ここ、どこだ?」
「私の家です」
…??
桜井の家…??
なんでオレをそんな所に…??
「あなたは今日からずっとここにいるんです。学校にも家にも帰らせませんわ。ここでずっと私の相手をするんですわよ」
「はぁ…??」
オレはあきれて桜井を見た。
なんだそれ?
ふざけるにも程があるだろ…
大体そんなことできるわけがない。
監禁なんて犯罪になるんじゃねぇの??
「今、そんなことできるわけないって思ったでしょう?」
桜井はにっと笑った。
「それが私にはできるんですわよ。知ってます?私のお父様の力はすごいんですの」
「……!!」
…そういえば、たしかこいつは財閥のお嬢様かなんかだったよな。
なんでそんなお嬢様がこんな奴なんだよ…!!
オレは本当にこんなとこにずっと閉じ込められるのかと思うと、ぞっとした。
嫌だ…
こんな小さくて明かりも窓から入ってくる明かりしかない部屋にずっといるなんて無理だ…!!
オレは今すぐ桜井を思い切り殴って逃げ出したかった。
だけど…
もしオレが今そんなことしたら…
詩織に何かあるかもしれない…
オレはなすすべなく、桜井を強く睨んだ。
桜井はおびえるどころか、にっこりとほほ笑む。
「大丈夫。ご飯とかはちゃんと持ってきますから。それではね」
桜井は一言そう言って部屋をでた。
カチャッと鍵が閉まる音がする。
鍵…閉められた…??
オレは立ち上がり、ドアにかけよった。
そしてドアノブを何度もまわす。
だけど扉は開かない。
「くそ…っ!!」
オレは強く扉を叩きつけた。
そしてその場に座り込む。
なんで…
なんでこんなことになるんだよ…!?
オレ、何かしたか??
普通に彼女いたから付き合えないって言っただけじゃねぇか!!
わけわかんねぇし!!
「…詩織」
オレはぽつりとつぶやいた。
おまえは…
オレが学校にも、家にも帰らなかったら、心配するんだろな…
きっとおまえのことだから、オレと別れていてもオレのためになんとかしようとしてくれるんだと思う。
だけど…
もう、オレなんて忘れて欲しい。
どうやらオレがはむかおうとしたらおまえに危害が加わるらしいんだ。
そうなるくらいなら、オレなんてもうどうなったっていい。
オレは自分が傷つくのが怖くておまえを傷つけたんだ…
オレはそんな嫌な奴なんだ…
だからこんな嫌な奴のことなんて早く忘れた方がいい。
そんなオレの願いはどうやら届いたようだ。
その2日後、
桜井に詩織が一樹と付き合っているということを知らされた。
よりによって一樹か…
まぁオレが一樹じゃダメだとか言う資格なんかないけど…
あいつは他の女とも仲良くするとはずだ。
そんなんで詩織が嫌な気持ちにならないだろうか…??
オレなら絶対に詩織以外とは絶対に話しもしないだろうけど…
そんな風に比較して、すぐに首をふる。
いや、なんで自分と比較しようとするんだよ。
詩織はオレなんかよりも一樹といた方がずっといいに決まっている。
そうだ。
詩織はオレを忘れて一樹を好きになったんだ。
それでいいじゃないか。
頭ではそう納得するのに、心では納得なんてできなかった。
胸がきりきりと強くしめつけられる。
桜井はそんなオレの反応を見て満足したのか、にっと笑ってオレにキスしてきた。
オレはただぼんやりとされるがままになる。
もうどうだっていいんだ。
オレに意志なんて必要ないんだ。
ただぼんやりと桜井にされるがままになっていればいいだけ。
そうしておけば…
少なくとも、詩織が傷つくことはないんだ……
そんな風にぼんやりとしているうちに、1日、また1日と日が過ぎていく。
朝、晩にはちゃんと桜井が飯を持ってくるし、窓からの光が変わるから時間の流れは大体分かる。
そんな生活が何日続いたのだろう??
ある日、いつものようにぼんやりと窓の外の景色を見ている時にふいに思いついた。
そうだ。
あの窓から外に出られるんじゃないか…??
思いついてすぐにオレは行動にでた。
飯を食べる時ようにあった机を壁際によせてその上にのる。
そして窓に手をかけた。
幸いに鍵はかかっておらず、外の空気が入ってくる。
「やった…!」
オレは窓から飛び降りた。
この部屋は一階だったらしく、なんなく着地できる。
オレはすぅっと大きく空気を吸い込んだ。
そして空を見上げる。
もう夕方だったので、太陽が西に沈みかけていた。
夕日の光が目に眩しい。
なんとなく…
ひさしぶりに見た気がする…
それが外にでられたという実感をわかせた。
感動している時間も短く、オレは見つからないうちにすばやく桜井の敷地の外にでた。
どこに行こうか??
夕方ってことは学校も終わってるころだよな??
ということは……
桜井ももうすぐ帰ってくる…!!
オレは慌ててどこへともなく走った。
もともと桜井の家がどこにあったのかなんてわからなかったので、自分がどこに向かっているのかもわからない。
だけどとにかく戻りたくなかった。
自分なんてどうでもいいと自分に言い聞かせていたけど、やっぱりただぼんやりとしているだけの生活なんてまっぴらだ。
しばらく走っているうちに見なれた校舎が見えた。
ここって…
オレ達の…高校…??
ということは…
桜井がでてくるかもしれない…!!
オレは慌てて学校から離れようとした。
だけど校門の前にある姿をみとめてピタリと足を止める。
「詩織…??」
思わずぽつりと名前を呼ぶ。
詩織は振り返ってオレの姿をみとめると、大きく目を見開いた。
「ひ…びき…くん…??」
ひさしぶりに聞いた詩織の声。
気持ちがあふれだして、詩織を抱きしめたくなった。
だけどそんな衝動を必死になってこらえる。
詩織を傷つけたオレに…
詩織を抱きしめる資格なんてない…
「ひさしぶり…ですね」
詩織は笑顔を作っていった。
「……そうだな」
「いままでどうして学校にも、家にも帰らなかったんですか?一樹クン、心配していましたよ?」
「悪い、けど…言えない」
オレはうつむいてそう答えた。
…そうか。
一樹にも心配かけてるんだな…
本当にオレは迷惑をかけてばっかりだ…
オレはふと顔をあげた。
そういえば…
「髪、切ったんだな」
腰までとどきそうなくらい長かった詩織の髪。
それが肩につかない程度に短くなっている。
自分が知らない間の詩織の変化がなんとなく悲しく思えた。
「…ええ」
詩織は少し頬を染めてうなずく。
気まずい沈黙が流れた。
…本当はオレ、こんな所にいてたらいけないんだ。
もしこうして詩織といる所を桜井に見られたら…
詩織がどうなるか分からない…
だけど…
少しでも、一秒でも長く詩織といたかった。
だからオレは黙って詩織を見つめていた。
「滝沢サン」
不意に詩織が口を開いた。
その呼び方に驚いて思わず目を大きく見開く。
…そう、だよな。
オレはもう詩織と別れたんだ。
名前で呼んでもらえないなんて…
当然だよな……
そう分かっているのに、胸は痛いくらいにしめつけられた。
「私、今一樹クンとお付き合いしているんです」
そのことは、桜井からすでに聞いていた。
だけどあらためて詩織の口から聞かされると辛くなる。
オレはそんな気持ちを隠すように笑顔を作った。
「…知ってる。……彼女から、聞いた」
桜井のことを『彼女』と呼ぶのはたまらなく嫌だった。
だけどオレは詩織をふったとき、新しく好きな奴ができたと言ったんだ。
だからオレはもうその新しくできた好きな奴と付き合っているということにしておいた方が、詩織もさっぱりとオレのことを忘れられる気がした。
詩織はオレの言葉に少し目を見開いた。
詩織の目に涙がたまる。
けど詩織はそれを隠すようにオレに笑顔を向けた。
そして声を振り絞るようにして言う。
「だから……私のことは気を使わず、安心してその人に恋してください……!!」
………!!
詩織の気持ちが痛いほどにオレに伝わってくる。
オレは小さく微笑んだ。
「ああ、ありがとう。…望月」
その言葉…
そっくりそのままおまえに返したい。
そしてできることならおまえに言いたい。
オレが好きな奴はずっとおまえだけなんだ。
オレが詩織以外の奴を好きになるなんて、絶対にありえない…
突然詩織の瞳から涙がこぼれおちた。
詩織の目から次から次へと涙があふれだして止まらない。
「ちがっ…その……」
詩織は笑顔を作って言いわけするようにオレを見た。
その笑顔が痛々しくて、自分の気持ちがおさえきれなくなって……
気がついたら、オレは詩織を抱きしめていた。
ひさしぶりに感じた詩織のぬくもり。
小さな細い体。
それが愛しくて仕方がなくて、オレは強く強く詩織を抱きしめた。
違うんだ…!!
オレは新しく好きな奴なんてできてない!
オレは…
オレは…!!
「オレ…本当はまだ…!!」
全部を詩織に打ち明けてしまいそうになったとき……
「にい…ちゃん…??」
不意に自分とよく似た声が聞こえた。
詩織の肩ごしにその姿をみとめる。
「一樹……」
一樹は顔を蒼白させていて、そして突然怒鳴った。
「…何してるんだよ!?望月センパイに触れるな!!」
オレは言われるままに詩織の体を解放した。
一樹はそんな詩織を自分の後ろに隠すように前にでる。
「今までどこで何してたんだよ!?家にも帰ってこずに……!!オレや母さん達がどれだけ心配してたか分かってんのか!?」
「悪い……」
一樹に怒鳴られて、オレはただ謝ることしかできなかった。
一樹に思い切り頬を殴られる。
鈍い痛みが頬を襲う。
だけどオレは何も言わず、ただうつむいて地面を見つめていた。
「謝ったって許すわけないだろ!?しかも……!!」
一樹は強く拳を握りしめた。
そして声を震わせる。
「おまえは…望月センパイをふったんだろ……!?それなのに、なんで抱きしめたりするんだよ…!?」
一樹の言葉が胸に突き刺さる。
そうだ。
オレは詩織をふったんだ。
だから抱きしめる資格なんてないんだ…
なのに…
つい、気持ちをおさえられなくなったんだ………
「せっかく望月センパイはおまえのこと忘れかけてたのに……!なんでまた思い出させるようなことするんだよ………!!?」
………
……オレ、最低だ。
オレは詩織を傷つけて、今こうして一樹まで傷つけた。
だけど仕方ないんだ。
もうオレにも、どうすればいいかなんてわからないんだ……
「オレは……「あら、滝沢クン。こんなところにいたの??」
オレが口を開きかけた時、オレの言葉を遮るように後ろから声がした。
驚いて振り返る。
「桜井……!!」
そこには桜井が立っていて、じっとオレを見つめていた。
頭から血の気が引いていく。
どうしよう…
見つかった……!!
桜井はにっとオレに向けて笑った。
「探していたのよ。さぁ、早く行きましょう」
その目はたしかに、おとなしくこないと詩織を傷つけると語っていた。
「あ、ああ……」
オレはうなずいて、桜井の後ろについていく。
「待てよ!まだ話は終わってない!!」
一樹が慌ててオレを呼びとめようとする声が聞こえた。
自然と足が止まる。
振り返ると、視界に入る自分の大切な人間。
オレのせいで…
オレのせいで2人は無駄に傷ついている。
全部…
全部オレが悪いんだ……
「一樹、………詩織、…ごめん」
オレは笑顔を作って、小さな声で謝った。
せめてこれ以上おまえらが傷つかないようにする。
だから…
もう、オレのことなんか心配しなくていい…
桜井にうながされて、オレは桜井の車に乗り込んだ。
「まさか、逃げ出すなんて思いませんでしたわ。今度は絶対にそんなことできないようにしてさしあげます」
桜井は声のトーンを下げて言った。
「……心配しなくても、もう逃げ出そうとなんかしない」
オレがそうつぶやくと、突然ハンカチを口におさえつけられた。
同時に強い眠気に襲われる。
「そんなの、信用できるわけないでしょう??あなたには罰を受けてもらいますから」
桜井の声がぼんやりと聞こえて、オレはそのまま眠りにおちた。
目が覚めると、今度は窓もない真っ暗な部屋にいた。
手足の自由がきかない。
もしかして…
なんかで縛られてる…!?
どれだけもがいても手足は自由に動かない。
「無駄ですわよ。しっかりと縛ってありますからね」
いつの間にか桜井が目の前にいた。
桜井はにっと口の端をつりあげる。
「言ったでしょう?あなたには罰を受けてもらうって」
「ば…つ…??」
罰って…
何するつもりだよ…??
オレが怪訝な顔をしていると、桜井は微笑みながらオレにカッターを突きつけた。
カッター…??
…もしかして…!!
「や…めろ…」
オレはなんとなく桜井がしようとしていることがわかって、後ずさりしようとした。
だが、手足の自由がきかず、その場を動けない。
「大丈夫。そのきれいな顔だけは傷つけないであげますから」
桜井はそう言って、オレの腕をつかんだ。
そしてカッターの刃を肌にあてる。
「悪いことをしたなら、当然罰を受けませんとね」
桜井はにっこりと笑って、ぐっとカッターの刃をオレの肌におしつけた。
「っつぅ…!!」
小さな痛みを感じ、カッターがおしつけられたところから血がでてきた。
桜井はかまわずにカッターでオレの肌を切りつけていく。
桜井がカッターを離したころには、オレの腕に血で大きく☓印が書かれていた。
桜井はそれを見てにっと笑う。
「痛い?でも、これで終わりじゃありませんからね?これからもっともっと新しい傷ができていくと思いますわ」
桜井はそう言って、その血を舐めあげた。
傷口が染みて、また痛みに襲われる。
オレの苦痛にゆがむ顔を見て、桜井はうれしそうに笑った。
それを見て、怖くなる。
こいつ…
狂ってる……!!
それから毎日桜井はカッターでオレの腕や足を傷つけた。
そしてたまにそこに水をかけられる。
何度もそうされているうちに、オレはだんだんと桜井を見るのが怖くなってきた。
カッターで切られる傷なんて我慢できない程痛いわけではない。
けど同時に何度も傷をつけられることで痛みが大きくなる。
そんなある日。
桜井がケータイの写真をオレに見せつけた。
「見て。あなたがこのまえ逃げ出したから、大切な方々にも痛い目にあっていただきましたわよ」
そこに映っていたのは地面に倒れ込んだ一樹と、恐怖で顔をひきつらせた詩織。
「…おまえ、何したんだよ!?」
オレが怒鳴ると、桜井はぐっとオレの髪をつかんだ。
「なんですか?その口の聞き方。言っておくけど、この2人はあなたのせいでこんな風に鳴ったんですよ?」
「……!!」
オレの…せいで…??
オレが逃げ出したりなんかしたから…??
桜井はまたオレの肌にカッターの刃を沈めはじめる。
二つの苦痛が同時に襲ってきて、頬に涙が伝った。
もう…嫌だ…
怖い…
怖い……
怖い………!!
この女が、怖い……!!
桜井の顔を見るだけで体が勝手に震える。
大きすぎる恐怖に襲われる。
それほど痛くはなかったはずの痛みが激痛に変わる。
そんな恐怖ばかりが続く悪夢みたいな日々。
そう、悪夢。
これはきっと覚めることがない夢なんだ。
きっとオレは一生、夢の中にいるんだ……
そんな風にあきらめかけていたとき…
暗闇の中で、声が聞こえた。
………響くん………
それは、まぎれもなく詩織の声だった。
だけどオレはその声の正体に気が付けない。
オレは怖くって、差しのべられた手を拒絶した。
今度は抱きしめられる。
温かい……
だけど、怖い……
オレはそれさえも拒絶しようとした。
優しい声が耳に届く。
「…大丈夫です。響くん。私です。詩織です」
「しお…り…??」
オレは愛しい名前を繰り返した。
本当に…
詩織、なのか…??
「そうです。だから…安心してください…私がいますから…」
その声で、言葉で、一気に体の力がぬけた気がした。
詩織…
なんできたんだよ…
オレのせいでおまえはいっぱい傷ついたんだ…
…そうだ。
オレ、詩織に謝らないと……
「し…おり…。ごめん…」
オレは小さな声でつぶやいた。
もう、それ以上何も言えない。
一気にたまっていた疲れが襲ってきて……
オレは詩織の肩にもたれかかって、深い眠りについた。
長い!
そして怖い!
…かなり疲れました。
なので最後は全体的に適当に…
桜井サン怖すぎです…(-_-;)




