☆19話 疑心暗鬼☆詩織side
「ねぇ、詩織ちゃん。ちょっといいかな?」
不意に笹川サンに声をかけられた。
「えっ?は、はい…」
「あのね?詩織ちゃんに紹介したい人がいるんだ」
笹川サンはそう言ってにっこりと笑った。
わ、私にですか…??
「とりあえず今日の放課後私と一緒にきてくれる??」
笹川サンにそう言われて、私はその日の放課後、笹川サンと一緒に近くの喫茶店に入った。
「あっ、美空!こっちこっち!」
入口の近くの席に座っていた男の子が笹川サンを呼ぶ。
笹川サンにうながされて、私はその人の前に座った。
笹川サンも並んで私の隣に座る。
「えっとね?この人がさっき紹介したいって言った人なんだけど…」
…えっ?
私に紹介したい人って…
男の人、ですか…??
「オレ、富岡大河って言うんだ。よろしく」
そう言ってその男の子はにこっと私に微笑みかけた。
「は、はぁ…」
私は一応頭を下げた。
「大河がね?文化祭のときに詩織ちゃんのこと見て可愛いなって思ったんだって!だからぜひ紹介してくれって頼まれちゃって!」
「えっ…??」
男の子は少し照れたように頭をかいた。
「なんか一生懸命に役してるのが可愛くてさ、だから望月サンと知り合いになりたいなって思って」
はにかんだ笑顔。
響くんには到底かなわないけど、でも他の人と比べたらとてもきれいな人。
そしてとても優しそうな人。
そんな人に、知り合いになりたいなんて言われるのは光栄なんですが…
私は前に、伊吹と仲良くしていて、響くんが少しおかしくなってしまったことを思い出した。
…やっぱり、必要以上に他の男の子と仲良くすると響くんを傷つけてしまうかもしれませんし…
「…あの、すいませんが私、お付き合いしている人がいて…」
私がそう言うと富岡サンはふっと笑った。
「知ってるよ。でも、友達にだけでも、なってくれないかな?」
少し切な気な表情。
私にはとても、富岡サンの頼みを断ることはできなかった。
…別に、お友達になるくらいならいいですよね?
ちゃんと、響くんにも報告すれば…
大丈夫、ですよね?
「…友達なら、大丈夫ですよ?」
私がそう言うと、富岡サンはうれしそうににっこりとほほ笑んだ。
「本当に!?ありがとう!」
そうして、私は富岡サンと友達になってしまった。
それが、響くんとの間に小さな溝を作ってしまうとは知らずに。
その日、家に帰って私はすぐに響くんに電話をかけた。
『望月?何??』
二回コール音が鳴り、低い声が電話の向こうから聞こえた。
「いえ、たいした用ではないんですけど…」
私は一部始終を響くんに話した。
『…そう』
響くんは短く返事をした。
「あ、あの…やっぱりそんなの断った方が良かったですかね?」
心配になってそう聞いてみると、電話の向こうから少しいらだったような声が聞こえた。
『まぁ、正直言ったら断って欲しかったけど』
…やっぱり、そうですよね。
「…すいません」
私は小さな声でそう謝った。
すると、少し照れたような声が帰ってきた。
『…でも、望月はその富岡ってやつと変な関係にはならないって分かってるから』
とくん…
心臓が少し強く鳴る。
頭の中に響くんの照れた顔が鮮明にうかんできた。
…響くんは、私を信じてくれている。
私は正直、響くんにすごく怒られるかもしれないと思っていた。
すぐに友達なんかやめろって言われるかもしれないと思っていた。
だけど…
別に、心配なんてする必要がなかったんですね。
私は響くんの言葉がうれしくて、小さな笑顔をつくった。
そしてそれから何日か経って…
もうすぐ、冬休み。
そして、もうすぐクリスマスです!
クリスマス、楽しみですねー!!
…あっ、別にサンタさんがくるから楽しみなんじゃないですよ?
私だってサンタさんの正体くらい知ってます。
まぁ、去年お母さんとお父さんに言われてやっと気がついたんですけどね…
とりあえず、どうして私がクリスマスを楽しみにしているかというと…
その日は一日、響くんとデートするんです!
晩御飯も一緒に食べるんですよ??
本当に、すっごく楽しみです…!!
「でもやっぱり、クリスマスといえばプレゼントがいりますよねー…??」
『まぁ、そういうものだよね』
電話の向こうで富岡サンが苦笑した。
今、私は富岡サンと電話しています。
いや、別に私からしたわけではなくて…
富岡サンから電話がかかってきたので、話をしていただけなんですが…
「でも、響くんは何が欲しいんでしょうか…??私、男の子が欲しい物とか分かりませんし…」
それに響くんっていつも特に何もいらないって感じですし…
余計に分かり辛いんですよねー…
『それじゃぁさ、オレが一緒にいって見てあげようか?オレ一応男だし、参考になるかもよ?』
「えっ…で、でも…」
い、いや…
それは…
そんなところ、響くんに見られたりしたら…
…でも、
男の人の意見を聞けば、参考になるというのは事実。
……遠くまで行けば、ばれませんよね??
「…それじゃ、お願いします」
どうせなら、少しでも響くんが喜ぶものを買ってあげたい。
だから、別に変な気持ちなんてないんです。
≪…でも、望月はその富岡ってやつと変な関係にはならないって分かってるから≫
響くんはそう言ってくれましたよね?
だから…
買い物にお付き合いしていただくくらい、響くんはなんとも思いませんよね…??
日曜日。
私は富岡サンと一緒に高校よりも少し離れたショッピングモールに行った。
よし…
今日はさっさと響くんへのプレゼントを買ってすぐに帰ります!
富岡サンと2人で買い物にきたというだけでもすごい罪悪感を感じるというのに…
長い時間ずっと一緒にいるなんて、私の良心が許しません!
私はそう意気込んで、とりあえず目に入った雑貨屋さんに入ってみた。
「えっと…シャープペンシルなどはどうでしょうか…??」
響くんってよく勉強してそうですし……
私は黒いシャープペンシルを手にとってみた。
これなんか、響くんによくお似合いだと思いますけど…
「いや、それはちょっと普通すぎだと思う。クリスマスのプレゼントなんだろ?ならもうちょっと高価なのの方がいいんじゃないか?」
そ、その意見は一理ありです。
たしかにクリスマスにシャープペンシルなんてもらってもあまりうれしくありませんよね…?
「それじゃ、何がいいんでしょうか…??」
「んー…ま、別にオレは彼女からなら何もらってもうれしいかな!」
いや、それ全然参考になってませんよ…
でも…
どうせなら、響くんがずっと身につけていられるような物がいいですね…
それを見て、響くんがいつでも私を思い出せるような物…
それって…
なんでしょう…??
ネックレス?
指輪??
でも、そんなの響くんがつけてくださるでしょうか…??
入学当初はピアスをしていらっしゃいましたが…
最近はあまりしているところなんて見たことありませんし…
何か、普通につけられて、そして普段何気なく見る物。
そんな物がいいです。
少し頭を悩ませていると、ふと時計店が視界にうつった。
…そうだ!
「時計、時計にします!」
時計なら普通につけられるし、時間を見る時に何気なく目にします!
そう思い、私は時計店に入った。
やっぱり響くんには黒い腕時計ですかね?
少し高価そうな腕時計を手にとってみる。
とてもシンプルで響くんにぴったりな腕時計。
…うん。
これがいいですね。
「あの…これって、いくらですか?」
「8万5000円ですね」
私が訪ねてみると、店員さんはにっこりと笑顔でそう言った。
は、は、は、は…
8万、ですか…!?
「ちょっと高すぎない…??」
富岡サンがそう言い、苦笑いした。
た…
たしかに……
高校生には少し無理がある値段な気が……
大体私、今日1万円ほどしか持ってきていませんよ…
「あの…もう少しお手頃な価格のものはありませんでしょうか…?」
「それなら…」
店員さんはそれなりに高そうな時計を持ってきた。
縁が銀色で、真ん中が黒い時計。
お値段はどうやら8千円。
プレゼント用に予想していた値段よりはずいぶんと高いですけど…
まぁ、いいですよね!
「それじゃ、これ買います!」
私は思い切ってその腕時計を買った。
そしてプレゼント用に包装してもらう。
響くん…
喜んでくれるでしょうか…??
私は響くんが喜んでくれる顔を想像するだけで笑顔になれた。
「そんな高いの買うなんて…詩織ちゃんって本当に彼氏のことが大好きなんだな」
富岡サンに言われて、少し顔が赤くなる。
「え、ええ…まぁ…」
本当にすっごく好きなんですけど…
やっぱり他人に言われると照れちゃいますね…
「あ…あれって美空じゃない?」
不意に富岡サンが少し向こうを指差して言った。
富岡サンが指差す方を見ると、たしかにそこに笹川サンがいた。
そして隣には見覚えのある姿。
…あれ??
あの、笹川サンの隣にいる人って…
「ひ、びき、くん…??」
私は驚いて大きく目を見開いた。
遠くからなので、見間違いかもしれない。
そう思って目をこらしてみたけれど、それはやっぱり響くんの姿だった。
どう…して…??
どうして、響くんが笹川サンと……??
ふと響くんが笹川サンに微笑みかけた。
優しい笑顔。
どうして…
それを笹川サンに…??
響くんの笑顔は、私だけのものなのに…!!
他の誰にも、見せて欲しくないのに…!!
じわっと目に温かいものがあふれた。
楽しそうな2人を見ていられなくて、顔をそむける。
どうしてですか…??
どうして笹川サンなんかと一緒にいるんですか…!?
「詩織ちゃん??どうしたの…??」
富岡サンが泣いている私を見て、心配そうに言った。
そしてふと思い出す。
そうだ。
私も響くんに秘密で富岡サンと一緒にいるんです。
響くんのことをひどいなんて思う資格なんて、ありません。
…でも……!!
私は響くんのためにきたのに…!
私は、響くんに少しでも喜んでもらおうと、そのために富岡サンに意見してもらおうと思っただけなのに…!!
響くんは、笹川サンとあんなに楽しそうに…!
響くんに裏切られたような気がした。
涙があふれて止まらない。
…でも、響くんは私に好きって言ってくれた。
響くんは私を信じてるって言ってくれた。
だから、私も響くんを信じないと…
そう思うと、少し心が落ち着いた。
なんとか富岡サンに微笑みかける。
「大丈夫です。少しあくびをしただ…!!」
私の言葉が終わる前に、唇がふさがれた。
目の前には富岡サン。
そして…
唇には、たしかに富岡サンのそれの感触。
数秒してからやっと、私は富岡サンにキスされたのだと気がついた。
「や…!!」
富岡サンは嫌がる私の手を抑えつけてキスを続ける。
そしていつの間にか、私は抵抗することを忘れていた。
ただ、頭の中には悲しいという気持ちだけがあふれていた。
嗚呼…
私のファーストキス…
初めては響くんが良かったのに…
私、響くんのファーストキスを笹川サンにとられたときは、すっごく悲しいと思いました。
けど、結局私も同じ。
私も響くんじゃない人と…
涙が更にあふれてきて、頬にぼろぼろとこぼれた。
それに気がついたのか、富岡サンは私から唇を離した。
「ごめん…」
そして小さな声で謝る。
「どう…し…て…??」
私は涙でとぎれとぎれになりながら、声を絞り出した。
「私の…私の、ファーストキスを…なんで、そんなに簡単に奪えるん…ですか…!?」
今、私はたまらなく富岡サンが憎いという気持ちでいっぱいだった。
初めてだったのに…!
響くんと、するつもりだったのに…!!
「ごめん…でも、オレも詩織ちゃんが好きだから…」
富岡サンは私の頬に触れた。
それがたまらなく不快に感じて、思わず手を振り払う。
富岡サンは少し目を見開いて、そして小さく笑った。
「…あんなやつのどこがいいの?休みの日に他の女と遊びに行くようなやつだよ??」
ズキッ
胸に突き刺さるような痛みが走る。
笹川サンと響くんが笑いあう光景が頭の中にフラッシュバックした。
「まぁ、とりあえずオレのことも考えてみてよ」
富岡サンはそう言うと、私を置いて去っていった。
次の日の昼休み。
「なぁ、望月って昨日何してた??」
ふと、響くんにそう尋ねられた。
ドキッ
昨日の富岡サンとのキスが頭によぎった。
だけど、私はそんなことがあったなんて悟られないように笑顔で言った。
「えっと…昨日はお母さんとお買いものに行っていました」
とっさについた嘘。
響くんについた、初めての嘘。
「響くんは何をしていたんですか?」
私もそう問いかえしてみた。
本当は知っている。
昨日、響くんは笹川サンと一緒にいた。
…だけど響くんは、本当のことを言ってくださりますか??
私は嘘をついたくせに、響くんには嘘をついて欲しくなかった。
本当に勝手な私。
そんな私の心に気付いていたのか…
「オレは昨日、ずっと家にいたけど」
響くんも、嘘をついた。
ズキッ…
心が痛くなる。
どうして、嘘なんてつくんですか…??
はっきりと言ってくださればいいのに。
昨日は笹川サンといたと。
そうすれば私は昨日、響くんと笹川サンの間に何かがあったかもしれないなんて思わない。
それなのに…
そんな風に隠されたら、どうしても何かあったんじゃないかと思ってしまう…
「そうなんですか」
私はそう言って響くんに笑いかけた。
響くんも私に笑顔をかえす。
だけどその笑顔は笑顔であって笑顔じゃない。
いつわりの笑顔。
今、私達の間に小さな溝ができてしまった。
…嘘という名の、小さいようで、大きな溝。
詩織って結構勝手ですねー(-_-;)
しかもとっさに考えた話なので、内容がうまく組み立てられてないです(*_*;