★17話 文化祭★響side
あっという間に、10月になっていた。
もうすぐ文化祭が始まる。
「それじゃ今から文化祭でする劇の登場人物を決めたいと思います」
委員長の蓮見はそう言うと、小さな紙を配り始めた。
この高校では各クラスごとに舞台で出し物をするらしい。
うちのクラスでは『眠り姫』の劇をするそうだ。
それで、今からその代表的な登場人物を投票で決める。
【眠り姫】と【王子様】と【悪い魔法使い】の役だ。
といっても…
別にどれも連想するやつなんていねぇしなぁ……
……ひとつ、連想できるやつと言えば、
オレは横目で隣を見た。
望月はシャーペンを手に持ちながら、頭を悩ませている。
【眠り姫】は…
望月にぴったりだと思うんだけど。
でも、もし望月が【眠り姫】の役になっちまったら…
【王子様】役の他の男が望月の恋人役になるんだよな??
……それは嫌だ。
オレはシャーペンをおき、紙を折りたたんだ。
別にオレ1人くらい投票しなくても、役ぐらい普通に決まるだろ。
「それでは、後ろから票を集めてください」
蓮見の指示で、後ろの席のやつが票を集めにきた。
すべての票が集まったところで集計が始まる。
「…よし、それじゃ結果を発表します」
しばらくして、副委員長の今泉が結果の紙を見ながら言った。
「【眠り姫】は、笹川美空サン」
教室中が歓喜の声に包まれた。
なんだ、望月じゃないのか。
それにしても笹川美空って誰だ…??
少し気になりまわりを見まわしてみると、真ん中の席にうれしそうに笑っている女子がいた。
ふーん。
あいつか…
あいつより絶対望月の方が【眠り姫】に合ってる気がするが…
「【王子様】は、滝沢響クン」
不意に自分の名前を呼ばれて驚く。
なぜか歓声があがった。
「えっ…!?オレ??なんで??」
オレが、【王子様】役……??
そんな役、絶対に嫌なんだけど………
「良かったですね!響くん!」
望月がにっこりとオレに向けて笑いかけた。
いや、そんなこと笑顔で言われても…
「別にオレ、そんな役したくねぇんだけど……」
「それでも、投票で決まったんですからやらないとですよ!!」
……たしかに。
変に嫌がったりしてクラスの輪を壊すのもなんだしな…
ったく、なんでオレがそんな役に選ばれないといけないんだよ…!?
そう思っているうちに、次の名前が読み上げられた。
「【悪い魔法使い】、…望月詩織サン」
……はぁ??
あまりに以外な名前に、オレは思わず目を見開いた。
「私、ですか…??」
望月も驚いたような声で言う。
なんでだよ?
望月に【眠り姫】は合ってるかもしれねぇが、百歩譲っても望月が【悪い魔法使い】の役なんて絶対に似合ってないだろ……
くすくすと、小さな笑い声が聞こえた。
望月はそれを聞いて、うつむいてしまった。
その様子を見て、言いようもない怒りがこみあげる。
何笑ってんだよ…??
望月が傷つくのを見て楽しいのか…!?
「おい、なんで望月がそんな役なんだよ??」
オレが低い声でそう言うと、シンッとクラス中が静まり返った。
「そうよ!絶対詩織にそんな役なんか合ってないって!ねぇ?」
「うん、そうだよ!詩織ちゃんには絶対にできないと思う!」
鳥山と中川もオレに賛同するように言った。
「でも、もう決まったんだからそれでいいじゃん」
不意に、1人の女子がぽつりと言った。
思わず、オレはガタッと音を立てて席を立つ。
「おまえ、自分がそんな役にされてもいいのか…??」
どうせ自分だったら泣いたりして絶対にそんな役やろうとしないんだろ?
それなのに人には押し付けられるんだな。
どんだけ根性悪いんだよっ!?
「響くん!座ってください!」
怒鳴ろうとしたとき、望月に止められた。
えっ……??
「でも、おまえ…」
そんな嫌な役で、いいのか…??
「いいんです。みなさんに選ばれたんですから、喜んでやりませんとね」
望月はそう言ってオレに向かって微笑みかけた。
無理な笑顔。
……なんで笑えるんだよ。
こんなの、ほとんど嫌がらせじゃねぇか……
正直オレは全然納得できていなかった。
だけど望月がじっとオレを見るので、オレは席についた。
…くそ、
なんで望月がこんな嫌がらせみたいなことをされないといけないんだ…??
そう思い、オレは軽い舌打ちをした。
放課後。
文化祭はすぐ近くにまでせまっているので、今日からいきなり練習をすることになった。
物語に沿って、台本を見ながらの劇が進められていく。
そして望月がでるシーンになった。
「よし!それじゃ祝宴の途中、悪い魔法使いが入ってくるところから始めようか!」
蓮見の合図を出し、練習が始まった。
望月は何やらよく分からない微妙な顔をして、少し低い声で言った。
「お、王女は糸車の針に刺されて亡くなってしまうでしょう…!!」
ぷっ
思わず吹き出してしまう。
ぜ、絶対に望月には合ってないだろ…
なんだよ?
あの顔…!!
しかもセリフ敬語になってるし…!!
そのあとも、望月は何度も同じシーンを練習させられていた。
そして15回ほどやったあと、ついに蓮見はあきらめたようで大きなため息をついた。
「うん、まぁいいや。それじゃ次の場面行こう!」
その後の練習はスムーズに進んでいった。
そしてついにオレがでる場面になる。
オレは一応台本を読み直した。
ええと…
『王子は眠り姫を見て、あまりの美貌にうっとりとする』って……
んー…
よくわかんねぇなぁ…
オレはとりあえず、ほとんど棒読みでその日の練習を終えた。
そして文化祭の前日の練習後。
オレが帰ろうとすると、不意に笹川に呼びとめられた。
「滝沢クン!ちょっと待って!」
「…何??」
オレは怪訝に思いながらも立ち止まる。
多分外で望月が待ってると思うからできるだけ早く帰りたいんだけど……
「いや、用っていうわけじゃないんだけど……」
笹川はそう言って少しとまどうように口を閉じる。
…なんだよ?
「用がないなら帰るけど…」
オレがそう言うと、笹川は慌てたように言った。
「あっ!その…!私、劇で滝沢クンと恋人みたいな役やれてうれしいなって思って…!!」
はぁ…??
こいつ、いきなり何言ってるんだ??
笹川は少し頬を赤らめた。
そしてにこっとオレに笑いかける。
「だから、明日の劇がんばろうねっ!って言いたくて」
…もしかして、用ってそれだけ??
そんなの別に呼びとめてまで言わなくてもいいだろ??
「そうだな。それじゃ」
オレは短く言って教室を出ようとした。
「あっ!ちょっと待ってよ!」
それをまた笹川が呼びとめる。
今度はなんだよ!?
少しいらいらしながら振り返ると、笹川は顔を真っ赤に染めて言った。
「私、滝沢クンのことが好きなの!!」
「……??」
驚いて、オレは思わず目を見開いた。
好き??
オレのことが??
なんで??
オレ、別に笹川と話したことなんてあんまりないんだけど……
それに好きと言われても…
「…ごめん。オレ、好きなやついるから」
オレがそう言うと、笹川はにこっと笑った。
「知ってるよ。詩織ちゃんでしょ?だって2人は付き合ってるんだもんね」
ずばりと言われて、少し顔が熱くなる。
「…ああ」
だけど、なんでオレが望月と付き合ってるって知ってて告白したんだ??
絶対に断られるの分かってるはずなのに…
多分気持ちが顔にでていたのだと思う。
笹川はオレの顔を見て、悲しそうに笑った。
「…ただ、伝えたかっただけだから。ごめんね?もう帰っていいよ」
多分オレ以外のやつだったら、こんなことを言われると心臓が跳ね上がるんだろう。
だが、オレにはその言葉に何も感じなかった。
オレはただ、何も言わずに教室をでた。
別に…
望月以外のやつに何を言われても、何も感じない。
…それくらい、オレの頭の中には望月しかないんだろうな。
そう思い、オレは小さな笑顔をうかべた。
文化祭当日。
他のクラスのいろんな発表が終わり、ついにオレ達の番がやってきた。
やっぱ…
さすがにちょっとは緊張するもんだな…
そう思いながら舞台裏を見まわしていると、緊張でかちこちになっている望月の姿を見つけた。
「望月、大丈夫か??」
望月はオレに気がつくと、固い笑顔をうかべた。
「は、はい…それなりに練習はしてきたつもりですけど…」
…こいつ、かなり緊張してるんだな。
オレは少しでも緊張をほぐしてやろうと、望月をじっと見た。
望月は今、【悪い魔法使い】の衣装を着ている。
それはほぼ黒一色に統一されていて、驚くほどに望月に似合っていなかった。
「そう。あとおまえ、その衣装全然似合ってないな」
あらためてよく見ると、思わずぷっとふきだしてしまう。
「へっ…??そ、そうですか??」
望月は少しむっとしたような顔をして、じっとオレを見てきた。
多分オレの衣装も変だとか言おうとしているんだろう。
でも別にオレは平気だぞ?
だって自分でも似合ってないなって思ってるからな。
「響くんは…」
「滝沢クン!詩織ちゃん!」
望月が何かを言いかけた時、笹川がそれをさえぎるかのようにこっちにきた。
「今日はがんばりましょうね!」
そう言ってにこっと笑う。
そんな笹川の姿を望月はうっとりとしたように見た。
少し、むかっとしてしまう。
…オレ、なんで女にまで嫉妬してんだろ??
オレはそんな自分にあきれてしまった。
そして、劇が始まる。
望月の演技はなんとか初日よりはましになっていた。
だけど、やっぱり【悪い魔法使い】という気はしない。
やっぱ望月には【眠り姫】の方がいいと思うんだけどな。
もし望月が【眠り姫】なら、オレもほんの少しやる気がでるのに…
そう思っているうちに、オレの出番がきた。
オレは適当に、でもそれなりに人に見れるように演技をこなした。
そして眠り姫にキスをするシーンの時。
オレは予定どおり、客席からはキスをしているように見えるギリギリのところで止めた。
そして顔を離そうとしたとき…
ぐっ
笹川が首をもちあげた。
「……!!!」
笹川の唇が、オレのそれに重なる。
オレは驚いて、慌てて笹川から離れた。
笹川は目をあけて、にっこりとオレに笑いかける。
…こいつ、何すんだよ……??
オレは口を手の甲でぬぐった。
「“……王子、様??”」
笹川は何もなかったかのように次のセリフを言う。
……??
今のは、わざとじゃないのか??
…そうだよな。
ただの事故だ。
なら別に気にしなくてもいいか。
オレはそう思い、そのまま劇を続けた。
そして劇を終えたあと…
「…あれ?望月は??」
舞台裏を見まわしても、望月の姿はなかった。
あいつ、どこ行ったんだ?
「あっ、滝沢クン!大変なの!詩織がどっかいっちゃった!」
オレが望月を探していると、鳥山が言った。
「は??なんで??」
「分かんないけど…突然泣きだして…」
…??
泣きだした…??
なんか、あったのか??
「オレ、探してくる」
オレは舞台裏をでた。
そして、望月が行きそうな場所をいろいろと探してみる。
教室や、校舎裏とかを探しまわって、最後に屋上の扉をあけたとき、
そこに、望月の姿があった。
「望月…!?」
名前を呼ぶと、望月は驚いたように振り返る。
「ひ、響くん……??」
望月の目は赤くはれていた。
そして、その目に涙がにじむ。
「ど、どうして…」
「どうしてって…こっちが聞きたいよ。おまえ、いきなりこんなとこきて一体どうしたんだ??結構探したんだぞ??」
大体こいつ、なんで泣いてるんだ??
やっぱりあの役が嫌だったのか…??
オレはそう不思議に思っていると、望月は涙でとだえとだえの声で言った。
「だって…響くんが、笹川サンと…!初めては…私が…!」
ほとんど言葉になっていなかったが、なんとなくオレはその言葉の意味を理解した。
もしかして…
あの、事故のことを言ってるのか??
「おまえ…そんなこと気にしてたのか…??」
オレはそんなことを気にしている望月がなんとなく可笑しくて、ぽんっと望月の頭を軽く叩いた。
「あんなの事故だよ。事故。だから気にしなくていいって」
望月はしばらく何も言わなかったが、やっと話せるようになったらしく口を開いた。
「…でも、事故だったとしても、響くんは笹川サンとキスしたじゃないですか…」
…まぁ、そうだけど。
別にそれくらいいいんじゃねぇの??
オレはする気なかったんだし…
「私…響くんの初めての相手になりたかったのに…」
望月はぽつりとそう言った。
驚いて、顔に熱がのぼる。
そんな風に思ってくれていた望月が愛おしく思えて、オレは無意識に望月を抱きしめていた。
「…えっ??」
望月は驚いたような声を漏らす。
心臓がバクバクと強く鳴り響いていた。
顔が燃えるように熱くなっている。
「…オレ、こんなことしたのって初めてだ」
オレは小さな声でつぶやいた。
「……??」
…このあと、何と言えばいいんだろうか??
オレは、何と言いたいんだろう?
少し考えて、ふと思いついた。
そしてその考えを口にする。
「…だから、オレの他の初めては全部おまえだから…さっきのことなんて、気にすんな」
そうだ。
オレの他の初めては全部、全部おまえなんだ。
誰かのことで頭がいっぱいになったことも、
誰かに対して嫉妬するようになったことも、
誰かといて幸せだと思えたのも、
こんなふうに誰かを抱きしめたいと思ったのも、
こんなふうに、誰かを好きになったのも…
全部、おまえが初めてなんだ。
そしてきっと、他の初めても全部おまえだと思う。
だから、キスくらいどうだっていいだろ…??
「はい…!」
望月はうれしそうにそう言った。
そしてオレの背中に手をまわす。
それがあまりにも幸せで…
オレは、初めて時が止まって欲しいと思った。
実は、笹川サンがこれから重要な人物になったりするかもです…!!