第二部「破滅を照らす者:魂を映す鏡」その15
目次
第46章「鏡面に映りし他我」その1
第47章「鏡面に映りし他我」その2
第48章「鏡面に映りし他我」その3
あとがき
第46章「鏡面に映りし他我」その1
「後は…お前だけだな…デカブツ…!」
「そうっすね。ジョゼさんも流輝君も星次君も、へカーティア君が倒しちゃったっすもんね。」
「あぁ…こいつは『反転せし虚像』にまだ抵抗してるみてぇだがな…ったく…しぶてぇお姫様だ…」
【横たわっている彼女の周りを、煙の様に薄くなった影が舞っていた。】
「で?テメェはどうすんだ?」
「もちろん僕も戦うっすよ。」
【彼はそう言いながら、『先立つ者《Predecessor》』を構え直した。】
「だろうな…いいぜ…来いよ…ッ!」
「でもその前に良いっすか?」
「おっとお喋りか?良いぜ?俺も助かるしな…」
「ジョゼさんは今どうなってるんすか?」
「そうだな…俺も『反転せし虚像』を使うのは初めてだから確実には言えねぇが…今の段階は多分…こいつ自身の人格が反転してる途中じゃねぇか?まぁまぁ時間が経っても目覚めないって事は…コイツは今も抗ってんだろうな。」
「星次君はこのままでも大丈夫なんすか?」
「まぁコイツはそこまでヤワじゃねぇし大丈夫だろ…確かに『魔法の禁忌』に触れたが…効果の対象が自分ってとこと、ギャンブルっていうランダム性が『確実に』っていう命令を弱めてたか…別の何かかは知らねぇが…『魔法の禁忌』に触れても即死してねぇってのは運が良かったな…」
「じゃあ流輝君は今のままだとどれくらいで死んじゃうっすか。」
「はぁ?このクズ野郎が生きるか死ぬかなんざ知った事かよ…」
「流輝君はクズなんかじゃないっすよ。」
「はぁ…?何にも出来ねぇくせに他人に何かを求める様な奴がクズじゃないって?コイツの記憶にあった自己紹介の通り…お前は馬鹿みてぇだな。」
「流輝君は確かに普通の子達よりも苦手な事が多いかもしれないし、運動も苦手な方かもしれないっすよ。でも、人間って何が出来るかだけが全部じゃないっすよ。」
「おいおい綺麗事か?勘弁してくれよ…俺は一番そういうのが嫌いなんだよ…」
「確かにへカーティア君が言いたいことも分かるっすよ。何でもかんでも誰かに任せっきりっていうのは良くないっすからね。」
「分かってんじゃねぇか。だから俺はあんたらの中でも一番…こいつだけは嫌いなんだよ。」
「でも、流輝君は怠けてる訳でも誰かに何かを押し付けてるわけでも無いんすよ。」
「いや…もしコイツが居なけりゃ…お前らはもっと早くここまで…」
「人生の中で『もし』なんて言葉も考えも役に立たないし要らないっすよ。」
「へぇ?」
「過ぎたことを考えたってどうしようも無いんすよ。『もし』だとか『過去』っていう『今いる世界』から分かれた『辿り着けない世界』の事を考えるのは、はっきり言っちゃうと無駄なんすよね。」
「あんたにそんな事が言えるとはな!で?その考えとさっきの話がどうくっつく?」
【彼のその言葉に答えようとした春喜の雰囲気が、突然変わった。】
「難しい事を言うかも知れないけれど、重要なのは、僕達が僕達だったから『今』というこの瞬間まで皆で辿り着けてるって事かな。『もし』なんて無い『現実』を進んで『今』に辿り着けたのは、誰一人として…ジョゼフィーヌさんが、星次君が、流輝君が、そして僕が別人じゃ無かったからなんだ。『今』から『もしもの世界』には辿り着けないんだから『もし』を考えたって無意味だし、実際にはその世界を見られないんだから、今確かに存在してる『現実』が常にハイスコアになるんだと僕は思うよ。だって、『もし』なんてコンテニューのボタンは『現実』には無いし、『もしもの世界』なんてセーブデータも無いからね。やり直しが効かないんだ。」
「だからこいつが必要な存在だったって?」
「そうだね。後…流輝君は君が言ってたように、確かに…戦いでは強くないけれど、普通の人には無いような考え方と心を持ってるんだ…1つめは…『他人を理解し、共感しようとすること』、2つめは…『敵と味方の命をほとんど平等に扱ってるところ』、3つめは…『自分の短所をよく理解しているところ』、後は…『誰かの為にだけ、心の底から怒れるところ』かな。」
「…あんたが適当にほら吹いてんじゃねぇのか?」
「1つめの根拠は、彼と一緒に居ないと分からないかもね。2つめの根拠は、君の仲間達に殺されそうになっても、すぐに相手を傷つけようとせずに、敵だからといって、味方の命よりも軽々しく相手の命を扱わないところ。だから彼は、ジョゼフィーヌさんに…本当に最低限の殺害だけをお願いした。それに、誰かに人を殺させるのも好きじゃないみたいだしね。3つめは、彼の自身のなさと振る舞い方で分かるね。彼は短所を理解しているから、自分から迷惑にならないように常に後ろに居るんだ。でも…さっき君が見た通り、彼は仲間が酷い目にあった時にだけ…心の底から、短所も忘れて戦いを挑む程に怒るんだ。これで…信じて貰えるかな?彼がクズじゃ無いって事を。」
「…そうかもな。だがそれでも…俺は好きになれねぇな。」
「ならそれはしょうが無いね。僕達は皆、個性が違うんだから。でも、誰かを嫌いになる時は、自分がなんとなく嫌いだから嫌うんじゃなくて、よく知った上で相手の嫌な部分だけを嫌って欲しいと思ったんだ。」
「今のお前は…レイと良い話し相手になれそうだな…なぁ…今あんたと長話をしたおかげで、俺はもう体力も魔力も…あんた1人を仕留めるには申し分無い位には回復してんだ。だから…大人しく降参してくれねぇか?」
「どうしてかな?」
「俺は別に…お前らを皆殺しにしろってあいつに命令されてる訳じゃねぇんだよ。現に…お前らの中の誰もまだ殺しちゃあいねぇ…こいつの肩と脇腹には穴を開けちまったが……それでも、あいつならどんな傷も治せるし、あんたのその記憶も直せるんだ。今のあんたが…本当のあんただろ?だからあいつと会って…話をしてやってくれねぇか…?あいつはな…」
「苦しそうだった。」
「お前…分かんのか!?」
「マーリンさんに、その子の演説を聞かせてもらってね。根拠は無いけれど…言葉とか…声とか。そういうところだけだけど…何だかね。僕も気になったんだ…だから、君達が何をしようとしてるか、そして彼女についてのことも…少しだけでも良いから教えてくれないかな?」
【彼のその言葉を聞いたへカーティアは、両手に持っていた『祝福』を下げた。】
「少しだけだ…」
第47章「鏡面に映りし他我」その2
「本当は俺達にも…あいつが何をしようとしているのか詳しい事は分からねぇ…だがあいつはいつも言ってたんだ…『これが成功したら、今の不幸と悪にまみれた世界から人々を、幸福と善の絶えない最高の世界に導く事ができる』ってな…俺もそれを初めて聞いた時は正直…『世界を滅ぼそうとしてる』のかと思ったよ。でもな…」
【彼はそこで言葉を切ると、震える声で話を続けた。】
「あいつはただ本当に…純粋にそう話してたんだ。いつも悲しそうな…何かを諦めたみてぇに暗く微笑むレイの顔が…一瞬だけ…ほんの一瞬だけ明るくなるんだ…」
「そう…なんだね…彼女は過去に何があったんだい?」
「それは…言えねぇな。あいつは哀れんでもらいたい訳じゃなくて…俺達に対する信頼の証として過去を話してくれたんだ。だから…言えねぇ。」
「そうか…じゃあ、これだけは教えてくれないかな?」
「…何だ。」
「その『最高の世界』には…今の世界の景色は…建物とか、自然とか、そういうのは残ってるのかな?」
「それは…全部は持って行けねぇってあいつは言ってたからな…それは分かんねぇよ。」
「そうか…じゃあ…僕はやっぱり戦うことにするよ。」
【春喜は悲しそうな声でそう呟くと、そこで言葉を切り、武器を構えた。】
「まぁ…そうだよな…しゃーねぇーよなぁ…悪ぃが、あんたにもここで一旦倒れて…ッ!?」
【目線を落としたへカーティアが、また前を向いたその時だった。】
「ごめん。」
【ありえないスピードで、まるで瞬間移動でもしてきたのかと勘違いしてしまう程のスピードで、『先立つ者《Predecessor》』を振りかぶった春喜が、彼の前まで目の前まで迫っていた。】
「嘘だろ…ッ!?」
【へカーティアは急いで左手の手鏡を右腕の上に乗せ、右手の短剣を逆手に持って峰を手鏡に押し付け、防御体制をとった。】
「…ッギリギリで間に合っ…!」
「『土崩瓦解《Disorganized》』。」
【彼のその攻撃は、へカーティアの防御を無視した。確かに防がれたはずの打撃は、へカーティアの手鏡と短剣を伝い彼の身体中を駆け巡ると、彼はジョゼフィーヌの上を飛び越えて、そのまま壁に衝突した。】
「ぐぁッ!?」
「僕達の事を殺さないでいてくれるのは…その気遣いは嬉しいよ…でもね…君の話を聞いて…少しだけ思い出した事があったんだ…」
「く…そ…立て…ねぇ…」
「完全に思い出せては無いんだけど、僕が入院してた時に…何人か若い子達が、定期的に花を持ってお見舞いに来てくれたんだ。その中の1人の女の子がね…『ここから見える桜も好きなんだよね!』って明るく話してたんだ、『いつかここから退院出来たら…また皆で、いつもの場所から桜を見ようよ。あそこから見える景色が一番好きだから!』ってね…『いつもの景色』がどこの事かも、その子の事も思い出せなかったけどね…」
【春喜がそう話している間にもへカーティアは立ち上がろうとしては、何度も床に倒れていた。】
「だから…その『最高の世界』に『今の景色』が無いなら…僕は君達の事を止めるよ。皆で一緒に。」
「そうかい…あんたも退けねぇ……理由があんのか…だが…!俺にも…退けねぇ理由があんだよ!!」
【彼はそう言いながらフラフラと立ち上がった。】
「実像よ!立ち上がり、我が命に従え!」
第48章「鏡面に映りし他我」その3
【へカーティアのその言葉に、微かな影を纏ったジョゼフィーヌは両手を使うことも無く、操り人形の様に脱力した状態からゆっくりと浮き上がり、立ち上がった。彼女は瞳を閉じて、俯いていた。】
「我が敵を討ち、我が身を守れ!」
【へカーティアのその声に彼女は反応した。彼女が右手を『死神の薔薇』に伸ばすと、ひとりでに『死神の薔薇』が宙に浮き、彼女の手に収まった。そして、彼女は前を向いて目を開いた。】
「その目…ジョゼフィーヌさん…じゃ無さそう…だね?」
【彼が見た彼女の瞳の色は、鮮血の様な赤色だった。彼のその言葉に、彼女は無表情のまま抑揚の無い声で言葉を返した。】
「えぇ、そうです。今、貴方の前に立っているのは、貴方がここまで共に歩んできた少女ではありません。」
【彼女がそう言い終えると、突然、彼女の青い髪が銀色の光を纏った。そして、1秒も経たずに彼女の美しい青い長髪が、一切の淀みもない純白の長髪に変化した。】
【今の彼女にはいつもの様に、相手に対して明るく、友好的で、優しい雰囲気は一切無かった。代わりに今の彼女には1度だけへカーティアに見せた、そこに存在するだけで周囲を凍てつかせる様な底の無い冷たさと、己に死を覚悟させる様な絶対的な威圧感と、彼女がときおり見せる機械のように冷静な一面の雰囲気を漂わせていた。】
「どことなく彼女に似ているけれど…君は本当に彼女とは違うね。」
【彼のその言葉に、彼女はほんの小さな微笑みを見せた。】
「それは当然のことなのです。なぜなら私は…この子の遠い遠い先祖に当たるのですから。」
「は……!?」
「ご先祖…さま…?」
「そうですね…ひいひいひいひいひい…いえ、数えるのも面倒な位のとは言っておきましょう。とは言っても…この子とは少々、関係性が複雑なので私がこの子にとってどれくらいの遠い先祖になるのか…はたまた叔母に当たる程に近い血縁関係になるかは分かりませんが…今は置いておきましょうか。」
あれ?
この人…やっぱりジョゼフィーヌさんに似てるなぁ…
本当に、たまーに…本っ当に少しだけ見せる天然っぽいところが似てるなぁ…
それに見た目とか雰囲気よりも話が通じやすいし、やっぱりどんな人も話してみないと分からないね。
それに、話を聞く限り僕よりも超が何個つくか分からない先輩みたいだけど…変な感じだなぁ…
「それで…その…ジョゼフィーヌさんのご先祖さまは…私と戦うつもりでしょうか?」
「フフ…いいえ、私は…『貴方とは』敵対するつもりは有りませんとも。」
【彼女の『貴方とは』という言葉には、何か強調された敵意の様なものが込められていた。その敵意は、春喜にも、流輝にも、星次にも向けられたものではなかった。】
「待て!どういう事だよ…お前はッ!」
「本来は私専用の『魔武具』を使った方が早いのでしょうが…この子の『魔武具』を試してみるのも良いですね。」
【彼女はへカーティアの言葉を無視し、独り言を言いながら左腕を前に出し、左手首を上に向け『|死神の薔薇《Reaper Rose》』の刃で手首を切った。すると、彼女の手首からは大量に血が溢れ出した。】
「これは私のものには劣りますが…完全に目覚めていない混血の子のものにしては上出来ですね。この子の成長が楽しみです。」
「あの…ご先祖さま…?そんなところを切ると血が…」
【彼女は春喜の指摘を気にすることも無く、左腕を勢いよく横に振った。すると、目の前に立っていた春喜だけを避けて、星次と流輝の近くに血が飛び散り、その血は意志を持っているかのように彼等の体内へと侵入して行った。それを見届けた彼女が左手で反時計回りに1回転の円を宙に描くと、辺り一面に飛び散っていた血が彼女の傷口へと集まり、全て吸収された。】
「今のは…」
「えぇ、この子が瀕死になった際に無意識に行った事がある再生能力と同系統のものです。これもまだまだ未熟な方ですが…今は十分です。」
もう話のスケールがちょっと分かんなくなって来ちゃったなぁ…
「そういえば、あの二人の方に飛んで行った血は…」
【彼が1度、星次と流輝の方を見るとあまりの驚きに目を丸くして固まってしまった。】
「完全に…治って…?」
【苦しそうな表情のまま鼻と口から血を流して倒れていたはずの星次の顔からは、血の跡が完全に消えており、安らかな表情で胸を上下させていた。身体中を切り刻まれ、肩に銃弾を受け、脇腹に『彗星』が突き刺さっていた流輝も同様に、まるで初めから無傷だったかのように全ての傷が塞がれ、彼の傍らに銀の弾丸と『彗星』が置かれていた。】
「私達の種族の血液は万能なのです。今回の血液の使い方は、集血・止血・造血・肉体の修復。そこの少年の服が直っていたり、弾丸とダガーが摘出されているのは私からのおまけです。」
確かに…よく考えたら服も破れてたはずなのに綺麗になってるし、アイロンしたみたいに綺麗になってる。
「そして貴方にもこれを。」
【彼女はそういうと、まだ完全に閉じていない手首の傷口から血を操り、左手の人差し指の先に血を集中させ、指先を彼に向けた。】
「あの…ご先祖さま?何かその手の形…嫌な予感がするんですが…」
「バン。」
【彼女がそう呟くと指先に集まっていた血液が弾丸となって高速で発射され、春喜の頭に命中すると、それはペイントボールの様に広がり、彼の頭の中へと浸透して行った。それと同時に、彼女の左手首の傷口が完全に修復された。】
「やっぱり…」
「えぇ、貴方の予想通りです。ちなみに『バン』と言わなくても発射はできますが、言ってみたかっただけです。」
「そんなお茶目な…あれ…?」
体に…力が…
それに何だかとても眠く…
なってきて…
「おやすみなさい、悲運の元に記憶を失い、本来の人格が常に眠りについてしまった哀れな人の子。今この場で私が治してあげられますが、大切な記憶は貴方が自力で取り戻す方が良いでしょう。」
【春喜は彼女の言葉を聞きながらその場で倒れ、静かに寝息を立てた。】
「目覚めた時にはまた枝分かれした人格に戻ってしまうでしょう。だからせめて、今だけは安らかに眠りなさい。」
【彼女はそう静かに、眠っている彼にそう呟いた。】
「…おい。結局お前は…なんなんだ!」
「先程申し上げた通りです。」
「あんたが依代にしてるそいつの先祖…化け物のご先祖さまだろ?そのあんたがなんでここに出てきたんだ!」
「……皆が眠りについたことです。私が特別に、貴方に魔法の授業をしてあげるとしましょう。そして、先に貴方に言っておかなければならないことがひとつ。」
【彼女はそこで言葉を切ると、より冷たい声で話した。】
「授業料として貴方の命を頂きます。つまり…あなたの余生はこれから始まる数分間の授業の間だけです。冥界に行く前にしっかりと学んでおくと良いでしょう。」
あとがき
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!
今回は春喜が中心に話が展開されたり、へカーティアと教祖の関係性が少し見えたり、ジョゼフィーヌのご先祖さまが出て来たりと急展開が繰り広げられてばかりでしたが、お楽しみ頂けましたか?
感想・コメントもお待ちしております!
それでは次会をお楽しみに!