第二部「破滅を照らす者:魂を映す鏡」その16
目次
第49章「冥界への土産」
第50章「崩れ行く鏡」
あとがき
※物凄く今更ですが、挿絵はAIで作っているのでキャラクターの格好が変化している事があります。
そこはあまり気にしないで下さい!
第49章「冥界への土産」
「授業料として貴方の命を頂きます。つまり…あなたの余生はこれから始まる数分間の授業の間だけです。冥界に行く前にしっかりと学んでおくと良いでしょう。」
「ハッ…笑えねぇ冗談だ……だが、死ぬ前に疑問が少しでも解けるってんなら…ぜひご教授願いたいね。」
「えぇ、そうですね。貴方はここで終わるのですから、最期くらいは有意義な時間にして差し上げましょう。」
今はこれで時間を稼げるが…こっからどうする?
逃げようにも…あいつの『魔武具』と身体強化系の『異能』をもろに食らって壁に叩きつけられたせいで…今は立ってんのがやっとな上に…完全に壁際に追い詰められてる。
それに俺が万全の状態でも…こいつは特殊部隊…いや、それ以上のえげつない部隊のメンバーだってのは記憶を見たから分かる。
人間としての素のスペックが高いだけでも厄介だってのに怪物の血が混ざった『混血』に体力と魔力の単純勝負を挑む?
逃げも殺しも勝ちめは無ぇ…
「へカーティア…死の女神『ヘカテー』の名を騙り、彼女の力の一部を与えられし者。貴方の誤ちは3つです。1つ、人格変化と精神支配の『魔法』を混同した事です。」
「どういうことだ?」
「貴方は、この子の人格を反転させれば味方になると言っていましたね。それは間違いです。人格が変化しただけで支配はしていない、貴方の従順な下僕になる訳ではありません。」
「つまりあんたが出てきても…出てこなくても詰んでたって訳か…」
いや…待てよ?
もしかすると…これなら逃げれるかも知れねぇぞ?
「2つ、貴方は『反転せし虚像』の原理を理解していない。」
「原理?んなもん知らなくってもいいだろ。」
『反転せし虚像』の効果が切れる時間までテメェと喋ってりゃなぁ!
本当なら時間なんざねぇが、あの時の俺の『魔力』はギリギリ『反転せし虚像』が使えるレベルだ。
つまり…低出力な状態のせいで制限時間がつく!
「それは低級魔法を使う時だけです。高位の魔法を使う際には原理を理解しなければ、知らず知らずの内にトラブルを起こす。複雑な機械を説明書も読まずに使えば何かを間違えるのと同じです。」
「そのせいであんたが出てきたって?」
「えぇ、貴方が『反転せし虚像』の原理が『対象の魂を裏返して人格を反転させる』というものだと知っていれば、『この子の魂の裏側で眠りについていた私が表に出てくる事は無かった』でしょう。」
「俺は…せめてこいつが怪物の側面を出して暴れてくれりゃあラッキーってな感じで使ったんだ…まさかマジの奴が出てくるとか考えてねぇよ。」
クソ…まだか!
コイツが起きてから5分以上は経ったんじゃねぇか!?
「ならそれは貴方にとっては仕方のないことですね。では、これを2つめの誤ちにしましょう。」
【彼女がそう言い終えたのと同時に、一般人にはもちろん、魔導師でさえも理解ができない事が起きた。】
「…は?」
【疾風と共に、彼の目の前にそれが現れた。音を立てることも無く、服と髪を乱すことも無く、初めからそこに立っていたかの様に。青い薔薇の咲いた大鎌を携えた、赤い目の死神が立っていた。】
俺は…瞬きはしてなかった…!
高速で移動してきたわけでも、俺が呼び寄せられたわけでも、幻術で作った偽物が目の前に現れた訳でも無ぇ!
テレポートか?
いや…『空間転移系』の魔法は魔力の消費もデケェし、高難易度過ぎて無詠唱で使える様なもんじゃねぇ!
そもそも魔法陣同士を繋げるか何かの準備がいる高位の魔法だぞ!?
なのにこいつが…何で目の前にいるんだ!?
「なん…なんで…お前は…」
【彼のその独り言のような問い掛けに、彼女は声色と表情を変えることも無く、これが当たり前であるかのように答えた。】
「空間転移の魔法を使用しただけです。それ以外に何があると?」
「ありえ…ねぇ…」
「その証拠に風が吹いたでしょう?テレポートとは発動と同時に、物体を任意の位置に転送する事です。物体が転送される瞬間、物体が存在していた位置に真空が生じ、周囲の空気が流入する。つまり、テレポートを行えば必ず風が吹きます。理解している筈でしょう?」
【彼女が目の前に立っている。その混乱と事実は、彼女が発する圧倒的な威圧と生物の本能に訴えかける様な恐怖は、彼を底の無い絶望へと誘うには十分すぎた。】
「2つ目の誤ちは、私とこの子を相手に『鏡』を使ったことです。私達は『魂と肉体の結び付きが弱い』ので鏡に魂が映ることも無ければ、鏡を使用する魔法は通用しません。この子は『混血』が故に完全なる無効化はできないようですが。」
【彼女はそう言うと、『死神の薔薇』を両手で持ち上げた。】
「そして3つ、私の種族はただの魔物でも怪物でも無く、『血を統べる者《Ruler of Blood》』と呼ばれた『人種』です。今となっては、この事実と名を知る者も、同族もほとんど存在していませんが。」
【彼女はそう言い終えると同時に、『死神の薔薇』を振り上げた。】
「世界で広まっている別名を教えても良いのですが、それを貴方に魔法で共有されるのも面倒です。では、お別れにしましょう…さようなら。愛という名の災いの為に、最愛の家族と己を殺した哀れな者よ。」
「あ…ぁ…」
どうして…お前がそれを…
【『死神の薔薇』がなんの迷いも無く、それがせめてもの手向けであるかのように、彼の首を目掛けて全力で振り下ろされた。】
第50章「崩れ行く鏡」
「ふふっ…」
【彼女が突然、微かな笑みを浮かべると。黒い刃が、へカーティアの首筋に触れる寸前で停止した。】
「……は?」
「どうやら、この子が貴方と話をしたいそうです。命拾いしましたね。」
【彼女はそう言うと彼から後ろへ2歩離れ、『死神の薔薇』を構え直した。】
「最後に、助言をしましょう。」
「…何だ。」
「貴方にこの世の誰よりも敬愛する者が居ようと、その者の為に自死を選ぶ事が最善かどうかはよく考える事です。」
【彼女はそう言い残し、瞳を閉じた。すると、淡い銀色の光を放っていた純白の髪が青い光を纏い、一瞬にして青色の髪へと変化した。しかし、彼女の全てが元通りになった訳では無かった。】
【天井のライトに照らされていない部分の髪色は黒に近い青色に、照らされている部分は白に近い水色に。瞳の色は青色ではなく、先程までの赤い瞳が少し明るくなった様な色に。先程までの恐ろしい威圧感は和らいだものの、彼女から発される、生物が本能で感じる強者への恐怖は未だに残っている。】
「なぜ……なぜあなたは…そこまでして教祖の為に…彼女の為に戦い続けるのですか…?」
【彼女は、ジョゼフィーヌはへカーティアを見つめながら、震える声で問いかけた。】
「今は…あんたが戻ったのか…」
「世界を終焉に導く儀式を行う為には…足止めに失敗した時点で…私達を殺害する方針へと切り替えれば目的は達成できたはずです。なのになぜ…あなたは…!」
【彼女のその問いかけに、彼はひとつため息をついて答えを返した。】
「あいつに…なるべくお前らを殺すなって言われてたからだ。」
「それでも…彼女の命令は絶対では無かった…」
「あぁ、そもそも命令も支配もされてねぇしな。」
【その言葉を聞いた彼女は、あまりの衝撃に目を大きく見開いた。】
「なぜ…あなたはただ自分の命を危機に晒してまでこんな事を!!」
「お前は、好きで殺しをするのか?」
「それは…」
「違う。そうだろ?お前に変身したとき、記憶も少しだけ覗けたから知ってんだよ。お前は…この世界を良くするために、善人を守る為に悪人を殺してる…俺だって好きで…善人を殺したい訳じゃねぇさ。俺はただ…あいつの願いを叶えてやりたい…少しでも喜んで欲しい…少しでも悲しんで欲しくない……」
【彼はそこで言葉をきると、涙声で続けた。】
「あいつ…は…優しすぎるんだよ…きっとあんたと一緒だ…例え自分を犠牲にしてでも誰かを救えるんなら、迷わずにその道を進む…そこで自分がどんな目にあってもだ…」
【ポタポタと、彼の足元に涙が落ちる。】
「誰かの犠牲には涙を流して…どんなに小さな不幸にも責任を感じて…それが必要な犠牲だってのも分かってんのに…心を痛めて……それでも、誰かを心配させないように…迷惑をかけないように自分の心をひた隠しにして、明るく優しく振る舞いながら…自分の身も心もすり減らしていく…重ねちまったんだよ!」
【彼の顔は見えずとも、彼のその声と足元が、彼の情緒を物語っていた。】
「レイとアンタは…どっちも同じなんだよ…!」
「なら…あなたが支配されていないと言うのなら……私達と共に彼女を止めに行きましょう!そのような人間が世界を滅ぼすなど…いえ、どのような人間であろうと!この世界を崩壊させていいはずがありません!!彼女と…人々の為に!!」
「支配は…されちゃあいねぇさ…でも…な…」
【彼は前を向いて、彼女を見ながら話した。】
「俺は…あいつの為に…仲間として一緒にここまで来たんだ!あいつがやろうとしてることは…この世界中の善人の為になるんだ!!それが叶うなら…少しでもその可能性が高まるってんなら…!!」
「止めてください!!」
【彼は、右手に持っていた鏡の破片のような短剣を自分の心臓に突き刺し、仰向けに倒れた。それは明らかな致命傷だった。】
「ゴフッ…少しでも…情報は取らせねぇようにしないとな…!」
「そん…な…」
今からでは…彼を『魔弾』で救うことさえできない…
「いいか…良く聞け…」
【彼は息も絶え絶えに、口から血を吐きながらも話をする。】
「この戦いには……善も悪もねぇ…ただ…やり方が違うってだけだ…どっちが勝っても負けても…誰かは絶対に傷つくし…誰かは喜ぶってだけだ……でも…そうだな…」
【彼の声が、小さくなっていく。】
「最後に…一つだけ頼みを聞いてくれねぇか…?」
「話して下さい…」
「はっ…俺達は一応殺し合う様な仲だったろ…それでも聞いてくれるんならな…」
【彼は左手に持っていた手鏡を自分の胸の上に乗せた。】
「俺が死んだら…鏡に触れて…中を覗いてくれ…そこに伝えたいことが映る…それだけだ…それだけでいい…」
「他に…言い残すことはありませんか?」
「ねぇよ…」
「そうですか…分かりました。あなたの最期の望みを受け入れます。」
【彼女はそう言いながら彼の元へと歩みを進め、『死神の薔薇』を振り上げた。】
「あなたに…美しい花の祝福と安らぎがあらん事を…せめて…痛みを感じる間も無く…安らぎを…」
「…ったく…どこまでも優しいな。あんたは…」
【その言葉と共に、別れを振り下ろす。『死神の薔薇』が彼の首をはねた瞬間、彼の死体が鏡のように完全に割れ、砕け散り、灰になって消滅した。そしてそこには、彼のネックレスと手鏡が落ちていた。彼女はその手鏡とネックレスを拾い上げると、独り言を呟いた。】
「私も…あなたの記憶を…感情を…血液を通して、ほんの少しだけ知る事ができていたのです…あなたは……」
【そこから先の言葉は、込み上げる罪悪感に押し流されて消えていった。】
「少しだけ…待っていて下さい。皆さんを寝室へ…その後にあなたの願いを…」
それが…せめてもの…
あなたへの償いになるのだから…
あとがき
物語の展開と文字数でとても時間がかかって投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ございません!
本当に次回で終わり、次の話が進むので、どうかお楽しみに!